誌面アーカイブ

情報はすべてロハス・メディカル本誌発行時点のものを掲載しております。特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

医師が育つまで

44-2-1.JPG 医師免許取り立ての医師は2年間の研修を義務づけられていること、ご存じでしょうか。
来年度その中身が変更されることになって、医療業界は大揺れです。
ただ、一般人からすると何がどう変わったのか、そもそもなぜ免許を持っているのに重ねて研修が必要なのか、だったら医学部では何を教えているのか、基本的なことがよく分かりません。

監修/河北博文 河北総合病院理事長
     嘉山孝正 山形大学医学部長

4年終了時に試験

 本題に入る前に念のため、臨床研修の「臨床」という言葉を説明しておきます。簡単に言うと、直接患者の診療に当たること。分かりやすくするために対義語を挙げるならば、「座学」とか患者を相手にしない「模擬」などになります。
 わざわざ臨床研修が免許取得後に義務づけられたということは、その段階では臨床経験が足りないと多くの専門家が判断したことになります。医師養成に関しては世界でも定評のある米国のメディカルスクール(医師養成課程)が4年制で、卒後すぐに医師として働き始めることを考えると、日本の医学部が6年もかけて何を教えているのかと気になるところです。
 日本の大学生は勉強しないで遊んでばかりだから、と自分の経験などに照らし考える方もいるでしょうが、今から説明するように、実は後ろに試験が待っているので医学部の学生たちは結構勉強しています。はてさて。
 まず医学部の標準的な流れを下図でご紹介しましょう。
44-2.1.JPG
 業界外の方からすると、4年終了時に行われる「共用試験」は何それ? だと思います。医師養成課程を持つ全80大学が同じ試験を行っています。これがあることによって、遊び呆けていると5年以降の実習に進めず医師免許も取れないようになりました。
 コンピューターを使って知識を問う「CBT」と実際の診察場面を再現して態度などを見る「OSCE」(客観的臨床技能試験)の2種類があり、CBTの方は文部科学省の定めた「モデル・コアカリキュラム」(コラム参照)から出題されています。合格の点数は大学によって異なるものの、それを突破すると晴れて臨床実習へと進むことができます。
 実習は、「ポリクリ」(ポリクリニック)や「クリクラ」(クリニカル・クラークシップ)などと呼ばれ、大学病院や協力施設となっている市中病院の、ほぼ全ての診療科を少人数グループで一通り回ります。
 あれ、臨床に出てますね。臨床研修との関係は次項以降でまた考えることにしましょう。この後、6年生の終わりに卒業試験と医師国家試験とがあって医学部の過程が終わります。

モデル・コアカリキュラム  医学が急速に複雑化・高度化して1人の人間が網羅することは不可能になったことと、現在正しいと思われていることが数年後に誤りとされる可能性もあるという医学の特性を踏まえた考え方から、何でもかんでも詰め込むという医学部の伝統的教育方針は放棄され、特に重要な基礎的知識と、生涯に渡って勉強し続けるような態度を身に付けることに主眼が置かれるようになりました。この特に重要な基礎知識がコアカリキュラムで、文部科学省が示したモデルを各大学でアレンジしながら使っています。


臨床研修が この形の理由

 さて、臨床研修必修化と同時に改正された医師法によって、医師免許を取っても2年間の研修修了までは指導医の適切な指導のもとでのみ臨床に携わることができ、単独での「診療行為」はできなくなりました。
 今年度までは最低でも7つの必修診療科をぐるぐると回るスーパーローテートで行われていて、それが来年度から緩やかになるわけです(コラム参照)。見直しされるだけの理由はあって、医師法改正で研修医の行える範囲がよく分からなくなったうえ、一つの科にいる研修期間が短くなって、手技や約束事を覚えた頃には他の科へ異動で、実地に揉まれるより「お客さん」になりがちという弊害が指摘されています。
 「お客さん」ならば学生の時の臨床実習とよく似ていて、重複でないかと思うところですが、それでもやはり学生の時の実習と医師になってからの研修とではかなり内容に差が出ます。
 差が出る理由の大きなものは、①医学生が医療行為を行うことに対して、国民の合意が十分とは言えず、法的根拠も曖昧で指導する側も不安なので見学主体になってしまう②医師国家試験の準備として、大学によっては臨床実習そっちのけで座学をしている、の2つが挙げられます。
 世界では医学部を卒業した瞬間から医師として働けるという国が主流。日本の場合も医学生の能力の問題で臨床経験が不足しているのではなく、社会的事情でそうなっている面が大きいということです。
 このうち、社会的合意と法的根拠に関しては、何しろ医学生がどういう教育を受けているのか分からない現状で、いきなり認めろと言っても無理があります。皆さんも今回の特集を読んで初めて知ったということが多いはず。医療界から、もう少し丁寧に情報発信する必要がありそうです。付随して起きている指導者側の不安に関しては、次項で詳しく触れます。
 もう一つの臨床実習と国家試験との問題は、日本らしいというか何というか奥の深い話です。共用試験のCBTで「疾患→症状」の知識を確認し、実習で「症状→疾患」(臨床現場で必要です)の考え方を学んだ後に、もう一度「疾患→症状」の考え方の試験が行われるため、医学生からすると後戻りさせられているようなものです。
 しかし、霞が関から見ると、だいぶ風景が異なります。医学部を所管するのは文部科学省です。医師国家試験と臨床研修を所管するのは厚生労働省です。文部科学省の指導で行ってきた教育が不十分に違いないから、厚生労働省が医師国家試験で知識をキッチリ見極めて、さらに臨床経験の足りない分、国費を使って(コラム参照)研修させてやろうということなのです。まさに役所の縦割りの弊害に、医師養成はスッポリはまってしまっていると言えます。

