在宅医療のABC
次に、冒頭で述べたように、在宅医療がなかなか広まらない理由を考えてみましょう。
まず、患者さん側から見てみます。在宅医療に移行できない、あるいは在宅医療を継続できない理由で最も大きいのは、実は「家族の不安」であると言われています。
在宅医療の場合、医療従事者はあくまでもサポーターで、主体は家族になります。当然、家族の生活が著しく制限されることになります。
家族としてそれを受け入れたとしても、果たして最期まで自分の方の心身がもつだろうか。患者さんの苦痛をきちんと和らげることができるのだろうか。こんな不安を抱くのは自然なことです。
そして、この不安のどちらに重点があるかは、患者さんが「慢性期」か「末期」かによって異なります。「慢性期」の場合は終わりが見えませんし、「末期」の場合は家族の目前で患者さんが大変に苦しむことが考えられます。
この不安に手当てがなければ、入院させた方が安心と考えてしまうのも仕方ないことです。裏返すと、特に「末期」の患者さんについて、サポーターである医療側の役割が非常に重大であることも分かります。
つまり、痛みなどの苦痛は日頃から可能な限り和らげておく必要があるし、24時間365日いつでも家族の相談に乗り、いざという時には駆けつける必要があります。
この要求を満たすのが難しい、というのが、医療者側からみた在宅医療が広まらない理由です。
苦痛を和らげる「緩和ケア」は、医師なら全員できるというものではなく、熟練した医師はまだ少ないのが実情です。緩和に必要な薬剤や機器も医療機関とまったく同じというわけにはいきません。また年中無休24時間体制を少人数で受け持ったら、医師の方が先に参ってしまいます。
複数の医師や看護師、ケアマネジャーなど別々の技能を持った専門家が緊密に連携を取って役割分担する、そんなチームがないと、在宅医療はなかなか機能しないのです。
現状は、在宅医やチームが全然足りないので、6割の人が在宅死を望んでいるのに、実際に在宅死する人は2割未満になってしまうのです。
そして、本質的にはもっと重要なことがあります。たとえサポーター役に過ぎないとしても、患者さんや家族と医療者との関係は、医療機関に入院する場合に比べ濃く密に、いわば全人格的にならざるを得ません。
患者さんが「この医師に会えて良かった。この人たちに看取ってもらいたい」と思えるような医師、チームと出会えない限り、本当の意味で患者さんが望む在宅医療はないのです。