患者を支える12
社団法人 日本脳卒中協会
*このコーナーでは、様々な疾患の患者団体や患者会がどのように患者さんを支えているのか、ご紹介していきます。
この10月21日、学会や患者会など11団体が集まって「脳卒中対策基本法」(コラム参照)の立法をめざす推進協議会を設立しました。各団体に呼びかけ意見を集約して法制定を求める動きに盛り上げる際の中心となったのが、今回ご紹介する日本脳卒中協会です。
脳卒中が起きてしまうと、命にかかわりますし、たとえ命を取り留めたとしても、何の後遺症もなく全快するとは限りません。治療にあたる医師の側が、倒れてしまって病院に運ばれてきてからではなく、発作を起こす前から関与できないものだろうかという気持ちになるのは、ある意味当然です。
93年12月、国立大阪病院(現・国立病院機構大阪医療センター)内科の中山博文医長もまた、そんな気持ちを抱いて留学先のデンマーク・コペンハーゲン大から帰国しました。当時のデンマークには既にそのような働きかけを可能にする協会組織があり、留学先の上司が協会長で、「日本でも協会を作ったらどうだ」と言われたのでした。とはいうものの、どうやって動いたら良いのか見当もつかず、学会のリーダーや患者会のリーダー、マスコミ関係者などに会っては賛同を募りということを繰り返し、少しずつ協力者を増やしながら、帰国から3年あまり後の97年3月、協会設立に漕ぎ着けたのでした。
最初の1年は、市民講座を開くことと会報を出すこと、電話相談を受けることだけで精一杯でしたが、その後徐々に、全国で賛同した人たちが自分たちの地元に支部を開くということが増え活動の幅も広がって、05年に社団法人化しました。今では宮城県を除き全都道府県に存在する支部が、それぞれ自律的に活動するようになっています。ちなみに中山医師は現在、協会の専務理事と事務局長を兼務しています。
お金ないけど目立ってる
発足の経緯から、事務局は大阪市にあります。現在は開業している中山医師の診療所へお邪魔しました。これから説明しますが、協会は実に多彩な活動をしています。さぞや事務局員は大勢いるのだろうと思いきや「お金がないから有給職員は1人だけ。役員や支部のボランティアで成り立ってます」(中山専務理事兼事務局長)だそうです。
そんな中で、今最も力を入れているのは前述の通り脳卒中対策基本法を求める運動ですが、その他にも正しい情報を流通させることをめざして多くの取り組みを行っています。
まず一般市民向けの情報発信として、02年から毎年5月25~31日を『脳卒中週間』に定め、1カ所ずつ持ち回りの全国版市民講座と、各支部ごとの市民講座を開いています。今年は、サッカー・アルビレックス新潟の試合のハーフタイムに『血圧を測りましょう』という横断幕を出したり、野球の阪神タイガースの試合で電光掲示板に『脳卒中週間です』と表示したりする『STOP脳卒中キャンペーン』も行ないました。
06年から公共広告機構の支援のもとに、脳卒中の症状に思い当たったらすぐ受診しようと呼びかける『ブレインアタック・キャンペーン』を展開しています。新聞広告だけで始まったものが、08年からテレビ、ラジオ、新聞、雑誌のメジャー4媒体全てで流れるようになりました。
再発率が非常に高いというのも脳卒中の特徴であるため、患者向けにはさらに深く情報を届ける必要があるとの考え方から、患者・家族を対象とした『NO梗塞アカデミー』というものも行なっています。再発予防のための知識を広めることと患者体験の共有、患者会の紹介の3つが主な内容です。
変わりダネとして、今年は、NHK岡山放送局に、連続ドラマ小説の前の1分枠スポット番組や、週に1度の15分枠ローカルニュースの中のコーナーなどで、1年間連続で脳卒中に関する啓発番組を流してもらい、その1年間でどの程度、市民の知識レベルが向上したかを比較する研究を実施しています。比較対照群として隣の広島県でも前後に調査するという徹底ぶりです。
全国157急性期病院の脳卒中患者のデータを集積している脳卒中データバンクも協会が運営しています。当初は国の厚生科学研究事業でしたが、3年しか予算がつかず宙に浮きそうになっていたのを協会が引き取りました。病院からデータ送信される際に個人情報が抹消される仕組みになっています。
他にも書き切れなかったものがありますので、それは会の説明をご参照ください。
患者会が下火 そこに危機感
「お金がない」という中山専務理事の言葉と活動の実績とが余りに乖離していると思って尋ねてみたところ、「会員が多くないために、ベースの会費収入がありません。毎年、催事ごとに協賛金を集めることになります。本当は国がやってもいいようなことを随分とやっていると思いますが、幸か不幸か国から一銭ももらってこなかったので、天下りもいません」と苦笑いしました。
お金の問題はさておき、現在持っている危機感は、患者会活動が下火になる傾向にあることだそうです。
入院期間が短くなって、病院も機能分化、老人保健法の地域のリハビリ教室も介護保険導入と同時になくなってしまって、患者がお互いに知り合う機会がなくなった。また介護保険導入によって、介護されるのは当然の権利だとの意識が強くなり自助努力とか互いに助け合おうという視点が薄れてしまった、と分析します。患者会が弱くなると、協会の目的である患者・家族の支援に支障を来すと予測されるため、今後、協会の活動を患者会とできるだけ合同で行うようにして、患者会への会員勧誘も手伝っていきたいそうです。
中山専務理事は、最後に「正しい情報」への思いを語ってくれました。
「病気の予防をしたり健康でいるためには、正しい情報をいかにして得るかが大切です。世の中には健康情報があふれていて、一つひとつ見たら必ずしも間違いじゃないかもしれないけれど、重みづけがされず結果的にミスリードするようなものも多いと思います。専門家集団にサポートされた正しく重みづけされた情報を取っていただきたいです。併せて、患者間の情報共有も必要です。どんな気持ちでいるのか、家族は何に困っているかといった話は、医療従事者では十分でなく、当事者でないと分かりません。ただしそれも、ある程度専門家のチェックがかかっていないと、重みづけを誤る可能性があります。この両方の正しい情報を発信するのが協会の使命と思っています」
協会の脳卒中対策基本法要綱案 現行法制下では、公の国民への教育・啓発が不十分であること、また救急搬送体制が脳卒中治療に必ずしも適したものになっていないことなどの観点から、06年に制定された「がん対策基本法」をお手本に、脳卒中に即した形に書き直したものになっている。 ①予防のための国民への啓発・教育②全国どこでも発症直後から維持期まで速やかに継目なく治療が行なわれること③後遺症患者と家族の生活の質を維持向上させ社会参加を促すため、適切な支援が行なわれること④脳卒中克服のための教育・研究を推進し、その成果を普及・活用すること⑤脳卒中に関する情報収集体制を整備することと、その分析結果を活用すること、の5つを基本理念として、国、地方公共団体、医療保険者、国民、医療従事者それぞれの責務を定めるものだ。
会の活動
年会費は、正会員5000円、議決権のない購読会員2000円、企業や病院などの賛助会員が50000円。正会員約600人の3分2が医療従事者、残りの正会員と購読会員は患者や家族、一般市民。 宮城県以外の46都道府県と横浜市、北九州市に支部がある。
本文中の活動のほか、支部ごとに電話相談も行っている。また、脳卒中体験記を募集し、優秀作品の作品集を発行、無料配布している。他に会報やガイドラインの解説書などの発行も行っている。
同協会の連絡先は、Tel 06-6629-7378