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梅村聡の目㉒ 高齢社会を乗り切るため慢性期医療の地位向上を

「いい病院を紹介してほしい」と言う高齢者の方は、大体、大学病院のように高度医療を行う大規模病院をイメージしています。小規模でも質の高い高齢者医療を提供する医療機関は数多くあるのですが、あまりよいイメージを持たれていません。このギャップが解消され、高齢者医療を行う医療機関のイメージや地位が向上しなければ、今後の高齢社会は乗り切れないと考えています。

 国は、社会保障と税の一体改革で、「地域包括ケア」をうたい文句に医療機関の役割分担を進めようとしています。

 高齢者の療養に適した医療を提供しているのは、療養型病床などを持つ医療機関です。「いい病院」と思われている大学病院や特定機能病院などには、療養型病床や慢性期専門の医師が存在しないこともあります。単独では慢性期医療を苦手としているのです。

 安心して満足いく高齢者医療を受けたいなら、療養型病床で質の高い慢性期医療を提供する医療機関へ行く方が理に適っています。しかし、療養型病床は小・中規模の医療機関に多く、国民の間にはどうしても昔の「老人病院」のイメージ、寝たきりにさせて検査漬け薬漬けにしてしまうイメージが残ってしまっているようで、大規模病院が望まれる傾向にあります。

 このままでは患者さんの足が中小の一般病院へ向かず、地域包括ケアも絵に描いた餅に終わります。

 国民の誤解を責めても始まりません。そもそも医療業界の中で、慢性期医療の専門性が軽く見られてしまっています。医師や看護師の中には、療養型病床で働くことを急性期医療で働く前後のリハビリのように思っている方もいるようです。

 厚生労働省も医療提供体制を説明する際、急性期医療を頂点に、慢性期医療が下支えするような富士山型の図を描きます。私は、その図自体が慢性期医療を下に見ているようで好ましくない、と感じていました。富士山ではなく、アルプス山脈のように並べて表現すべきものだと思います。

慢性期医療を研修に

 高齢者の場合、最初の一手を間違えると、若者より経過が悪くなりがちです。一般の救急医療のように、急を要する時は専門スタッフにつなぎ必要な医療を集中的に提供することだけでは済まず、本人の身体的、心理的、社会的、経済的状況のすべてを把握して判断しなければいけない時が多くあります。豊富な知識と習熟した技術、長年の経験を必要とするのが慢性期医療だと考えています。

 必要な慢性期医療が国民にきちんと提供されるようにするにはどうしたらよいのか、私は2010年から厚労省、文部科学省、日本老年医学会、国立長寿医療研究センターなどに所属する老年医学のキーパーソンに集まってもらって私的勉強会を開いてきました。老年医学は、老化現象を対象に、老年期にみられる疾患や症状、治療法などを研究する学問で、慢性期医療の医学とも言えます。

 その勉強会に出てきた資料で、東大の医学部生に「老年医学の講義を受けてイメージが変わったか」と尋ねたアンケート結果を見ると、「変わった」と答えた学生が90%を超えていました。「臓器別ではなく個々の患者に合わせるという内容の講義だった」という自由回答もあり、老年医学の中身をしっかり伝えれば、学生は興味を持ってこの分野に取り組むことが見えてきたのです。

 私は、慢性期医療のイメージと地位を向上していくには、若い学生や医療従事者に早い時期から体験してもらうことが大切だと思うようになりました。

 ところが、現在の医学部実習や卒業後の臨床研修制度に、慢性期医療の病院がほとんど入っていません。実習病院や研修病院の要件に、救急医療や多彩な手技・検査・手術などがあるためです。結果として、学生や研修医が慢性期医療に触れる場は少ないのです。

 私は、現在文科省で作成している医学生の履修内容で、慢性期医療分野を充実させる必要があると思います。すぐにそれが無理なら、臨床研修病院が療養型や回復期等の病床を持つべきでしょう。

 実習や研修で大事なのは、高度な手技や手術を学ぶことだけではなく、誠実に患者さんと接する姿勢を学ぶことです。満足いくコミュニケーションを行えなくとも、患者・家族に寄り添う姿勢が医師にとっていかに大事であるかを学ぶのです。苦手であれば苦手だと認識して、今後高めていこうと思えれば十分です。

 現在の研修や実習は高度な技術習得の比重がどうしても高くなり、患者さんの人格や家族に寄り添う姿勢が置き去りにされがちです。慢性期医療は、患者さんを全人的に診ることを学ぶには最適の場でしょう。医学生の方は、慢性期の患者さんと1週間くらい一緒に過ごしてみるのも良い経験だと思います。

 尊厳死の話がタブーになってしまうのは、国民や医療者が普段から慢性期医療に接していないからです。若いうちに接していれば、自然と考えられるようになると思います。

認知症 第三の道

 前号に書いた、医療人材紹介業者の問題もこれと関連します。彼らの紹介する看護師の多くが慢性期医療の現場で働きますが、高度なスキルや経験が必要にもかかわらず、短期間で辞める方も多いと聞きます。

 これではいつまで経っても慢性期医療のイメージはよくなりません。そこで先日、厚労省の担当部局に人材紹介業者の実態調査をするよう指示しました。医療・介護業界の人材紹介を扱う事業所はいくつあり、いくらの仲介料を得ているのか、看護師はどれぐらいの期間で職場を替わっているのか、といったことです。雇用の面からも、慢性期医療を強化したいと考えています。

 慢性期医療に人が集まれば、密室状態で行われがちな在宅医療に外部の目が届きやすくなり、副次的に在宅医療の質向上も見込めます。さらに加えて、認知症対策の効果も期待されます。

 現在約300万人の認知症患者が、近い将来500万人にもなると言われます。これまで精神科を中心とする医療で診るか、福祉で対応するか二者択一になっていました。どちらも大切ですが、今後は慢性期医療でサポートしていく第三の道も考える必要があると思います。

 認知症の早期診断、鑑別診断、介護や福祉、行政サービスとの連携を行っていけるような「認知症科」を創り、認知症ケアのキーステーションとなればよいと思うのです。

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