ご存じでしたか? 地域医療計画
実態は参入規制。
さて昨今の医療崩壊現象との関連で考えてみましょう。
救急車の行き場がなかなか決まらなかったり、お産する場所がなかったりというのは、住民がそれでよいと意思表示したのでもない限り、地域内で需要を満たせていないことになります。
つまり20年以上も前から医療計画というものがあるのに、計画倒れになっているわけです。しかも、それが全国あちこちで起きています。なぜでしょう。
いきなりタネ明かししてしまいますと、「体制確保」を謳いながらも、医療計画の中に医療崩壊に備えるとか対応するとかいう発想はありませんでした。前項の冒頭に戻って、医療計画の定義をもう一度見ていただくと「医療資源の効率的活用」と書いてあります。ピンと来たでしょうか。そう、医療計画の目的は、もっぱら医療費抑制だったのです。
そして医療費抑制を図るために用いた方法が、業界内で悪名高き「病床規制」です。二次医療圏内の適正な病床数を、人口や年齢構成に基づいて原則全国一律の基準で弾きだし、域内にそれを超える病床があった場合、新たに医療機関が病床を増やそうとしても、陰に陽に妨害して認めません。もちろん基準より病床数の少ない二次医療圏もありますが、基準を上回る二次医療圏の方がはるかに多く、つまり実際には参入規制として運用されてきたのです。
たしかに前回も説明した(08年4月号『医療者が足りない』特集参照)ように、日本の場合、病床や設備に比べて医療従事者が異常に少ないという特徴があり、病床が増えないようにするのは普通の発想のようにも思えます。ではなぜ業界内で評判が悪いのでしょう。厚生労働省自身が以下のような問題意識を明らかにしています。
「病床規制については、既存の医療機関の既得権益を保護することによって、新規参入を阻害し、もって医療機関の健全な競争が働かない等患者視点に立ってみると弊害も見られるところである」。
単に参入を妨げただけにとどまりません。許可病床が利権化すなわち金銭価値を持ってしまったため、過剰な病床を抱えた医療機関も、いつか必要になるかもと考えてベッドを減らせなくなってしまったのです。ベッドを遊ばせておいても利益が出るなら構いませんが、通常は空きベッドから1円も入ってきませんので、必然的に入院患者の奪い合い、掘り起こし、退院引き伸ばしが発生します。
結果として、病院の福祉施設化とも言うべき現象が起き、「社会的入院」の受け皿となったのです。そのような福祉施設に近い所でも、医療機関である以上、医療資格者を一定数抱え込むことになります。本当に深刻な患者さんを多数受け入れる急性期の医療機関が、その分病床も人手も足りなくなってしまう理屈です。
中核を担う急性期病院に変調が起きて患者があふれ出した時、福祉施設化した他の医療機関は、急性期の患者を引き受ける想定になっていないので、病床はあっても地域医療は崩壊するということになります。
要するに、国が基準を押し付け、都道府県が補助金惜しさに唯々諾々と作り上げた地域医療計画が、医療資源の効率的な配分をむしろ阻んだのです。
病床数に関してもう一つ、自治体が果たした見逃せない役割があります。地域に病床が過剰であるならば、自治体があえて関与する必要性は薄いにもかかわらず、自治省・総務省が、病床数1床当たり年間約50万円の補助金を支払っていて、それが一般会計の財源になっていたため、自治体では、むしろ余剰病床を維持しようとする傾向にあり、都道府県もそれを改善しようとしませんでした。
この一事だけを見ても、今までの地域医療計画が、地域内の医療体制をどうすれば守れるかという真剣な検討をした結果ではなく、どうしたら補助金をもらえるかに主眼を置いて作られたものであることが分かります。