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梅村聡の目⑫ 診療報酬のプラス改定は日本の産業育成のため

政府は昨年末、2012年度の診療報酬を全体で0・004%のプラス改定にすることを決めました。これは医療のためというより、むしろ日本の産業の活性化のためであり、国益につながることなのです。

 診療報酬は、医療機関の医療行為や技術に対して公定価格で支払われるお金です。2年に1回、その公定価格を改定しています。まず財務大臣と厚生労働大臣の折衝で総枠を前回に比べて何%プラスにするか決めた後、中央社会保険医療協議会で個別の点数について議論され、4月に改定されます。
 財務省は12月初旬に総枠をマイナス2.3%にすると言ってきました。
 11月に行われた提言型政策仕分けが理由でした。開業医と勤務医の「年収」が比較され、開業医は勤務医の1.6~1.9倍と示されました。だから診療報酬の総枠を引き下げて、配分さえ変えればよいという話が出てきたのです。
 しかしこれは全く本質的ではない話です。例えば医療費全体で見れば医師の給与の占める割合は約12%で、看護職の給与の方が多く約25%を占めます。医療費の中には他にも材料費や施設整備費など色々含まれているのですから、医師の給与だけ比べて議論しても意味がありません。また勤務医の年収は給与の額ですが、開業医の年収は収支差額であり、そこから固定資産税や事業税の支払い、設備投資、借入金返済等を行うわけですから、そもそも比較できるものではありません。おまけにデータも、2年前の事業仕分けの時と比べると、例えば整形外科開業医の収支差額が4200万円から2100万円へ下がっていて、他の診療科でも似たようなことになっていました。サンプル数が少なすぎて信頼性に乏しいデータだったのです。
 こんな仕分けを財務省が根拠にしていたので、私が事務局長を務める『適切な医療費を考える議員連盟』で逆仕分けをやりました。財務省や行政刷新会議、厚労省を呼び、記者もいる場でおかしな点を指摘しましたが、財務省は何も答えられませんでした。
 そもそも民主党は、政権交代時の総選挙のマニフェストで「コンクリートから人へ」と掲げていました。土建国家から脱却し、人を育て、安心に対してコストを払う構造へ転換する必要があるという主張で、診療報酬はむしろ上げなければいけないはずです。
 信頼性に乏しいデータに基づくマイナス改定など、絶対に許せません。議連や私が副座長を務める厚生労働部門会議で、プラス改定を求める決議を行い、それぞれ民主党幹事長室と前原誠司政調会長に提出しました。
 ただし、今回の改定率の最終決定は実質的に首相官邸が仕切る形になっていて、官邸がどう判断するか次第でした。

医療介護は成長分野

 多くの関係者がそのことに気づいていたのでしょう、様々な方から「官邸関係者の連絡先を教えてほしい」と言われました。しかし私は、陳情合戦で改定が決まることは避けるべきと考え、「私から伝えます」とだけ答えていました。
 12月20日夜10時、官邸のA氏に電話して30分ぐらいお話ししました。A氏は、「政策仕分けもあった。デフレ時代に医者の給料をなぜ上げるのかという世論もある。財政も厳しい」と言われました。
 対して私は、産業育成の観点を伝えました。
 2008年から2010年までの間、日本全体の雇用者数はほぼ横ばいでした。ところが医療・福祉分野だけは前年比で08年が18万人増、09年が23万人増、10年が32万人増と3年間で70万人以上も雇用が増えていたのです。製造業や建設業などは全然増えていません。
 つまり、診療報酬や介護報酬を増やせば、雇用の受け皿にもなるわけです。一番伸びている分野に集中的にお金を入れて産業育成につなげるのは当たり前の考え方です。現状の財政が厳しくても、産業育成の種は播かねばなりません。雇用を生めば失業者が減り、生活保護受給者も納税者に変わります。
「今までの日本は、財務省の言う通りにしてきましたが、その結果1000兆の借金ができました。言いなりに医療費や社会保障費を削ったら借金が増えたんです。社会保障費を支出としてしか見ていないからです」と言いました。
 翌日、改定率プラス0.004%という答えが出ました。決まった1時間後、A氏に「だいぶ無理を言ってすみませんでした」とお伝えしたら、「ギリギリでまとめました」という返事が返ってきました。

連携に配分を

 このプラス改定を、マスコミは「民主党が日本医師会に屈した」と報道したので、大変がっかりしました。一昔前の診療報酬改定では「プラス改定」という主張の背後に、業界の利益追求という側面もあったと思います。しかし今回は、国全体の長期的視点で判断した結果であり、今まで通りの捉え方しかできないマスコミの報道姿勢はどうかと思います。今回のプラス改定実現に一番ビックリしているのは、実は日本医師会の方々でないかと思います。
 当然のことながら、保険料が上がるという不安が国民の皆さんにあるかもしれないので、計算してみました。1人あたりの平均保険料で年間十数円の増額です。正直これについては、許していただきたいと思います。これだけの負担で、地域の救急医療など多くの医療機関が守られ、地域の雇用も活性化するのです。最終的には国民の皆さんの利益に必ずかなうと思っています。
 今後の課題は、上がった診療報酬をいかに内部で配分するかという点です。
 これから訪れる超高齢社会では、医療需要に対して供給が圧倒的に足りないことが予想されます。少しでも供給を増やすためには、医療機関の連携が大切になるので、それを促進できる報酬体系にすることが大切だと思っています。業界団体個別の意向ではなく、全体最適を最優先に考えていくべきと思います。
 また医療現場が労働基準法に違反した状態というのは、安全面から見ても国民の利益に反するので、そこへの配慮も必要でしょう。
 大事なのは、国民にどういうメリットがあるかです。その意味で本当に重要な決断をしなければいけない時のためにも、政治家は国民、患者さん、そして色々な医療関係者の方々と日頃から十分な意思疎通を図っておく必要があると考えています。

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