【投稿】我が国の医師国家試験の問題点
③医師国家試験を適切に運用する第3者機関の設立
医師国家試験の内容とその運用は医学部における教育に大きな影響を与えています。しかし、日本では医学部での教育カリキュラムは文部科学省担当、国家試験の作成運用は厚生労働省担当と完全に分かれており、その連携も十分とは言えません。文部科学省医学教育カリキュラム検討会の内容を報じたロハス・メディカルの記事では「国家試験に関して文科省として腰が引けている」という検討委員の先生のコメントが紹介されています。平成15年に試験問題の公募範囲を臨床研修病院や日本医師会等に拡大することが提言されましたが、現在でも医師国家試験の作成過程は一般に公開されておらずブラックボックスとなっています。このように国が試験作成および運用を独占するのは問題であり、医師国家試験を適切に運用する第3者機関の設立が必要であると考えます。
一つ目の理由は試験の内容です。厚生労働省が所管する医師国家試験は知識重視であるという批判があるように、実際に自分で過去問題集を勉強していても「医学的知識を知っているか」だけに重点が置かれすぎているように感じます。「知識があるかないか」も重要ですが、「その知識をどう適応するか」「診断までの道のりをどう考えるか」「検査・診察の優先順位をどうするか」も現場では重要です。医学的専門家だけでなく「問題の構成・問われ方・データの示し方が適切か」等、教育学的観点からも専門家によって十分に議論され作成される必要があると思います。
前述のCBTの実施機関であるCATOには,試験信頼性向上専門部会があり,医学教育,歯科医学教育,テスト理論の専門家が議論を重ねています。そのようなシステムが医師国家試験でも必要だと考えます。項目②(1)で述べた試験問題プール制に関しても、厚生労働省という国家機関が監督がしているために情報公開制度が適用されていますが、米国のUSMLEのように第三者機関が実施するならば著作権法等によって問題は保護されるため(答申書3p)、試験問題のプール制および項目反応理論(注釈2)が導入しやすくなるという点も考慮すべきです。
二つ目の理由は「自律」の精神です。今までは何にしても「とにかくお国・行政任せ」という事が多かったように思います。これからの時代は国に全てを任せるのではなく「社会における」専門家集団として自覚し、その責任を果たしていく必要があると思います。MRICvol 58で既に提起されていますが、専門家集団の自律行為として自分達で「医師とはどうあるべきか」を議論し決めること、その免許試験の運営を国民の税金ではなく、第3者機関を設立し「民による公的活動」とすることは、お国依存からの卒業の一歩として非常に重要であると思います。
「医師免許を与えるかどうか」を判定する医師国家試験は、国の医療水準に直結する国民全体の問題です。「日本の医学部ではどのような医師を育成するのか」、大学病院および臨床研修病院で働く医師の先生方、患者の方を含めた国民の代表が議論する機会をつくること、医師国家試験の内容・作成過程・運用がその目的に沿っているかどうか、患者安全、国家の医療水準という観点も盛り込んで、再度見直す必要があるのではないでしょうか。
(この記事へのコメントこちら)
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参考文献
・MRIC臨時 vol 58 「諸悪の根源は「医療費亡国論」」 上 昌広
http://mric.tanaka.md/2009/03/18/_vol_58_1.html
・臨床研修制度の見直し等を踏まえた医学教育の改善について
平成21年5月1日医学教育カリキュラム検討会
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/038/toushin/1263119.htm
・評価にまつわる最新理論 大西弘高
医学書院 医学界新聞第2554号 2003年10月6日
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2554dir/n2554_07.htm
・わが国の医学教育の問題点と将来像 伴信太郎
THE LUNG perspectives 2008 Vol.16No.2 15
・厚生労働省HP 医師国家試験の施行
http://www.mhlw.go.jp/general/sikaku/1.html
・社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構(CATO)
平成20年度財務諸表(共用試験CBT関連事業費については11p)
http://www.cato.umin.jp/03/0307_2008_zaimu.pdf
共用試験の概要
http://www.cato.umin.jp/11/0101kyouyou_gaiyou.html
・平成16年度 厚生労働科学研究費補助金
健康安全確保総合研究分野 医療技術評価総合研究事業
医師国家試験コンピュータ化に関する研究報告書
高林克日己 吉岡俊正 細田瑳一
http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/irwg8/H16Houkoku.pdf
・医師国家試験の問題用紙及び正答値表の一部開示決定に関する答申書 平成17年
第95回から第99回までの医師国家試験の問題用紙及び正答値表につき,
その一部を不開示とした決定については,不開示とされた部分を開示すべきである。
http://www8.cao.go.jp/jyouhou/tousin/h17-03/129-133.pdf
注釈1)試験問題のプール制について
試験問題を出題する前にあらかじめ蓄えておく制度(プール制)を導入するに当たり,試験問題と解答を開示すると過去の良質な問題の繰り返しによる利用により,正解率が相当程度高くなるという影響があり,プール制の早期の導入が阻まれる(答申書2p)という議論がある。
注釈2)項目反応理論(Item response theory:IRT)
特定の指標が明らかにされている問題を数百ほどプールすると(1)違う問題を解いた受験者同士の能力を比較できる,(2)受験者のレベルに合わせたテストを随時準備できる,(3)テスト前にある程度テストの信頼性を予測できるといったテスト実施者にとって都合のよい性質がある、という性質がある。(デンマークのG. Raschがロジスティック曲線を用いたモデルを1960年に発表)
医師国家試験(USMLE)や、中国、台湾の統一試験、TOEFULに使われている。
(大西弘高 評価にまつわる最新理論より)
・医師国家試験改善委員会での取り組み 前川眞一
項目反応理論について紹介されている
http://jartest.jp/testsite/event/jirei/pdf/jirei8_2.pdf
・医師国家試験改善検討委員会 報告書 平成15年
http://www.med.or.jp/student/kokushi_rep.html
・ロハス・メディカル
医師国家試験、「文科省として腰が引けている」2009年4月14日https://lohasmedical.jp/news/2009/04/14070403.php?page=1
・米国医師免許試験(USMLE)の実施機関(National Board of Medical Examiners)
2008Annual Report http://www.nbme.org/PDF/2008AnnualReport.pdf