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専門性の高い分野に蔓延る 不合理な「常識」や「掟」

最新新技術が不要?

梅村 それはどのような仕事だったのですか?

江崎 当時、岐阜県に、最新技術を用いた世界最大規模のインフルエンザワクチン工場を造ろうという計画がありました。この最新技術は既に米国では実用化されており、期待のワクチン工場でした。ところが、厚労省のパンデミック対策の補助金対象から外されたという記事が週刊誌に載ったのです。そのようなことを私は全く知りませんでしたが、知事から週刊誌の記事を見せられ、「商工労働部の担当ではないと思うけど何とかしてくれないか」と言われました。

梅村 それも大変な話ですね。

江崎 まずはインフルエンザワクチンについて色々と勉強した後に、厚労省の知人を訪ねたところ、「ワクチン行政に市場原理や競争は適さない。古い技術かもしれないが、日本人用にワクチンを作る体制は整っているから、新技術は要らない」と言われました。しかし、古い技術では半年以上前から準備をしなければならないため、どの型のインフルエンザが流行するかを予測してワクチンの製造を始めるのです。つまり、実際に流行するインフルエンザに効くかどうかは賭けなのです。その結果、今年の4種混合ワクチンのように、どれか一つくらい当たるだろうと4種類ものワクチンを打っているのです。しかし、新技術では1カ月ほどでワクチン生産をできるため、ウイルスの型が判明してからでも十分間に合うことから、パンデミックのような場合には極めて有効な技術と期待されていたのです。

梅村 それは重要ですね。

江崎 しかし、どうしても厚労省は支援しないというので、国内企業の工場建設を支援するための立地補助金を使おうと考えました。この補助金は経済産業省が交付しており、本件の申請窓口は製造産業局の生物化学産業課でした。県の商工労働部長として補助金獲得のため、3カ月ほど経産省に通いました。最終的に50億円以上の補助金の交付が決まり、これによって1日80万人分のワクチン生産が可能となる世界最大規模のワクチン工場の建設がスタートしたのです。経産省の製造産業局長室にお礼に行ったところ、「交付するにあたって条件がある。君が戻ってきて担当してくれ」と言われ、生物化学産業課長に就任したのです。

梅村 すごい話ですね。

江崎 驚いたのは生物化学産業課の職員です。つい先日まで審査していた相手が、いきなり課長になるわけですから、職員はやりにくかったでしょうね(笑)。

梅村 そうなりますよね。

江崎 ただ、生物化学産業課でインフルエンザワクチンの仕事をするのかと思ったら、課長として着任するや局長室に呼ばれ、「まずは『再生医療』をなんとかしてほしい」と言われました。「再生医療をどうするのですか?」と訊いたら、「それは君、考えてくれよ」でした(笑)。

梅村 相変わらずのムチャ振りですね。

江崎 そこで、まだノーベル賞を受賞される前の山中伸弥先生の研究室を訪問したり、再生医療に携わる方々のお話しを聞いたりしているうちに、再生医療という新しい治療法が現行の法制度に合わないことに気づきました。厚労省をはじめ多くの関係者と議論を重ね、最終的に薬事法改正をはじめとする一連の法整備を実現することができました。その結果、日本は再生医療分野では世界最先端の法制度を持つ国と評価されるようになりました。再生医療の新たな法制度がスタートしたところで、「君は医療分野に詳しいから、より広い観点からこの分野を担当してくれ」と言われて、現在のヘルスケア産業課長に就任したのです。

梅村 江崎さんは、必ず何か起きるような所に行く運命なのですね。行った先々でそういうトピックが生まれるのでしょうか。卵が先か鶏が先か分かりませんが。

江崎 ありがとうございます。卵が先か鶏が先かというより、どこにでも卵は埋まっています。私は、いつもそれを掘り起こしてしまうのだと思います。これまで10以上のポストに就かせていただきましたが、どれ一つとしてつまらないと思った仕事はありません。どこに行っても必ずやり甲斐のあるテーマを見つけることができました。

梅村 なるほど。僕はずっと厚生労働の世界にいるので、一番古い世界へようこそ、という感じです。

江崎 古い世界と言えば、今回再生医療を巡る法制度の整備に取り組んだ時、かつて外為法改正や店頭市場改革などに取り組んでいた頃の感覚に近いものがありました。
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