がん医療を拓く③ 見えないがんを見えるものに
病理医は、米国やフランスなど欧米では道行く人誰もが知っている職業だそうです。対してわが国では、認知度がとても低いのが現実。しかし、病理医なしに適切ながん治療は不可能です。
がんの治療方針は、必ず病理医による病理診断に基づいて立てられます。手術をするかどうか、つまりがんかどうか、そしてどこまで切るか見極めるのが病理診断です。主治医による臨床診断が、病理診断で覆されることも珍しくありません。病理医は、主治医と並ぶがん治療のキーマンというわけです。
ですから患者にとっても、病院に常勤の病理医がいるといないとでは大きな違いが出てきます。
手術スケジュールも違ってきますし、何より常勤でなければ極めて大切な「術中迅速診断」を望めません。
患者にやさしい術中迅速診断
術中迅速診断とは、読んで字のごとく、手術の際に切除した組織について、がん細胞かどうか、どの程度タチの悪いものか、などを限られた時間内で判断するものです。切り取った断端(一番外側の部分)やリンパ節などにがん細胞がないかも調べます。
例えば、臨床診断(画像診断や諸検査値から決める診断)の段階で肺にがんと疑わしい腫瘍があった場合、術中迅速診断でがんかどうか調べ、がんであれば肺葉切除、良性なら大掛かりな手術は不要と判断できます。また、断端にがん細胞があったら、腫瘍の中程にメスを入れてしまっていて、取り残しがあると分かります。リンパ節にがん細胞があったら、転移しているということです。
体への負担を考えると切除範囲は最小限を目指したいところですが、がん細胞は取りこぼすと再発しますから、結果を受けてより適切な手術範囲や手術方法を選択することができるのです。
さらに、術中に良性か悪性か判断できれば、手術回数も少なくて済みます。術中迅速診断は、患者本人の体への負担を減らし、ひいては家族の負担、経済的負担も減らすことが期待できるのです。
その点、全国のがん診療連携拠点病院には、最低でも1人は常勤の病理医がいます。がん手術件数が年間7千件を超えるがん研究会ともなると、病理医も総勢16名が常勤として在籍しています。
がん研究所病理部の石川雄一部長によれば、「がん研では、病院と研究所それぞれに病理医が所属していますが、共同して病理検査にあたっています」とのこと。その数を活かして、「病理医と検査技師がいつでも要請に応じるべく、検査室に張り付いています。事前に病理検査の予約を入れていなくても、すぐ対応します。ぽつんとした"できもの"が外来で見つかって、病理で調べたら乳がんの転移だった、ということもあり得るのです。もちろん術中迅速診断も、我々にとってはごく当たり前のことです」。通常の病理検体で約100件(件数≒患者数)、迅速検体は50~100件が、1日に出されます。
「病理検体」とは、手術や外来で切り出される組織のことを指します。例えば、皮膚のほくろを切除して出したら1検体です。胃を内視鏡で見たら上部に潰瘍、下部にびらんが見つかったので、上部の潰瘍から2個、下部のびらんから1個の組織を採取して病理に出せば、合計3検体です。その検体を薄くスライスして標本化したプレパラート(何枚作るかは、検体の大きさによって違ってきます)を顕微鏡で見て、肉眼での所見と総合して判断するのが、従来の病理診断の手法です。
それが近年、医療技術や医療機器の開発が進み、新たな病理診断手法が導入されてきていると言います。