文字の大きさ

過去記事検索

情報はすべてロハス・メディカル本誌発行時点のものを掲載しております。
特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

梅村聡の目⑨ 情報選択する「患者力」 身につけ、よい医療を

よりよい医療を受けていくには、情報の真偽や意味・重みを判断することが大切で、それをできる「患者力」が求められています。関西では、私も協力して毎年1回ずつ、市民に「患者力」について考えていただくシンポジウムが開かれており、今年はかつて医療界を震撼させた「大野病院事件」の元被告、加藤克彦医師をお招きしました。
(シンポジウムそのものの内容は、こちらをご覧ください)

 このシンポジウムには毎年パネリストとして参加しており、今年も開催に先立って、内容に関する相談を主催者から持ちかけられていました。元朝日放送アナウンサーの関根友実さん、コラムニストの勝谷誠彦さん、救急医の西尾健治先生、そして私の4人が「レギュラーメンバー」で、そこにゲストをお迎えしてトークバトルを繰り広げるというのが毎回の内容です。初回から一貫したテーマは「患者力」。医療者・医療提供体制・医療費の充実、に加えて、患者さんや国民のリテラシーを高めることも「医療崩壊」への処方箋としては必要不可欠であるという意味が、この「患者力」という言葉に込められています。
 今回、主催者は、産科医療をテーマに、加藤医師をお呼びしてもう一度「大野病院事件」の内容について検証したいというのです。公開の場で医療者と一般参加者が共に考えていくことが必要だという意図でした。しかし、加藤医師は、これまで一般聴衆の前に立ったことはありません。そういった医師の方に、誰もが自由に入場できる会場で、話をさせて良いのか? ご本人がかえって傷つくことにならないか? 私は、しばらくの間、随分悩みました。
 実は大野病院事件は、私が政治の世界に入るきっかけでもあったのです。当時、「医師はプロフェッショナルなのだから結果によっては逮捕されて当然」と考える政治・行政関係者が多いのを目の当たりにして、私は愕然としました。医療の世界と立法府の感覚が相当かい離していることを実感したのです。もっとも最近は、双方の間で徐々に共通認識が生まれつつあると感じています。
 政治家は正しい知識・情報(事実)に基づいた判断で政治を行っていかねばなりません。一方で政治家は国民の代表であり、多くの国民が正しい知識や情報を持っていない時に、政治家だけが正しい知識や情報を持っているということは、あるとするなら不健全ですし、実際にはほとんどないと思います。国民と政治家との間に、情報の循環・共有と相互理解が起こることの必要性を痛感した私は、奮起して参議院議員になりました。

憶測が理解を妨げる

 医療界に大きな衝撃を与えた事件である割に、大野病院事件で実際に何が起こったのか、意外なほど世の中の共通認識がありません。実態の理解を妨げているのは、地元企業の関与を疑う"陰謀説"があり、しかも公に検証されていないために、いつまで経っても消えないことです。大野病院は福島第一原発から3キロという立地で、亡くなった妊婦の身内の中に当該地元企業の社員さんがおられた。ここまでは事実だと認識していますが、その先については憶測ばかり流れ、私も何が真実か知りません。
 シンポジウムに加藤医師を招くべきか否か悩んでいた8月、ある一般紙の論説委員がやって来て3時間ほど話をしました。私が、県や医療側、患者側など様々な方の立場や関係を見ておく必要があるという意味を込めて「あの事件には関係者も含めて、地元企業関連の方など様々な方が入っていますからね」と言った瞬間に、「梅村さん、それは言わない方がいいですよ。それを公の場で言われると梅村さんのためにならないと思います。我々の調査では、そういう事実はないんです」「逮捕された医師がかわいそうだと煽るような企画はしない方がいいですよ。梅村さんの立場が悪くなりますよ。逮捕には、それなりの理由があります」と語気強く言いました。
 この国のマスメディアは、どこを見ているのだろうと思いました。少なくとも、読者の側に立っているのではないと感じました。事実を知らせることこそが彼らの仕事ではないのでしょうか。自分たちだけで勝手にタブーを作って、「煽る」という言葉を使うこと自体、医療者側と患者側の対立構造を所与のものとして頭の中に持っていることになります。
 この件があって、逆に気持ちは固まりました。やはり、事件のありのままの姿を感じて、考えてもらうためにも、加藤医師をお招きしようと決めました。

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
掲載号別アーカイブ