森勇介・大阪大学大学院工学研究科助教授インタビュー
ここから藁しべ長者のような話が始まります。
教授から「助手にならんか」と言われたので「ええですよ」と受けてみたら、違う教授の助手だったんですね。研究対象がレーザーに関係する酸化物で、半導体と違うんですよ。
――ええっ。
素粒子や宇宙から比べると、半導体も酸化物もそんなに変わらないので、まあええわ、と思って何を研究しているのか眺めてみたら、お隣さんなのに随分と研究の常識が違うんですね。半導体の世界では素材を色々と混ぜて特性を制御しちゃうんですけど、酸化物の世界は安直に混ぜたらいかんらしいのです。丁度良い特性のものをこれまで発見された材料の膨大なデータベースから丹念に探そうとするのが王道で、新規材料合成は一発屋の山師のすることだと。
研究室ではホウ素と酸素の化合物で紫外線を出すのに良い材料が無いかという研究をしていましたが、たまたま研究室にLiB3O5とCsB3O5という2つの酸化物の材料がありまして、パっと見て化学式が似ているので同じ構造に違いないと思ったものですから、半導体と同じパターンで学生に「混ぜてみぃ。丁度良い特性になるかもしれへんよ」と指示しました。後で知ったんですけど、この2つ全然違う構造なんです。酸化物の研究をしていた人なら混ざる訳がないと思って当然でした。
学生も普通だったら「アホらし」と思ってマジメにやらないと思います。後から聞いた話ですが、実際、中国でも以前に同じことを学生にやらせた人がいたんですが、学生は「混ざりませんでした」と言ったそうです。でも私が混ぜさせた学生は応援団員でして、「勉強はしたくない。卒業させてくれるんだったら何でもする」と真っ白な気持ちで取り組んでくれました。で、LiB3O5とCsB3O5をドッキングさせたCsLiB6O10という新しい化合物ができてしまったんですね。しかも、この材料の特性が良くって、レーザーの分野で日本で初めて発見された有用な新材料となってしまったんですよ。
――と、言いますと。
この化合物の結晶というのは、紫外線レーザーを出せる波長変換結晶でして、いまだに世界で最も特性の優れた物質なんです。米国の企業がいくつも我々の特許をライセンスして欲しいと大阪に来ています。これを実用化・商業化する段階で、質の良い結晶を作るために色々試行錯誤をしました。その段階で、質の良い結晶を育成するには溶液を攪拌するとよい、といった今回の成功につながることが分かってきました。溶液の攪拌は常識外れではあったのですが、自分が結晶やったら何が気持ちいいやろと考えて、風呂に入るときもかき混ぜた方が気持ちいいわなと試してみたんです。
また、当時は有機結晶の研究もしていたんですが、有機結晶は酸化物や半導体と違って種結晶がないので、原材料を溶かし込んだ溶液から結晶核を発生させないと結晶育成が始まりません。それで最初の核発生を自由に制御できたら、有機結晶も質の良い結晶が育成できると考えました。でも結晶核の発生は相転移という現象で、理論的にも良く分かっていない複雑なものでした。何か刺激がいるだろうということは経験的に分かっていましたので、私も何かカッコいい刺激を与えられないかと思ってたんですが、レーザーで刺激を与えられたら何となくカッコ良いなあと思って、レーザーを用いた結晶核発生の研究を始めたら、有機物の結晶核発生を制御できるようになりました。