文字の大きさ

過去記事検索

情報はすべてロハス・メディカル本誌発行時点のものを掲載しております。
特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

がん⑦ 抗がん剤なぜ効くのか3


分子標的薬は「夢の薬」?

 分子標的薬の大きな成果は、既存の抗がん剤では手も足も出なかったがんに対して、劇的な効果を期待できるものが現れたことでしょう。
 例えば、グリベッグによって慢性骨髄性白血病や消化管間質腫瘍の治療は一変しました。慢性骨髄性白血病の場合、グリベック治療による7年生存率は86%。骨髄移植以外に道がなかった患者さんも、錠剤を飲むだけで生き続けられるようになったのです。
 また、腎細胞がんや肝細胞がんは、これまで化学療法の恩恵があまりありませんでした。特に腎細胞がんでは、有効な薬剤はインターフェロンやインターロイキン2などのサイトカイン(免疫細胞から分泌されるタンパク質)のみだったところ、がん細胞の増殖に関わる複数のタンパクを標的としたスーテント(スニチニブ)やネクサバール(ソラフェニブ)といった分子標的薬が登場して、治療成績が大きく改善しました。
 もちろん、「既存の抗がん剤もある程度効くけれども、もっと優れた効果を得られる」という分子標的薬もあります。抗がん剤が耐性によって効かなくなった多発性骨髄腫に対し、ベルケード(ボルテゾミブ)はその約4割の患者さんの病状を安定させたという報告があります。
 こうした高い治療効果に加え、分子標的薬が登場した当初、より多くのがん患者さんが期待をかけたのは、細胞毒系の抗がん剤に比べて副作用が軽くて済むだろう、ということでした。
 というのも先の8月号でも説明したとおり、細胞毒系の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞も同じように攻撃してしまうために重い副作用が現れます。しかも、白血球や血小板が減少したりする骨髄抑制や、脱毛、吐き気、消化管の粘膜障害による口内炎や下痢など、どの抗がん剤でもだいたい副作用がパターン化しているのが特徴です。
 それに対してがん細胞だけを狙い撃ちする分子標的薬では、正常細胞への影響は少ないはずです。効果が高く副作用の少ない「夢の薬」とまで言われました。
 ところが蓋を開けてみれば、万事が期待通りとまではいかなかったのです。

意外な副作用の落とし穴

 これまでに多くの分子標的薬が登場し、多数の患者さんに使われた今では、その評価はそう単純に下せないことが分かってきました。分子標的薬の副作用は、薬によって実に様々なのです。まず、肺がん治療薬として認可されたイレッサによる間質性肺炎は、広く知られるところとなりました。ハーセプチンは心不全を起こしやすくする側面がありますし、アバスチンは胃腸など消化管に穴があく可能性があります。他にも、皮膚症状や血栓、高血圧など。確かに頻度は低いのですが、場合によって重い有害事象の起きるのが分子標的薬なのです。
 また、さらに明らかになってきたのが、人種による効果や副作用の違いです。
 従来はアジア人のがん治療にも、欧米人のデータが無条件に受け入れられてきました。しかし例えば、イレッサは「東洋人、女性、非喫煙者、腺がん」という条件に該当する人に効きやすいことが分かってきたのです。この条件の人々にEGFRの変異が多いからではと見られています。実際、日本人は欧米人の3倍もイレッサの効き目が得られやすいという研究結果があります。ただし、副作用として間質性肺炎が起きる率も、日本人は欧米人の20倍も高いとのこと。こうした人種差は、イレッサにとどまらず、特に低分子のシグナル伝達阻害剤に顕著なようです。
 加えて今後の問題は、患者の高齢化です。日本は先進国の中でもっとも急激に高齢化が進んだ国です。これまでのがん治療のガイドラインは、若くて全身状態がよい患者を対象に作られたものでした。しかし歳をとるほどがんになる可能性は高まります。そのため高齢社会の今、ガイドラインのよりどころである大規模臨床試験の被験者と実際の患者さんの層にズレが出てしまっているのです。
 例えばアバスチンやネクサバール、スーテントは高血圧を引き起こす危険がありますが、高齢者にはもともと高血圧の方が多いもの。がん治療で血圧が上昇すれば、危険は高まります。このように高齢や、さらには持病といった不安要素を抱えた人をどう治療し、副作用にどう対処するか、考慮しなければなりません。
 いずれにしても分子標的薬の副作用については、市販前の試験だけでは的確な予測は困難です。市販後の調査による副作用情報に注意を向け、医療現場にすみやかにフィードバックされるよう求めたいところです。

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
掲載号別アーカイブ