山田憲彦・防衛医大教授インタビュー
とはいえ、JR西日本の脱線事故の際には、阪神・淡路大震災の時にはうまく行われなかったトリアージやヘリコプターによる患者搬送も行われ、相当に進歩が見られることも確かです。ヘリについて言えば、阪神・淡路大震災の当日に運べたのが1人だけという惨状でしたから、格段の進歩だと思います。ただし、実際に対応された方々からは、もう少し事故の規模が大きければ、十分な対応は難しかったかもしれないと伺っております。良い方には向いているが、当初の目標からすると、まだまだ十分ではないという状態です。
―― 何が足りないのでしょう。
災害対応に必要なのは拠点病院を含む救急医療の余力です。これは日常的な効率性や利便性とは必ずしも直結しない側面もあり、ある種、不便さを織り込むというか、効率を度外視する必要もあります。これが今後の課題です。
ドクターヘリが正式に運用されるようになって3年経ちますが、少数に留まり、通常時の所要も十分には満たしていない状態です。そんな状態で、災害時に大規模な運用ができるのか不安です。空自の輸送機を活用した空港から空港への広域搬送訓練は行われるようになりましたが、一方で大幅に所要が増加する被災地内の搬送や、被災地の拠点病院から広域搬送のために拠点空港まで搬送する際にヘリコプターがどこまで寄与できるのか不安が残ります。
―― 拠点病院に求められる「余力」とは何でしょう。
診療能力にある程度の余力を持つことと、地域の医療機関の調整拠点としての役割を果たすことです。地域レベルでの診療余力と調整力が整備されてこそ、広域対応の拠点として機能することも可能になります。地域の調整は県などの公的機関に負わせるという発想もありますが、拠点病院が一定の役割を果たすのが合理的です。
しかし、これらの機能は、病院経営からすると一見無駄な機能です。余力というのは、人が余っているように理解されるだけでなく、普段あまり用いないものの管理も含みます。明らかに短期間の経済合理性に反しますので、中・長期的な視野に立って国や県など公共部門が経営を強力に支える仕組みは必要だろうと思います。
広域対応が実際に機能するためには、まず地域単位、県単位、道州単位での連携が確立している必要があると思います。日常的に迅速な対応が取れるなら、広域対応も可能になります。日常抜きに広域対応だけ検討しても、それが日常の延長にない限り、医療者や関係者のアパシー(無関心・無気力)を招いて、イザという時に信頼できる対応はできません。非常時に、普段とは全く異なることをイチから組みなおすというのは机上の空論です。普段出来ていることさえ出来なくなってしまうのが災害の普遍的な特徴ですから。
ですから、内閣府が広域対応の方針を明確にしたのは意義深いことだとは思いますが、現状の計画は日常とかけ離れた特定の大震災専用の計画として立てられているので、想定外のことが起きたときにまったく対応できないと思っています。
繰り返しになりますが、最初のキーステーションは災害拠点病院の地域における調整能力の整備で、そこへの公的な支援制度が欠かせません。そこが非常に弱いと思います。
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