うつや不安障害の治療として、認知行動療法に注目が集まっています。
専任編集委員 堀米香奈子(米ミシガン大学環境学修士)
前号で、「ポジティブな感情を強く持つ人ほど認知症リスクが下がる」のは、認知症とうつに関連があると考えられ、前向きな心がうつの予防・改善につながるためとご説明しました。今回はそこで少しだけ登場した「認知行動療法」をご紹介します。
認知とは、ざっくり言えば現実の受け取り方やものの見方、考え方です。「うつや不安障害の患者さんが陥ってしまっている、考え方や行動の〝偏り〟を正してバランスをとり、心のストレスを軽くしていくのが認知行動療法です。患者さんに共感的に接しながら、エビデンスに基づいて働きかけていきます」。そう話すのは、千葉大学大学院医学研究院認知行動生理学の清水栄司教授です。
治療は、週に1回50分程度の面接と、「ホームワーク」と呼ばれる宿題が基本です。16~20週続け、様子を見て期間を延長することもあります。
面接では、様々な状況で自動的に沸き起こってくる思考やイメージ(「自動思考」と言います)に焦点を当て、患者の考えや思いこみを治療者と患者が一緒に検証し、患者自身で答えを見つけ出すことで、認知の歪みを修正していきます。
ホームワークでは、面接で話し合ったことを実生活で検証し、認知と行動の修正を実践し、定着を図ることが必須の課題となります。つまり、日常生活が治療の重要な場となるのです。患者はそれを日記として面接時に提出します。書き出す作業も、認知と行動の変化・改善や、その定着を助けることにもなります。
薬物療法より有効
うつ病に対する認知行動療法は、既に効果が認められ、実践している医療機関もあります。不安障害(パニック障害、社交不安障害、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害)も、「薬物治療より効果があるという国内外での研究結果が既に出ており、発表を待つばかりとなっています」と清水教授。実際、エビデンスの積み重ねが実を結び、不安障害に対する認知療法・認知行動療法は、今年4月の診療報酬改定で、従来のうつ病などの気分障害に適応拡大という形で追加されました。
ただ日本では、うつや不安障害には薬物治療が先行している現実があります。「現在の『医師による30分の面接で5000円(患者の支払いは3割負担で1500円)』という設定のままでは、医療機関にしてみれば、経営的にやってゆけません」と清水教授は指摘します。
認知行動療法の普及に向けて期待がかかるのが、2015年に法律が成立した「公認心理師」です。これまでの「臨床心理士」は、あくまで学会資格でしたが、公認心理師は大学院で訓練を受け、現場でも医師の指示を受けて認知行動療法にあたる国家資格。作業療法士や理学療法士と同じような医療スタッフとして医療機関に配置されることが想定されています。
ただし普及のためには、さらなる診療報酬改定が求められそうです。「公認心理師が医師の指導の下に提供する場合についても、診療報酬が設定される必要があります。また、現状に合わせ、50分という時間枠に変更して診療報酬を上げ、相応の評価が得られるようにしなければなりません」(清水教授)
1日5分「ここれん」
認知行動療法に興味を持ったという方は、まずは精神科あるいは心療内科で相談してみてください。そこで行われていない場合は、紹介を受けることもできます。
日常生活に支障はないので受診するほどではないけれど、気分が落ち込みがち、あるいは何か特定の状況や環境などに苦手意識があってちょっと困っている、などといった状況がある人は、試しに「ここれん」を実践してみてはいかがでしょうか。
「ここれん」は、清水教授たちの開発した簡易版認知療法です。「心の練習」として、1日5分、7つの質問を自分に行うことで、悩みやストレスを捉え直し、心の健康づくりをめざすものです。次のページにありますので、効果を期待する人は、気軽に、ただし毎日続けてみてください。