『横着』の張本人
医療事故調の早期設置を求める表題のシンポを傍聴して来ました。
登壇したのはオールスターキャストといった感じの方々で
この時期に開催したのは
臨時国会で一気に法制化まで持っていく勢いづけだったのでしょう。
ただ、これも福田総理の無責任辞任のせいで
全く見通しが立たなくなったというのが参加者共通の現状認識でした。
その分、登壇者たちも
立場の違いを主張するより、大きな流れでものを見ようとする
そんな姿勢が目立ち
なかなかに意義深い会合になったような気がします。
いくつか個人的な視点で振り返ってみたい。
この日の演者は、登壇順に
佐原康之・厚生労働省医療安全推進室長
古川俊治参院議員(自民、弁護士と医師のダブルライセンス所有)
鈴木寛参院議員(民主、医療再生議連幹事長)
木下正一郎弁護士(医療問題弁護団)
安福謙二弁護士(大野病院事件弁護団)
渡邊清高医師(国立がんセンター・がん対策情報センター)
永井裕之・医療の良心を守る会代表
の豪華版。
ただし、事前に話す内容がある程度見当のついた人も多く
そんな中で意外というか興味深かったのは、古川、鈴木の両国会議員が
ほとんど口論としか言いようのない状態になったこと。
ということで、この2人に焦点を当てて報告していきたい。
古川
「永井さんに伺ったところ、今日の会場に来ているのは、医師4、メディア4、一般の人3くらいということだったので、細かい点まで話をしたい。この問題に関しては、実は私は10年前からずっと医学界側で検討に当たってきた。当時の厚労省は対応したがらなかったのが、色々と働きかけて、05年にモデル事業ができて、そしてようやくここまで来た。いわば苦節10年、議論はかなりやってきた。その辺りから説明をしたい」
7月のインターベンション学会で、私は「医療界のリーダーたちが横着だ」という問題提起をさせていただいたわけだが、その横着路線を敷いたのは自分だというカミングアウトである。いきなりビックリした。どうやら本人には横着をしたという自覚は未だにないらしい。
「医療事故の報告制度というのは、何を報告するか、誰が報告するか、いつ報告するか、何に基づいて報告するか、どこへ報告するかの5H(ママ、5Wと思われる)は、実はどう作っても構わない。そこで04年に医療界全体として19学会共同声明を出した。そこで達成すべき課題として挙げられたのが、一つは医療事故の防止であり、そのために医療事故や有害事象の事例を集めて分析する必要があるということ、もう一つが透明性の確保と説明責任で、そのためには第三者による公正な検証が望ましいということで、行政と連携した中立的第三者機関創設の決意を宣言し、現在に至っている。
このうち前者については、すでに日本医療機能評価機構が医療事故情報収集事業というのを行っている。その報告対象となる事故等の範囲というのは、大綱案と一致している。要するに情報を集めるという方は既に果たせている。事故調を作るということであれば、主に2が重要になるのだろう。
第三次試案に対しては、様々な反対意見が上がった。そのほとんどについては、大綱案でクリアされたと考えている。1、医師法21条の改正は法令に明文化の予定だ。2、捜査機関との関係の明文化については、国会の答弁は拘束力を持つので、その答弁記録で対応可能だ。」
途中だが、立法府にいて、しかも法曹資格を持つ人間にあるまじき発言と思う。法の条文に書いてなくても、官僚が答弁を書けば、それが法と同等の効力を持つと言っている。なまじ有資格者の発言だけに、普通の医師はそんなものかと思ってしまうだろう。こうやって医療界はどんどん横着な道に引きずられて行ったのかもしれない。古川議員の発言に戻る。
「3、所管官庁を厚労省にするのに反対意見も根強いので、それは内閣府にすることも考慮できる。4、標準的医療行為から著しく逸脱という定義、これは医療者の作業部会で事例集などを作成すればよかろう。5、調査結果の処分や訴訟への利用可能性に関して、おそらく調査部分と提言部分とに分かれた報告になって、調査部分はそんなに他に活用するというわけにはいかないのでないかと考えている。6、遺族からの告訴に関しては捜査機関に対して前置する運用は可能だろう。7、調査委員会への非医療者の参加に関しは、異論が強いけれど、必要なことが透明性の確保と説明責任である以上、そこに入れなかったら何もならない。8、刑事免責を求める意見もあるが、引き続き検討していかなければならないが現状では時期尚早だろう。ということで、だいたい対応可能だ。
