がんの分子標的② がんだけに存在するもの
融合遺伝子由来のタンパク質
次にご紹介する二つの分子標的はいずれも、核内で二つの遺伝子が「融合」と呼ばれる変異を起こした結果、新たに異常な遺伝子が生まれ、それに基づいて作られ続ける異常なタンパク質です。
ALK
ALK融合タンパク質は、以前ご紹介した「ALK融合遺伝子」(ロハス・メディカル2012年4月号参照)を設計図として作られる、本来ヒトの体が作るはずのないタンパク質です。
遺伝子融合とは文字通り、2種類の遺伝子がそれぞれ途中でちぎれて、入れ替わってつながってしまうことです。日本人では、非小細胞肺がんの約4%にALK融合遺伝子の陽性反応が認められます。リンパ腫などでも見つかっています。
さてALKは、細胞増殖を司る酵素(キナーゼ)の一種です。通常なら、細胞増殖シグナルを受け取ると一時的に活性化し、そこに先程も登場したATPが結合することで、ALKは合図を出して、必要な場所に必要なだけ細胞を増殖させます。
しかし、ALK融合タンパク質は、キナーゼ部位が常に活性化しており、増殖シグナルがなくても、ATPが結合し細胞を増殖させます。ATPは細胞内に豊富にあるため、ALK融合遺伝子を持つ細胞は、無秩序に増え続ける(がん化する)というわけです。
そこでこのALK融合タンパク質を狙い撃つ「ザーコリ」(一般名クリゾチニブ)が、特効薬としてALK肺がんの治療に効果を上げています。ザーコリは、ALK融合タンパク質のうち、特にALK由来のキナーゼ活性部位に、先のイレッサ同様にATPよりも先に取り付いて、細胞増殖の合図を出させないようにします。
Bcr-Abl
血液がんである「慢性骨髄性白血病」(CML)あるいは「フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」(Ph+ALL)は、Bcr-Abl融合遺伝子が元で異常な細胞が増殖します。
Bcr-Abl融合遺伝子も、ALK融合遺伝子と構造的には似ています。異なる二つの染色体が途中からちぎれて入れ代わり、異常な染色体(「フィラデルフィア染色体」と言います)ができた結果、それぞれの染色体上にあったBcr遺伝子とAbl遺伝子が連結してしまったものです。その設計図を元に、白血病細胞に特異的なBcr-Abl融合タンパク質が作られてしまうのです。
Bcr-Abl融合タンパク質も、ALK融合タンパク質同様、常にキナーゼ部位が強力に活性化しており、細胞増殖を促進します。のみならず、CML細胞のアポトーシスに抑制的に働く仕組みまで持っていることが分かっています。
やはり、このキナーゼ部位の活性化を妨げる「グリベック」(一般名イマニチブ)が特効薬として知られています。
また、Bcr-Abl融合遺伝子が更なる変異を起こし、その産物である変異型Bcr-Abl融合タンパク質にグリベッグが結合しなくなった場合(耐性)、そこに結合し効果を発揮する「スプリセル」(一般名ダサチニブ)や「タシグナ」(一般名ニロチニブ)が使われるようになっています。
以上二つのように、キナーゼ部位に関わる遺伝子融合とそれによる異常なタンパク質ががんを引き起こしているケースは、今後さらなる発見と特効薬登場の期待が持てるものです。と言うのも、近年そうした融合遺伝子の発見が相次いでおり、また、キナーゼ阻害剤そのものは、既に様々な種類が開発され、製薬会社のライブラリーに取り揃えられているからです。