梅村聡の目⑤ 気仙沼で見た必要なこと 衛生改善と医療人確保
関西版『それゆけ!メディカル』限定コンテンツです。
5月28日と29日に東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼市周辺を訪れ、現地の様々な人たちから話を聴いてきました。いかに自律的復興をしていただくか、その道筋を考えていくことが政治家としての大事な役割だと思っています。
国会議員なんだからもっと早く行くべきだったと言われるかもしれませんが、3、4月は国民の関心が震災に集中しているので、被災地に国会議員もボランティアも殺到します。大体2カ月を過ぎるぐらいから、ビジョンや課題が少しずつ見え、一方で誰も気づかない課題が出てくると思っていました。
復旧は半分程度
訪問前に宮城県内の開業医を対象にしたアンケート結果を見ました。前向きな言葉は少なく、かといって誰かを恨んでいるわけでもなく、「一体これからどうしようか」という虚脱感が目立ちました。
医療を普通の商売として考えれば、今はお客さんがいないうえに借金もあり、加えて修理や建て直しのため新たに借金しなければならない状況です。「心が折れていくような状況だ」というのが最初に訪ねた宮城県医師会の会長の言葉でした。極端に言えば、医療従事者が気仙沼に残らねばならない義務はなく、被災地外で仕事をしても構わないのです。でも、医療は警察や消防と同じく地域を守るインフラだから残らないといけないと、義務感と虚脱感の間で揺れているように感じました。
夕方から気仙沼市医師会を尋ねました。市内には元々病院が7カ所、診療所が34カ所あり、「再開」が26施設、「再開する予定」は4施設、「再開したいがめどが立たない」が5施設、「撤退」が6施設だそうです。元の半分ぐらいしか復旧できておらず、4分の1は撤退か再開のメドなしということになります。
地域医療再生基金
県医師会長は、再開を考える医療機関の借金整理のため、都道府県に設置されている「地域医療再生基金」を使いたいとおっしゃいました。この基金は、救急医療システムの改善など地域医療の課題を解決するという名目で作られたもので、2009年度補正予算と10年度補正予算で宮城県の場合は120億円が積まれました。
使い道は都道府県の協議会で決めるのですが、高度医療を行う公的病院向けの内容が多かったので、各地の医療関係者から批判が出ていました。私は昨年度補正予算の審議が行われた参議院予算委員会で細川律夫厚生労働大臣に「高度医療や救命医療だけでなく、人材育成など自由に使っていいですよね」と質問しました。これを受けて昨年度補正予算では融通が利くようになり、使い勝手が良くなったと言ってくれる県もあります。元々は借金返済などに使うことは認められていませんが、今回の大震災は国難です。文字通り「地域医療再生」につながるのですから、さらに柔軟に使われてもよいと思います。
民主党の中に二重ローン問題に取り組むチームがあり、「医療についても社会の重要なインフラだから扱って下さい」と要望しています。医療従事者の保護や利益どうこうの話ではなく、社会のとしてとても重要な課題です。
診療報酬による被災地への優遇という方策も考えられますが、優遇したとしても実際に医療機関へ入金されるのは2カ月後です。その前に給与や建物復旧のための支払いで資金ショートを起こしてしまう可能性があります。
診療報酬加算要件の緩和などはやっていくべきですが、例えば医療ビルみたいなものを官営で用意して安い賃料で開業してもらったり、在宅診療拠点を作ったりする手もあると思います。市町村でこういう方法を考えて決めてもらえるようにすることが大事です。
東北地方は医師だけでなく看護師の不足も深刻です。三陸海岸地域では地元で人材を確保していくために、例えば各医師会が看護師養成学校を運営しています。国は今回の震災を受けて、この看護学校の入学金や授業料を免除するよう各医師会に要請しました。気仙沼市医師会の場合は、毎年数百万円を学校の運営費として負担していますが、要請を受けて免除した分を国が補填してくれなければ、年間約1500万円の赤字になるそうです。この穴埋めも国が何とかしてほしいとおっしゃっていました。これが埋まらないと来年以降大変なことになります。医療人材は一度地域から流出してしまうと二度と戻ってこないため、お金を使うとしたら今しかないと思いました。
