睡眠のリテラシー11
高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員
高血圧の方は我が国にたくさんおられます。高血圧の患者数は年々増えており、平成20年では約8百万人に達すると見込まれています。ほとんどの患者さんは、降圧剤などによる治療を受けていると思われます。
高血圧の場合、当たり前ですが、医師が問診をし、血圧計で血圧を測ったうえで、その方に合ったお薬が処方されます。もし仮に、ある患者さんが「先生、私はどうやら血圧が高いようなので、お薬を出していただけませんか」と訴えたとしても、「分かりました。では、これを飲んでみて下さい」と処方する医師はいないはずです。糖尿病や心臓病など他の生活習慣病の場合でも、このような診療はあり得ません。
ところが、睡眠の問題については、そのような"不可解な"処方が普通に行われています。実際、「先生、私はこのところ、よく眠れないんです」という訴えだけで、お薬が出されることは多々あります。眠りのどこが、どのように悪くなっているかは、きちんと調べられないままです。実は、睡眠を含めて、精神的な不調に対する処方はおしなべて、同じような傾向にあります。
こうした状況には様々な原因があります。一般のクリニックや病院では、患者さん1人に通常、数分しかかけられません。睡眠に問題が起こる背景はかなり複雑なので、短い時間で全体を捉えるのは、残念ながらほとんど無理です。
何より、睡眠の状態を簡便に、客観的に測れる道具がありません。採尿や採血をしても、不眠や眠気の深刻さを知ることはできません。
脳波や目の動きなどを測るたくさんのセンサーをつけて眠るという特別な検査(終夜睡眠ポリグラフ検査)を行えば、確実な情報が得られます。ですが、少なくとも病院に一泊しなければなりませんし、高い費用もかかります。
身体の動きを記録できる腕時計型のセンサーを利用して、睡眠を客観的に調べることもできますが、応用はこれからです。
いずれにしても、正しい診断に基づかないで処方がなされると、予想しない副作用が現れたり、本当は必要のないお薬を服用するという矛盾が生じたりします。これらは決して望ましいことではありません。
とはいえ、生活や働き方をより良くするお薬に対して、ニーズが高いのは確かです。例えば、交代勤務で働く人々は、眠れない・眠いという悩みを絶えず抱えています。夜勤や交代勤務への対策は一筋縄ではいかないこともあって、おかしな時間帯にぐっすり眠ろうと、お薬に頼る方もいらっしゃいます。
一方、夜勤の時でも眠くならないようにしてくれる合法的なお薬が外国には一応あります。さらに、日勤から夜勤、夜勤から休日などシフトの循環による社会的な時差ぼけを緩和できると称するお薬も開発されています。こうしたお薬に魅力を感じる方は少なくないでしょう。
ですが、お薬は医学的にも、倫理的にも正しく使うのが基本です。このことを患者、医師、製薬会社いずれの立場でも忘れたくないものです。
たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。