睡眠のリテラシー10
高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員
朝、起きたら、のどが痛い、熱っぽい、しかもだるいと感じるときがあります。風邪をひいたのかもしれません。では、それより少し前の生活を振り返ってみて下さい。睡眠はどのような状況であったでしょうか。
米国では次のような画期的な実験が行われました。参加者はまず、2週間にわたって毎晩の睡眠の状況(長さや質など)に関して、電話でインタビューを受けます。次に、風邪のウイルスを鼻に与えられます。そして、その数日後にどのくらい風邪をひいたか、検査されました。
実際に風邪をひいたのは、参加者のおよそ4割でした。睡眠の状況と風邪との関連を調べたところ、睡眠時間が短いほど、風邪をひきやすくなることが分かりました。特に、睡眠が7時間を下回ると、その確率は高まりました。
睡眠の質については、横になっている時間(就床時間)に対する実際に眠っている時間(睡眠時間)の割合(%)を指標としました。この割合が低くなるほど、風邪をひきやすくなることも分かりました。
風邪というありふれた病気とて、たくさんの要因が関わっています。とはいえ、先の研究結果から見て、睡眠の良し悪しがかなり重要な意味を持つことは確かです。睡眠の量や質が乏しいと、外来の病原体から心身を守る力が弱くなってしまいます。
このことは、睡眠を実験的に変えた研究からも証明されています。例えば、徹夜をさせた時、あるいは睡眠時間を半分にさせた時には、病原体を排除する細胞が減り、身体の中で大変な事態(炎症)が起きていることを伝える物質が増えます。
海外旅行や交代勤務のように、体内時計が乱された時でも、同じような変化が生じます。日本であれば大丈夫なのに、海外ではお腹を壊しやすくなるのも、うなずけます。
最近の研究によれば、睡眠の短縮によって炎症に関わる物質が増えても、睡眠を長くとれば減ることが分かっています。また、昼間に数時間の仮眠をとっても、同じ効果のあることが確かめられています。これらは睡眠による回復効果に他なりません。
指を切ると真っ赤な血がだらだらと流れます。たいした傷でもないのに、かなり慌ててすぐに処置します。これに対して、睡眠を削っても、当然ながら血は出ません。それもあって、多くの場合、放っておくでしょう。
しかし、これまで述べた通り、睡眠が悪くなると、体の中では、目には見えないけれども、"出血しているような"状態になります。こうした状態が長い間にわたって続くと、目に見えない傷が,いずれ目に見える形(=何らかの病気)になって現れてしまいます。
それを避けるには、睡眠のとり方が心身にどのような影響を与えるかについて知り、理解して、想像することが大事になります。
たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。