一点だけ大綱案に矛盾があると思うのは、報告や届け出義務違反に対する処分で、(1)病院勤務医等の病院等管理者への報告義務違反(2)管理者である勤務医等の委員会への届け出義務違反(3)病院等管理者の委員会への届け出義務違反―があって、(1)と(2)は1度目の違反で刑事罰となり、(3)は1度目の違反は行政処分、それでも従わない場合に刑事罰になる。(2)と(3)で同じ管理者なのに処分が違うのは均衡が崩れている。また、(1)と(3)では(3)の方が法益侵害が大きいと考えられるため、(1)と(2)が軽い方が法の趣旨に合っていると思われる。
8月20日の福島県立大野病院事件に関する判決で、医師法21条に関する判断が出され、これが大綱案と矛盾するのでないかという意見もあるようだが、前段部分までよく読めば一般化はできないので大綱案と矛盾するものではない。
それから、鈴木先生に後で伺いたいのだが、民主党案では21条を廃止と言っているけれど、そうは読めない。医療事故報告制度の創設趣旨の理解に立ち返るならば、透明性をいかに向上させるかと同時に、刑事介入をいかに適正化させるかもきちんと明文化する必要があるはずだ。民主党案では、司法がむしろフリーハンドになる(後略)」
「矛盾」として挙げた瑣末なことといい、大野病院事件判決は関係ないとの見方といい、問題を矮小化しているように聞こえてしまうのは私だけだろうか。
司会
「自民党の窓口は誰になるのか」
古川
「現場を知る人間として厚労省とも必ず意見交換をしているので、厚労省案に関することでも、私に言ってもらえれば」
だそうである。
さて、ケンカを売られた形の鈴木寛議員が続いて登壇。
「今回は超党派議連の幹事長という立場で来た。民主党の代表ということであれば、足立先生を呼んでほしいと主催者にも申し上げてある。」
結局あとでケンカを買ったのだけれど、この時点では、いなしたように見えた。
「まあ、それはそれとして、この問題なかなか結論は出ないが、今日のこの会も含めて、様々な人が様々な会をやっていること自体が素晴らしい。私の持論として、真の民主主義は熟議によってもたらされるというのがある。様々な人が意見を出し合って話をすればするほど理解も深まり知恵も出てくる。臨時国会の後半でこの問題が議論されるかと思っていたけれど、こんな政治状況なので、おそらく臨時国会で議論される可能性は低い。
せっかくなので原点に立ち返りたい。そうしないとおうおうにして議論が袋小路に入ってしまう。
そもそも患者・家族の願いとは何なのか。まず救命率・治癒率の向上であろう。この点に関しては、医療費切り詰めの流れは底を打った。V字回復か低位安定かは今後の政治次第だ。次に事故発生の防止があるだろう。そのためには医師の増員が必要だし、教育の充実、病院のガバナンスの徹底がいる。つまり事故が起こる前のところにも患者・家族の願いはあるのだし、たとえ過誤があろうがなかろうが肉親や近しい人の死に直面した時にすぐに納得するのは難しい。だから、まず医療側が原因・理由について説明すべきだ。そのために、診断書・検案書を信頼に足るレベルへ上げていく必要があるし、また無過失補償制度の充実も必要だ。もし過誤があったならば、謝罪して再発防止の取り組みを行い、さらに速やかに賠償することも必要。このように挙げてみると、医療界の取り組みが、患者・家族の願いに対して十分に応えていたと言いきれる人はいなかろう。
改めて医療事故に関して考えてみると、まず犯罪性があれば捜査立件してほしいというのも自然な願いだ。刑事訴訟法239条1項に告発の権利が保障されている。そもそも告発権を縛れるのかどうかということは、法治国家として重要なこと。国会の質疑応答や行政上の取り決めで、刑訴法に定められている患者の権利を制限できない。それが法に照らして正しいかどうかということも、立法府として考えねばならない。国会答弁で捜査機関を拘束しようというのは、本来の法治国家にあるまじきことで、少なくとも私はそのように法の精神を学んで来てはいない。たしかに現実として、そのように行政国家として運営されてきた歴史はあるかもしれないが、それを立法の立場で追認してしまっていいのか。