医療面で良かったこともあって、東北大学や医師会がこれほど連携したり話し合ったりしたことは、これまでになかったということでした。震災という不幸な中ではあったけど、そういう機会を持てたのは新しい進歩だったと会長は言っていました。
震災を契機に、複数の医療機関団体や職能団体などが参加する「被災者健康支援連絡協議会」が東京で作られたので、その影響もあったでしょう。今までバラバラだった医療団体が一つにまとまれたことは大きかったと思います。
急務は衛生改善
市街地では、瓦礫やヘドロの処理が滞っていて、衛生問題が限界に来ていると感じました。気仙沼市の医師会長によれば「2~3割しか片付いていないと思う」そうです。
地元の雇用を守るため、瓦礫処理についても地元業者に優先的に発注をかけている面があるようです。しかし元々マンパワーに乏しく、また業者の規模が小さいこともあり、なかなか進んでいません。地元の雇用が脅かされるという問題はありますが、仕事の確保はまた別に考えて、今は全国の総力を挙げて瓦礫やヘドロを撤去する方が先ではないかと思いました。瓦礫の下を覗くとウジが湧いていて、作業をされる方の間では肺炎が増えています。感染症が蔓延する前に手を打つべきと思います。
翌日は市内の避難所に行きました。その時点でも10万人以上が避難所で生活していると言われていましたが、厳しい環境でした。布団は湿っているし、施設内にはほこりがたまっていました。仕切りもなくプライベートもありません。お菓子などが多く置かれ栄養バランスが悪くなりがちで、規則正しい生活を送りづらいとも感じました。
宙ぶらりの被災者
避難所にいる人からは、「最初は皆で頑張ろうという一体感があったが、今では被災者の間でねたみなどが出てきている」と聞きました。例えば他の地域は義援金が多かったとか、避難所の抽選で不正があったなどといった根も葉もない噂話が飛び交うそうです。震災から2カ月半経って経済力の差も見えて、難しい時期に来ているのでしょう。仮設住宅の整備が急がれると思って尋ねると、「期間のメドを教えてほしい」と返ってきました。その方は自宅のあった土地に建築制限が掛かっており、これを機にマンションを買おうかとも考えているけれど、建築制限がいつ解除されるか分からなければ土地を売れなかったり、土地を担保にお金を借りられなかったりするとのことでした。政治家はめどや計画を立てて被災者に知らせていくことが大事だと思いました。
以前から言っているように、「民」を邪魔しないのが「官」と「政」の仕事です。避難所の管理人の方などから、現場に入った地方自治体や中央官庁の官僚への感謝を多く聞きました。私も日本の官僚は優秀だと思います。ただ、雇用と衛生管理のどちらを優先するのかといった判断や、地域医療再生基金を使いやすくするといった決断は政治家の仕事です。政治は足を引っ張るのでなく、地元や首長が決めた方針を支えねばなりません。地域によってニーズは違うので、自由度を高めていくことが大切です。私としては被災地の人材流出を防ぐことと公衆衛生の問題解決が喫緊の課題だと思っています。
弱い復興の勢い
今回最も気がかりに感じたのは、阪神淡路大震災の復興と比べて勢いが弱いということです。16年前は、震災後しばらくすると多くの人が道路や下水管、鉄道などの復旧工事にかかっていたイメージがあります。しかし今回は被災範囲の広さもあるにせよ、3カ月経とうとしているのに、まだ現場周辺で被災者が家の物を探していたりする状況です。
東北地方は元々インフラが弱い地域です。阪神淡路大震災の時は団塊の世代が40代後半で、「もう一回お金を借りて頑張ろう」という元気がありました。でも今彼らは60代前半で、銀行はお金を貸してくれなくなる年齢です。少子高齢化の進む過疎地では、なおさらでしょう。お金を動かせる人口が地域に少ないという点が阪神淡路大震災との大きな違いです。高齢化は身体的な問題だけでなく、国全体のお金の流れを変えるという側面もあります。医療や介護も大切な問題ですが、実はこの被災地全体の勢いのなさというところが一番大きな問題ではないかと感じています。
これからは被災地全体がどう自立していくかということに主眼を置かないといけないと思っています。官僚と共に、どういうことが問題だったかも検証していくつもりです。私も今後は岩手や福島など、可能な限り被災地に入り、支援を考えていくつもりです。