こんな風に変わります  研修期間2年分の給与などは厚生労働省が国立大学病院を除く研修病院に補助金として支給しており、全国合計すると約160億円になります。この部分は来年以降も変更ありません。コンピューターを使って志望者と医療機関の集団お見合い「マッチング」を行うところも変わりません。  変わったのは主に3点。まず必修診療科が7科から内科、救急、地域医療の3科・分野と外科、小児科、産婦人科、麻酔科、精神科のうち2科選択に減ります。組み合わせ方によっては2年目の2カ月目から将来進む診療科の研修に入れます。  また研修医を受け入れる医療機関の基準要件も厳しくなります。  最も物議を醸しているのが、各都道府県ごとに研修医の定員上限を設け、それを超えた場合にはその都道府県の医療機関すべて一律に定員をカットする仕組みの導入です。医師不足の地域に、「経験不足」のはずの研修医を無理やり送り込むものと医学生たちが反発しています。


専任教官がいない 驚くべき事実

 免許取り立ての医師が「経験不足」になるのは、大学教育と卒後教育との接続が悪いためという説明をしました。今回、卒後の部分が変更されるわけですが、卒前にも改善の余地はないのでしょうか。
 結論から言うと、余地は大ありだけど、改善するには人もお金も足りません。
 医師はお金持ち、医学生はお金持ちの子弟というイメージを持つ方も多いと思います。勤務医の給料が世間で考えられているほど高くなくて、お金持ちと限らないのは既に何度も書いてきました。一方で、医学生の方の「お金持ち」は、間違いとも言い切れません。
 医学部定員のうち約3割は私立大学に割り当てられています。私学のうち政策的理由によって学費が安く抑えられている自治医大・産業医大を除いた27大学を平均すると、6年間の学納金は何と3420万円。国立大学の10倍近いのです。これ以外に生活費などもかかるわけで、庶民に払える金額ではありません。
 こんなに高いのは、国の私学助成が少ないからです。現状では医師の卵を選抜する段階で、医師としての適性以外の要素が大きく反映されることになります。大学としても、それだけの学納金を取っている以上、難問奇問の多い国家試験に合格させることが最優先になり、臨床教育は二の次にならざるを得ません。
 では学納金の少ない国公立大学の医学生に対しては税金がつぎ込まれているのかと思いきや、それも大いなる勘違い(コラム参照)。働く人の給料を極限まで絞っている分、学費が安くなっているに過ぎません。
 大学病院では医師の肩書が「教授」とか「准教授」とか「講師」とか「助教」になっています。診療に当たっている医師たちの身分が、実は教員だということです。教職の方が医師職より大学の払う給料は安くて済みます。
 でも、どう見ても医師が本職で学生を教える方は片手間。専任の教員が皆無に近いのです。しかも国立大学が04年度に独立行政法人化され、毎年少しずつ交付金を減らされるため、病院で赤字を出すと、大学そのものがつぶれるようになりました。教員に医師として稼がせようとする傾向はどんどん強くなっています。
 それでなくても大学病院は医師以外の医療職のスタッフや事務職員が少なくて、雑用が医師に回ってきます。そのうえ薄給でアルバイトなしに生活できませんから、たとえば実習の時に学生1人1人に臨床経験を積ませて、その分の責任を全部取るなんてしてる余裕はありません。
 だから医学生の臨床経験が不足するのです。しかも実は、その同じ医師たちが研修医の指導にも当たっているわけで、「ちゃんと教えてもらえないから市中病院で研修を受けたい」と研修医が大学病院を敬遠するのも無理ありません。負担に耐えかねた中堅層の医師たちがどんどん大学を去り、指導者が減るからまた学生が経験を積めなくなるという悪循環になっています。
 卒後を変にいじくるより、大学で十分に経験を積めるように設計し直した方が理にかなっているような気もします。そうできない理由が、国家試験の内容とか大学の資金不足に起因しているのだとしたら、卒後2年の研修にばかりお金をかけるのは、何か間違ってないでしょうか。

医師1人育てるのに1億円?  医師1人を育てるのに1億円かかるという俗説があります。しかしこの数字の根拠は、どんぶり勘定の時代に病院の赤字や研究費まで合算して、その金額を医学生の頭数で割ったに過ぎません。医学部だけの会計が出てくるようになって、それを見ると多くとも5千万円を超えることはなさそうです。
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