梅村聡の目④ 震災からの自律的回復へ 首長の働きが問われます。
関西版『それゆけ!メディカル』限定コンテンツです。
今回は、東日本大震災から医療を健全に復興させるためのアイデアをお話しします。地域の自律的なサイクルを回しながら、「あるべき」姿へ近づけていくことが大切です。そのためにも、都道府県の権限を市町村へ移譲していくことが必要です。
今回の被災地へは、震災発生直後からDMAT(災害派遣医療チーム)や各医師会、大学病院、病院グループ、学会、団体、個人など様々な医療応援が入り、今も続いています。その結果、一部の地域では供給過剰になっています。
海岸から2、3キロの地域が壊滅しているのに、そのすぐ内陸側では復旧が進んで地元の医療機関が診療を再開していたりします。患者さんが地元の医療機関へ行くと窓口で医療費を払わなければいけませんが、支援チームの診療所だと無料になるので、一過性の支援チームの善意が地元の医師たちから患者を奪い、その復旧の妨げになる恐れがあります。
東北地方はもともと医師不足です。今いる医療者が地元を離れる事態は絶対に避けなければなりませんし、他地域からも継続的にボランティアではない形で医療者が入って行く必要があります。医療機関には診療報酬で診療してもらい、患者さんはその地域の医療機関で受診してもらうことが大事です。
前提として、二つ手を打つべきことがあります。一つは医療に限った話ではありませんが、借金の凍結です。施設や設備が失われてしまっている場合、改めて診療を始めるために大きな投資が必要になります。前の借金と今回の借金の二重ローンとなれば、地元の医療提供が再開されにくくなります。借金を棒引きにできれば一番ですが、当面は過去の借金を凍結して利払いも休ませ、新たに投資できるようする必要があります。
もう一つは、診療報酬での優遇です。医療機関の再建をしやすくするためにも、他地域からの医療者の自主的移動を促すためにも、やった方がいいと思います。例えば被災地だけの上乗せ点数を設定したり、施設基準を緩めて加算点数を取りやすくしたりする方法が考えられます。地元の医療者が地域を離れてしまう前に、急いで始めなければいけません。
同時に高齢社会対応も
医療については、これからの高齢社会にマッチした医療提供体制のイメージも併せて描く必要があります。これまでの日本の地域医療は、医療と介護の機能分担も明確にされないままでしたし、在宅医療のネットワークも十分には広がっていません。
市町村の首長にとって、地元の医療や介護のニーズを把握しながらデザインし直す機会になると思います。その意味で市町村の首長の役割がいかに重要か再認識されると思いますし、市町村と都道府県の役割分担が改めて問われたとも思います。
都道府県は実動部隊をあまり持っていないため現場感がなく、有事なのに手綱を締めるようなことばかりしていました。
例えば、相馬市や南相馬市といった福島第一原発の近隣市町村で、福島県が病院の入院ベッドをなかなか再開させなかったという問題がありました。避難地域になるかもしれない病院に患者が入院すると、非常時の移動が大変なので、県は「ベッドを閉じて外来だけやりなさい」と言ったのです。でも住民は戻ってきているので、脳卒中や心筋梗塞などが一定数は発生します。近所に入院ベッドがないと、助かる人も助からなくなってしまいます。
相馬市長が、私のところに「県は『3月に鹿島厚生病院から他の地域へ避難させた患者を元に戻さない限り、入院病棟を再開してはいけない』と許してくれない。せめて10~20ベッド開けたいのでなんとかしてください」と電話をかけてこられました。
厚労省に訊いてみると「私たちは禁止するとも勧めるとも言っていない。黙認します」と。それでも県は、何かあった時に責任を問われると困るので規制してしまうわけです。県と話してもなかなか動きそうになかったので、新聞記者に伝えて取り上げてもらいました。そして鹿島厚生病院の院長から、3月に避難していた患者さんに説明してもらい、納得していただいて、ようやく入院ベッドが再開されたのです。
他にも似たような構図の話はたくさんありました。平時には必要な規制でも、有事には手綱を緩めないと、市町村が動きにくくなってしまいます。
今回のことで地域主権の本当の意味が分かったと思います。平時から、実働部隊のある市町村に財原や権限を持たせて、県に必要以上の介入をさせないことが大事です。
市町村長たちの合意を中央に吸い上げて支援していく仕組みも必要となるでしょう。
地元の人を復興会議に
今の政府の「東日本大震災復興構想会議」には、医療や教育の専門家が入っていません。街づくりの肝は医療と教育ですから、本来はそういうメンバーが必要です。
専門家といっても有名大学の医師や教員である必要はなく、地元の人こそが入るべきです。患者さんは医療のプロですし、高齢の慢性期患者さんは地元の医療について詳しかったりするでしょう。教育に関しても子供たちが入ったらいいと思います。
あれだけ長い沿岸地域が壊滅状態になっていますから、全体を一気に復興していくというのは無理があります。国はある程度の財源を「一回好きに使ってみてください」と復興会議に渡し、小さいモデルを地元の人たちで作ってやってみたらよいと思います。プロジェクトがうまくいけば他の自治体も取り入れていけばいいし、失敗したらまた次に考えられるモデルをやってみればいいでしょう。
今のように増税がどうといったことを議論することが復興会議の趣旨ではないはずです。
なお、今回の東北から大阪も教訓を引き出さないといけません。大阪では高度経済成長期に工業用に地下水を汲み上げてきたので、土地の海抜が以前より低くなっています。南海大地震で津波が起こればそこに水が入り込み、排水が困難になりますから、疫病対策を考えておかなければいけません。地下街では大勢溺死する可能性が高いと思います。大地震発生時は地下にいてはいけないと周知しておくことが大切です。また大阪の中心部には、皇居前広場のように広々と空の見える場所がなく、避難場所が限られていることも自覚し、対策を考えておかないといけません。