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ストップ!! 医療崩壊1

20-2-1.JPG全国各地の病院で、産科を始めとする診療科の縮小・廃止が相次いでいます。
どうやら日本の医療制度が大きな曲がり角に来たようなのです。2号連続で考えます。

監修/土屋了介 国立がんセンター中央病院院長
    和田仁孝 早稲田大学大学院教授

何が起きているの?

 3月下旬に、別々の全国紙が相次いで独自に調査した結果を報じました。
 まず読売新聞が「救急施設」について。それによれば、2001年3月末に全国で5076施設あった救急告示医療施設が、06年3月末では432施設減っており、さらに07年3月末までに121施設が減りそうだとのことでした。6年で1割強減った計算です。
 また朝日新聞は、「産科病院」について調査しました。それによれば、06年度内に分娩取り扱いをやめるのが99病院あったそうです。さらに6病院が今年度中の取り止めを決めているとのこと。若干起点は異なりますが、05年12月の時点で分娩を取り扱っているのは1273病院でしたから、何と1年の間に8%も減った計算です。
 一体何が起きているのでしょうか。
 おさらいというか、大前提を確認しておきます。政府・厚生労働省は、国内の病床数が多すぎて不要な医療も行われているとの認識です(06年12月号「診療報酬特集」参照)。そして医療費抑制のため、診療報酬を引き下げ、ベッド数の削減を図っています。その流れの中では、病院や診療科の縮小・閉鎖があるのは当然ということになります。
 しかし、たとえ全体がそうであっても自分のところで起きるのは困るというのが人情。少し細かく見ていきましょう。
 病院が診療科を縮小・閉鎖するとしたら、考えられる理由は大きく二つあります。赤字が出過ぎて陣容を維持できないか、スタッフ(特に医師)を確保できないか、です。ただし特に公立病院の場合、少々の赤字では撤退しませんので、大抵は医師を確保できなかった可能性が高いです。
 僻地の診療所へ赴任する医師がいないって話、昔から問題になっていたよねと思った方、早合点ですよ。診療科の縮小・廃止は、入院ベッドを持つ地域でも大きめの医療機関で起きている点が、これまでと少し違うのです。
 なぜ病院が医師を確保できないのか。理由はすこぶる簡単で、一部の有力病院を除けば、求人に対して求職者が圧倒的に少ない「超売り手市場」だからです。
 ただし、そもそも医師確保の「自由市場」はありません。ほとんどの場合は大学病院の「医局」が、病院の医師人事を差配しているのです(06年9月号「大学病院特集」参照)。そして、各病院からの医師派遣要請をすべて満たすだけの医師が医局に存在しない、こういうことです。
 となると、派遣要請が多すぎるか、派遣できる医師が医局に少なすぎるか、ということになります。
 医療費抑制の流れの中、病院の新設や拡大はあまりなく、必要な医師の数もそんなに増えていないので、「派遣要請が増えた」ことはないはずです。となれば「派遣できる医師が減った」ことになります。
 この絡みで各方面から原因と指摘されているのは、04年4月に始まった「新臨床研修制度」(vol.30参照)です。大学医局で取得する「医学博士号」より、症例を多く経験することで得られる「専門医資格」に魅力を感じる若手が増えたこともあって、医学部卒業後すんなりと出身大学の医局に入る医師が減りました。また研修期間中のアルバイトが禁止されたこと、実際には勤務していない医師を働いたことにする「名義貸し」が発覚し糾弾されたことなども影響していると見られています。
 でも、それだけが原因ではありません。大学医局が派遣先そのものを絞り始めてもいるのです。

勤務医の労働条件は大変過酷なのです。

 なぜ大学医局が派遣先を絞り始めているのでしょうか。
 以前まで大学医局は、派遣先ポストの多いことは良いことだという発想で、請われるままに医師派遣をしていました。その結果、1診療科に1人か2人の医師しかいない施設が数多くできてしまいました。
 しかし医療が高度化・複雑化して、少人数では行えないような診療も増えてきました。そういった先端診療は患者側の利益になるだけでなく、医師の技能や勤労意欲も上げますので、医局には大勢勤務するような施設を持ちたいという欲求が出てきました。
 また少人数による勤務は後述するように大変過酷です。しかも、そんなに恵まれた待遇ではありません(コラム参照)。過酷な勤務で安い給料だからこそ、医局による半強制的な派遣が必要だったわけです。
 どのように過酷か。
 病棟を持っている場合、外来をこなしつつ入院患者の主治医もすることになります。患者との付き合いが濃密になってやり甲斐は増しますが、1日8時間労働など夢物語です。外来と入院患者の主治医を分けるとか、シフト制勤務にするとかできれば良いのですが、それには複数の医師が必要です。
 「病棟を持つ」というのが何を意味するのか想像つきにくいと思います。要するに入院患者に何かあれば、夜中であろうと休日であろうと叩き起こされ、呼び出されるということです。ここでも医師が大勢いれば当直や夜間休日担当者を交代で回せますが、少なければ連日のように当直や夜間休日対応を迫られることになります。
 夜間急変・救急対応の多い診療科で少人数勤務を行った場合、休みはおろか満足な睡眠時間も取れないということがお分かりいただけますね。
 真っ先に該当してしまった診療科が、少子化で一病院あたりの医師数が減ってきている産科、小児科です。この2科で縮小・閉鎖が相次いでいるのは決して偶然ではありません。
 ただし、ここ1、2年で急に産科、小児科の勤務が過酷になったわけではなく、過酷であっても意気に感じて頑張る医師たちによって支えられていました。しかしギリギリの綱渡りを続けてきただけに、ちょっとしたことで破綻してしまいます。
 最たるものが、訴訟のリスクです。
 ろくに眠れない無理な勤務を重ねれば、ミスの確率が高くなります。医師からすれば「こんなに少人数で頑張っているのだから」であっても、悪い結果の出た患者側からすれば、そんなことは理由になりません。特に産科、小児科は元から訴訟が多いのです。
 こうして高度治療を行うためという積極的な意味でも、訴訟リスクに備えるという消極的意味でも、急速に「集約化」が行われてきたのです。

