岩瀬博太郎・千葉大学大学院法医学教室教授インタビュー
岩瀬博太郎 千葉大学大学院法医学教室教授
――福島県立大野病院の事件をきっかけに、改めて医師法21条の問題がクローズアップされています。日本法医学会は94年に「異状」死ガイドラインを出しましたが、日本外科学会などが異議を唱えるなど、臨床医からは評判が悪いようですね。
まず法医解剖に関して、日本が非常に特殊な国であることを知っていただきたいと思います。世界では死因不明の遺体があった場合、原則として、病理解剖ではなく、法医解剖を行いますが、日本のように法医解剖として、司法解剖と行政解剖というダブルスタンダードを有する国は珍しいといえます。
そもそも論からすれば、死因不明な死体は、法医解剖という統一的な概念の下で解剖されるべきであり、その結果は、犯罪捜査だけではなく、事故防止や、流行病予防に利用されるべきであるというのが、法医解剖の理想でありますし、その意味でもダブルスタンダードを作る意味はないのです。法医解剖のそもそもの目的は、犯罪鑑識だけではなく、流行病の早期発見、各種事故対策など、公益性が高いものですし、先進国では医療圏ごとに専門の解剖施設があるのが当たり前で、当然、費用は公費負担とされています。しかし、日本の法医解剖では、満足な解剖施設は殆ど存在しませんし、また神奈川の行政解剖のように私費負担もありうるわけで、そもそも、制度自体が極めて貧弱、曖昧かつ複雑になっています。
法医学会の「異状死」ガイドラインは、先進国並の真っ当な解剖制度とそれを裏打ちできるだけの解剖施設があって初めて真価を発揮するものであるといえます。しかし、日本には、専門の解剖施設と呼べるものは東京都の監察医務院一つしかなく、他の道府県には一つも真っ当な施設は存在しません。ドイツでは、人口10~20万人あたりに一人の法医学専門医がいるものですが、日本では、80万人に一人、県によっては数百万人に一人しかおりません。
そんな状態なので、日本の法医解剖実施数には著しい制限がありますし、異状死ガイドラインに従って届け出られた異状死を解剖する受け皿などないわけです。そうした現状では、臨床医の先生方がおっしゃるように、法医学会の異状死ガイドラインは空論とそしられても仕方ないと思います。ただし、ガイドラインが間違っているかといえば、そういうわけでもありません。もし、医療事故に関連して若い先生を守ろうと考えるなら、むしろ、今後は法医学会のガイドラインに従ったほうが無難と思われますし、そうした幅広い届出を実際にできるだけの環境を作り出していく方向性が大切だと思います。