一方で現場の医療者たちにも願いがある。最善を尽くした医療者を逮捕して罰してほしくないというもの。この両者の願いというのは、実は対立するものではない。二元連立方程式、三元連立方程式を解く知恵を出していこう。業務上過失から医療行為を除外してほしいという強い声があることに関しては、これはもう少し長い議論が必要だろう。臨時国会で事故調ができないと心配かもしれないが、ただし、大野病院事件の判決によって、何が罪に問われるのかはかなり明確になった。それと法との整合性について再整備を行うよう立法府は宿題をいただいたのだと思っている。
現場の思いは尊重されなければならない。その人たちがいなければ医療だってないのだから。ただ大野病院事件、二次試案、三次試案と進んできた流れの中で、本来パートナーであるべき医療者と患者側の関係が分断されているようなイメージが先行していることは危惧する。お互いにいろんな誤解があると思うので、それを解いていかなければならず、医療者と患者の関係の再構築が急務。この場も、相互の信頼関係を再構築しようということでやっているのだろう。それと案外見落とされがちなのだが、公立病院のガバナンスは相当に事なかれ主義で、それが隠蔽体質につながっている。大野病院、広尾病院、大淀病院など、すべて公立。最終的に責任を取るのが病院長か都・県庁の担当者か、誰が責任を取るかがものすごく不透明なので、ここに注目すべきでないか。その環境の中出患者や家族を追い詰めてきたのも、また事実だ。
ここは一つ国民運動として取り組む必要があるだろう。医療者にも、自浄の姿勢を示していただきたい。刑事事件だけが問題なのではない。大綱案に関しては率直に言って、まだ問題が多かろう。主要学会や病院会からも懸念が示されている。21条の異状死の解釈だけでも、これだけの騒ぎになっているのに、そこにまた診療関連死という概念を持ち込んだら、さらに混乱するのでないか。たしかに難しいのだけれど、その難しさから逃げずにきちんとやることが必要だ。民主党案も直すべき所は直せばいいと思う。先ほど古川先生は大野病院事件判決は汎用できないということを仰ったが、法律家の中には違う解釈をする人たちもいるので、その辺りは法律の人達でしっかりした法的議論もしていただく必要がある。
この問題については、臨時国会に審議入りするということで舛添大臣や尾辻議連会長と協力して進めてきた。残念ながら、福田首相の内閣総辞職で、臨時国会で質疑が行われる可能性はほとんどなくなった。舛添厚労相はこの問題について、果敢に火中の栗を拾おうとしており、議連としてもやっていってほしいと会長に声が掛かっていた。舛添厚労相の留任がなければ、政治状況としては変わってしまうだろう」
いったん終わった後で、先ほど売られたケンカを買う気になったらしい。
「私は民主党案を説明する立場にないけれど、先ほどの古川先生の御指摘に答えることぐらいはできるので話すと、死亡診断書も検案書も発行できない場合には警察へ届けるということで、逆に言うとこれらの書類が発行できれば警察への届け出は必要ない。司法はフリーハンドではない」
古川議員が突然挙手して話を始める。
「告訴権のない運用にするのか」
鈴木
「今日は差異をあげつらうのでなく、お互いの接点を探って、まとめたいと思って来ている。だけれど、捜査機関の運用に任せるというのは罪刑法定主義に反して、そのような制度設計は立法者としてやるべきではないのでないか」
この後、2人が同時に喋り合って、何が何だか分からなくなった。慌てて司会者が「議論はまた後ほど時間を取ってある」と割って入った。
なお、そのディスカッション冒頭では、古川議員が「先ほどは申し訳なかった」と詫び、口論の続きはなかった。
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