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国民皆保険は絶対に守るべき ただし現状のままでの存続は無理

江崎 国民皆保険制度で何でもかんでも抱え込むのは、財政負担が増える以外は、関係者にはとても楽なのです。

梅村 そうかもしれませんね。

江崎 医師からすれば、常に自分がベストだと思う治療を迷わずできるのです。米国のように患者が加入している保険の種類や懐具合を見ながら治療方法を決めるという面倒なことが必要ないのです。

梅村 そのお陰で医師は治療だけに専念できますからね。

江崎 現在の国民皆保険制度は、元々結核など感染症から国民を守り、労働力を維持し経済発展を実現するために作られたものです。感染症は、いかに早く的確な治療を施すかが勝負ですので、患者の懐具合にかかわらずベストの治療を行える日本の国民皆保険制度は大いに威力を発揮しました。

梅村 素晴らしいことですね。

江崎 しかし、主たる疾患が感染症から生活習慣病に変わった現在、この制度は素晴らしいところを通り越して多くの問題を孕んでしまいました。具体的には、健康管理に努力している患者も、不摂生な生活をしている患者も全く同じように医療費が支払われ、しかも、患者から求められれば、医師としてどうかと思うような治療も断れなくなっているのです。

梅村 すべて保険が面倒を見てくれますからね。

江崎 そうです。がんセンターの医師によれば、高齢の患者か若い患者か、初期か末期かで本当は治療を変えるべきだと思っても、患者から要求があれば効果に疑問があってもどんなに高額の検査や治療でも医師の方からダメだとは言えないのだそうです。

梅村 本当はおかしいと思っても、断れないですよね。

江崎 その結果、高価な治療や医薬品ばかりが使われることになるのです。私は大学病院の経営を見ることができる立場にあるのですが、最近のガンの治療ではやはりオプジーボの使用が急増しています。これらはすべて保険が面倒を見てくれるので、大学病院の経営的には問題ないのですが、医療財政的には大変なことです。しかも、その効果を尋ねたところ、「効いている人も......いますかね」といった具合です。

梅村 患者本人の負担は、高額療養費制度を使って1カ月4万円とか8万円とかで、年間何千万円の治療を受けられるわけですから、やらない理由がありませんよね。

江崎 金額だけの話をすれば、自己負担を増やせばよいという議論になるのですが、日本の国民皆保険制度が素晴らしいのは、貧富の差にかかわらず、その時代の一番良い治療を受けられることです。ある意味、究極の理想を実現しているのです。

梅村 そうです、そうです。

江崎 現在、一人の患者に対して支払われる1カ月の公的保険給付費の最高額は1億円を超えています。他方、高額医療費制度があるため、本人負担は10万円以下です。この数字だけ見ると、だから財政破たんするのだと思われるかもしれませんが、月額給付金が8千万円を超えるのは、すべてある特定の遺伝病の治療です。この方々は、日本に生まれたからこそ治療を継続することが可能であり、生き続けることができるのです。米国でこれだけの費用を支払い続けるためには、よほどの大金持ちの家にでも生まれなければなりません。日本の国民皆保険制度は、その奇跡を実現しているのです。

梅村 本当に素晴らしいことです。

江崎 問題は、そうした特殊な遺伝病の患者さんの治療のために支払われる金額の総額より遥かに多くのお金が、がんを始めとする生活習慣病の治療に使われ続けていることです。特に、4分の3以上の患者が副作用に苦しんでいるだけの抗がん剤治療に何兆円ものお金が行われ続け、しかも治療結果がほとんどフィードバックされてこなかったことは極めて問題だと思います。

梅村 そこ大事ですよね。

江崎 多くの医師がおかしいと感じながらも、公的保険制度があまりに手厚すぎるため、最も高額な治療に張り付いてしまうのです。医師は求められた治療を拒否すると、患者やその家族から訴えられることを恐れて、患者の求めるまま不本意な治療を行うことになる。皮肉なことに、混合診療の禁止を主張すればするほど、結局自分たちを追い込んでしまっているのです。そのツケはすべて医療財政、ひいては国民全体が支払うことになるのです。

梅村 確かにそうですね。

江崎 現在の国民皆保険制度を本気で守っていこうと思うのなら、患者の要求を断ることはできないなどと言わず、医療のプロとしてちゃんと患者に説明して納得してもらうなど、お医者さんにもう少し頑張って欲しいと思います。
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