がん⑦ 抗がん剤なぜ効くのか3
適応拡大に期待、そして次世代薬へ。
登場からおよそ10年を経た今、分子標的薬の新たな可能性も検討されています。次頁の一覧を見てもお分かりになるかと思いますが、たいていの分子標的薬は、血液がんにしても固形がんにしても、かなり限られたがんについてのみ適応が承認されています。しかしそれは必ずしも、他のがんには効かないからではないのです。実際には、他にもどんながんに効くのか、評価しきれていないままになっている薬剤が少なくありません。そこに目をつけて相次いでいるのが適応拡大です。「もう治療法がない」と言われた人にも、「ひょっとしたら使えるのでは」という望みをもたらしてきています。
例えば、以前は胃がんにはとくに有効な分子標的薬はありませんでしたが、今年ようやくハーセプチンがHER2過剰の胃がんに適応拡大されました(HER2は、EGFRに類似した受容体型のがん遺伝子)。それまでもハーセプチンはHER22過剰の乳がんに効くとされ、劇的な効果を上げてきましたが、今後は「がん種を超えてHER2過剰の腫瘍に効く」と言うべきかもしれません。肺がんや卵巣がんへの適応についても議論が盛んに行われています。
この他、新しいところではタルセバの適応に「治癒切除不能な膵がん」が加えられました。すい臓がんの患者会が行政を動かしたケースです。
耐性に対抗するあの手この手
分子標的薬の次なる課題として、他の抗がん剤と同様に、耐性ができて効果がなくなる場合が挙げられます。ただ、もともと標的がはっきりしているので、耐性に対抗する新たな薬剤もある程度開発しやすいようです。
現に、グリベックやハーセプチンの耐性に直面し、慢性骨髄性白血病に対するスプリセル(ダサチニブ)やタシグナ(ニロチニブ)、転移性乳がんに対するタイケルブ(ラパチニブ)といった薬が生まれてきていますて。第2世代と呼ばれる分子標的薬です。
さらには、標的分子についての探索も進んでいます。これまで治療に使われてきた分子標的薬の多くは、先にご説明した通りEGFRやVEGFもしくはその受容体を標的としたものが主流でした。しかし最近では、新しい分子を標的とした薬も続々と開発されてきています。
また、同じく研究が続けられているのが、分子標的薬同士、あるいは既存の抗がん剤との併用療法です。
ハーセプチンに対して耐性が出てきた乳がんでも、ハーセプチンを残したまま他の分子標的薬(タイケルブ)を併用することで、その分子標的薬の単独使用よりも高い効果が得られることが報告されています。いったんはハーセプチンに耐性が出てしまったにもかかわらず、です。
一方、既に細胞毒系の抗がん剤で効果が認められ、標準治療があるがんの場合も、その効果を高める目的で分子標的薬を併用することがあります。ハーセプチンはHER2過剰な乳がんに対して単独でも効果がありますが、抗がん剤と併用するとより効果が上がるとされています。また、先に血管新生阻害剤としてご紹介したアバスチンもこのケースでした。なお、アバスチンは単独ではかえって治療結果が悪くなることが大腸がんで報告されています。まさに化学療法と併用するための分子標的薬なんですね。
ただしもちろん、薬同士にも相性があります。現実には、併用したほうが副作用が多く現れ、効果が低いという組み合わせも珍しくありません。好相性の薬剤を見つける研究が日々続けられています。
耐性の壁も打破しやすい? 分子標的薬の開発には、「こうすればがん細胞の増殖や転移を抑えられるはずだ」というコンセプトが先にあります。一方、細胞毒系の抗がん剤は、あまたの化合物の中から手探りで、〝がん細胞を効率よく殺す物質〟を探し出し、薬として利用してきたもの。〝理論〟が先の分子標的薬と、がん細胞が死ぬという〝結果〟から生まれた従来の抗がん剤、両者はまさに生来、真逆の間柄なのです。 ですから耐性についても、従来の抗がん剤に耐性が出た場合に比べて分子標的薬は、不都合が起きている原因について見当もつけやすく、解決の糸口が探りやすいとされているのです。