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がん医療を拓く⑥ 遺伝性がんから新治療が見える


一般がんの治療法へ

 前項でも説明したように、BRCA1・2のDNA修復機能は、DNAの二本鎖が両方とも傷ついた際に働きます。そして一般がんの中にも、BRCA1・2に異常があるものは含まれています。
 「このメカニズムを利用した乳がんの治療法が開発され、臨床試験が行われたことがあります。使ったのはPARP1阻害剤という薬です」(三木部長)
 PARP1は、DNAの片方である一本鎖の切断された部位を認識し、結合し直す酵素です。PARP1の機能が阻害されると、一本鎖は修復されません。すると通常の細胞は自らDNAの相方もう一本も切り、二本鎖とも切れた状態にしてから、BRCA1・2の働きで修復するのだそうです。
 BRCA1または2に異常がある乳がんの場合「切れた一本鎖を直せず、だったらと二本鎖を切っても、やはり修復できません。さすがのがん細胞も、修復経路を2ルートとも絶たれれば死んでしまいます。『合成致死』という概念で、がん細胞が実際に死滅するのも観察されています」。遺伝子変異のない正常細胞は、PARP1を阻害されても生き残ります。
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課題は対象の見つけ方

 問題は、BRCA1・2の異常を確認するのには手間とお金がかかり、一般乳がんの診療ではまだ普通に行えないことです。そこで代替的な手法が検討されてきました。
 乳がんは現在、治療と予後の予測の指標として、遺伝子の発現パターンで5通りに分類されます(サブタイプ分類、表参照)。そのうち予後の悪い「ベーサルライク」と呼ばれるタイプに、BRCA1・2の働きに異常があるケースが多いと判明しました。
 ただしサブタイプ分類を調べるのも、やはり簡便ではありません。現実には、診療に用いているマーカーで代用することになります。
89-2.5.jpg 実際に診療に用いられているのは、「エストロゲン受容体」「プロゲステロン受容体」「HER2」という三つの増殖因子が陽性か陰性かというマーカーです。
 この三つすべて陰性である「トリプルネガティブ」というカテゴリーが「ベーサルライク」に相当程度重なると見なされたことから、臨床試験も「トリプルネガティブ」の人たちを対象に行われました。
 「ところが、実際にはベーサルライクとトリプルネガティブは7割程度しか一致しません。PARP1阻害剤の臨床試験は期待していたほど成果が出ず、実用化に至っていません」
 三木部長は「それでも私は、ベーサルライクに対するPARP1阻害剤治療は有効と信じています。スクリーニングの手法が見つかれば、状況も変わるのではないでしょうか」と言います。その一方で「BRCA1・2は、DNA損傷の修復だけでなく、正常な染色体の分配と細胞自体の分裂、それぞれに必須の役割を果たしていることが明らかになり、それらの役割が損なわれて生じる乳がんもあると分かってきました。その場合には、PARP1阻害剤を投与しても効かないことになります」
 遺伝性乳がんから一般乳がんへ。診断・治療への応用をめざし、さらなる研究が重ねられています。

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