手術を受ける患者の命綱 麻酔科医
医療の発達で医師不足に
全国の半数以上の医療機関が前項の②③④のように麻酔科医がいないか、いても十分に安全を確保できていない状態で手術を行っています。大学病院以外の一般病院では、全身麻酔の約3割が、麻酔科を専門としない外科系医師によって行われています。医療安全を考えれば並列麻酔も望ましくありませんが、実際には行われています。なぜこのような事態になっているのでしょう。
日本に麻酔科医が誕生したのは戦後で、麻酔科医がいない病院では外科医が麻酔を行ってきました。麻酔の必要性や専門性が言われるようになり、国内の麻酔科専門医は現在約6000人にまで増えてきましたが、医師不足が叫ばれる昨今、麻酔科医も不足しています。
麻酔科医不足の背景には、医師不足に拍車をかけたといわれる臨床研修制度の影響もありますが、急速に発展した医療と高齢化社会という要因があります。
医療が発達して高度な手術が増えれば、麻酔科医が関わる領域が広がって業務も複雑になるため、その分のマンパワーが必要になります。1カ月間に行われた全身麻酔数は、93年には約12万件でしたが、05年には約16万件にまで増えました。日本は今後も高齢化が進むと言われていますから、ますます麻酔科医が必要とされていくでしょう。
人口10万人当たりの麻酔科医数を諸外国と比べると、ドイツは15人、アメリカは13人ですが、日本は5人にとどまります。
アメリカには日本の3倍近い麻酔科医がおり、その指導下に、麻酔科医さらに数の多い麻酔看護師が麻酔を行っています。ただ、アメリカは麻酔科医よりも麻酔看護師の歴史が長いという背景もあるため、そのまま見習うのも難しそうです。
フリーター医師がいるのになぜ不足?
麻酔科医は不足していますが、偏在もしています。年収が何千万円もあるような「フリー麻酔科医」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これには根深い問題があります。
麻酔科医は患者の生命機能を維持するスペシャリストであり、患者の状態が危ないと思えば、時に手術を行おうとする外科医を止めることもあります。患者からすればどちらも自分のことを考えてくれる大切な医師です。しかし、麻酔科医の歴史は他の診療科の医師に比べて浅く、以前は外科医が麻酔を行っていたことから、麻酔科医を軽んじる風潮のある組織もあります。外科医に隷属するように扱われ、気持ちが折れてしまったために病院勤務を辞めて昼間だけの非常勤で麻酔を行っている麻酔科医もいます。
麻酔科医は安全を提供するのが当たり前の「陰の立役者」であるため、患者側からはほとんど見えません。しかし、医療安全に意識の高い組織であるほど、麻酔科医はチーム医療の一員として他のスタッフと密にコミュニケーションをとって診療に関わっています。
もし手術を受けることになったら、麻酔科医の体制を聞いてみることも、安全な病院を選ぶ手段になります。麻酔科専門医がいる「認定病院」は国内に1140施設ありますから、確認してみるのもひとつの手です。私たちが麻酔科医をいる病院を選んでいくことによって、医療者側の意識も変わっていくかもしれません。