医師の給料、意外と高くありません。  医師には大きく分けて「勤務医」と「開業医」の2種類があります。言わば「サラリーマン医師」と「自営医師」です。開業医としてきちんとやっていくには、技量を磨くとともに、重症患者を紹介できるような基幹病院を持っていなければなりません。このため卒業後ある程度は勤務医として働き、大学医局とも良好な関係を保つのが一般的です。  「勤務医」には常勤と非常勤(日雇い)とがあります。大都市圏の場合40歳近くまで非常勤のポストしかないことがよくあります。非常勤と言っても、実際の拘束時間は常勤医と同じ。月に何度か別の医療機関へアルバイトに行って(「外勤」と称します)、何とか生計を立てることになります。 常勤になったとしても、公立病院なら給与体系は公務員に準じます。民間でも大都市圏の場合、同年代の大卒サラリーマンと比べて、そんなに給料が高いわけではありません。マスコミ、金融などに比べると間違いなく安いです。

集約化なの? 医療崩壊なの?

 大学医局側の理屈はお分かりいただけたと思います。また、厚生労働省も現状を追認する形で、産科や小児科に関して集約化・重点化を図っています。この流れは大きな所では変わりそうもありません。
 では患者の立場から見て、この集約化・重点化は良いことが多いのか悪いことが多いのか、考えてみましょう。
 一般的に考えられる良いことはイザという時の安心感が増すことで、悪いことは近所に医療機関がなくなって不便になることです。安心感と不便さを天秤にかけることになります。
 ただしこの比較が成り立つのは、集約化前には、都道府県を何分割かした一定地域(二次医療圏と言います)の中で、医療需要を満たすだけの医療供給があったというのが大前提になります。少なくともお産に関する限り、現実に「お産難民」が各地で発生していますので、この大前提が成り立つか怪しく、医療崩壊が始まっていると言わざるを得ません。
 なぜなら集約化した場合、供給の質は向上する代わりに、量はむしろ減るからです。話を理解しやすくするために、スーパーのレジや銀行の窓口をイメージしてみてください。
 供給量が足りないということは、列が長くなっていることに例えられます。現在の保険制度では、列に並ぶのを制限することはできません。列をさばくには、混んでいるところに担当者を追加して作業を分担させるか、窓口を増やして列を分けるかが一般的な手法です。
 しかし集約化は、列を分けずまとめて長くすることを意味します。そうする理由は、サービス向上のためと同時に、過酷すぎる担当者の勤務を緩和するためです。
 この時、窓口あたりの担当者数は増えますので、対応が丁寧になって処理速度も上がるでしょうが、窓口に3人いるからといって3倍のスピードでさばけるわけではありません(医療は医師だけで成り立っているのではないから=コラム参照)。結果として、サービス供給の総量は減ることになります。
 もともと足りない供給量が、さらに減ったらどうなるか。別の地域や医療機関に「難民」が押し寄せることになり、今度はそちらの担当者から悲鳴が上がることになります。現在各地で起きているのは、まさにそういうことです。
 集約化が、医療の供給不足に対しては必ずしも有効な解法とは言えないことがお分かりいただけると思います。
 では、どうしたらよいのでしょう。他人事ではありません。我々患者も、医療体制維持のための費用を健康保険料や税金で負担しています。また、納税者・有権者として医療分野への税金追加投入も要求できる立場にいます。ぜひ一緒に考えてみませんか。
 次号へ続きます。キーワードは「分担」です。

ボトルネックと言います。 20-2.1.JPG 全体の業務処理量が、ある部門の処理能力によって規定されてしまい、他部門をどんなに増強してもまったく処理量は上がらないということが現場ではよく起きます。このように全体の能力を規定する部分を「ボトルネック」や「律速」などと表現します(=右図参照)。  どれだけの患者を引き受けられるかは、医師の数だけでなく、看護師の数、ベッドの数など様々な要因で決まります。看護師も全国的に不足していますので、たとえ医師がボトルネックだったとしても、ある程度増やした段階で他の要因が取って替わります。


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