インタビュー(MRIC8) 森勇介  大阪大学大学院工学研究科助教授

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2006年07月07日 17:31

       06年日経BP技術大賞受賞
   ~不可能と言われるものだからこそ、挑戦します~

MRICインタビュー vol8
(聞き手・ロハスメディア 川口恭


――まず、今回受賞の対象となった成果を教えていただけますか。

 表彰されたのは、「フェムト秒レーザーを使った、たんぱく質結晶化技術」です。

たんぱく質の構造解析・構造決定がホットな分野であることは皆さんご存じと思います。その研究に欠かせないのがたんぱく質分子が精度よく規則的に配列した高品質たんぱく結晶です。これまで結晶を育成するためには、たんぱく質の溶液を静かに半年も置いておくというのが常識だったのですが、レーザーで衝撃を与え溶液を攪拌するという方法を取ることによって、結晶成長の成功率とスピードを飛躍的に高めて、例えば半年かかって出来るかどうか分からなかったたんぱく質でも数日で結晶が得られるという事例もありました。今のところ230種類以上のたんぱく質の結晶化に挑戦して、従来法では2割くらいの成功率が7割以上に向上しています。今では、世界中の研究者からたんぱく質の結晶化依頼が来ています。

 ベンチャー企業を設立して、ビジネスにしたのも評価されたようです。

――なぜその研究をしていたのかから教えていただけますか。

 話し始めると随分長くなってしまいますけど、いいですか?

――ええ。では順を追ってお聴きしましょう。

 高校生の時、3年まではバスケット部でクラブばっかりしてたんですが、受験勉強を始めてから物理が面白くなって、京大の理学部へ行って、素粒子や宇宙の勉強をしたくなったんです。私の親父は阪大工学部の教授でして、小さい頃から「学問は面白いぞ」と刷り込まれてたこともあって、アインシュタインの相対性理論とか目一杯勉強したいなと思ったんですね。

――はあ。

ほな、なんで阪大工学部へ? と思いますよね。京大理学部に行きたいと言うと、親父が言うんですよ。「お前にサイエンスは向かん。工学の方が面白いぞ」って。じゃあ京大の工学部と思ったら、「京大なんかより阪大の方が自由で面白いぞ」って。

世間の評判と大分違うと思いましたが、現職が言うのだから間違いないって言われるとそうかな、と思ったり、また、数年前まで親父の言うことには逆らえないトラウマがあったものですから、それで阪大の工学部へ進みました。学科も、親父が電気は面白いというので、特に興味はなかったけど電気工学科を選んだんです。でも入学してみてなんとなく違和感を感じました。工学部って研究より就職のことを考えている人の方が多いんですよね。なんか違うなあ、転部したいなあと思いながらも、親父が「転進するのは雇われ人の発想や。経営者は転職せん」と無茶苦茶な理屈の説得をするから、なんとなく半導体を研究したままドクターコースまで行ってしまったんです。

――はあ。

 ここから藁しべ長者のような話が始まります。

 教授から「助手にならんか」と言われたので「ええですよ」と受けてみたら、違う教授の助手だったんですね。研究対象がレーザーに関係する酸化物で、半導体と違うんですよ。

――ええっ。

 素粒子や宇宙から比べると、半導体も酸化物もそんなに変わらないので、まあええわ、と思って何を研究しているのか眺めてみたら、お隣さんなのに随分と研究の常識が違うんですね。半導体の世界では素材を色々と混ぜて特性を制御しちゃうんですけど、酸化物の世界は安直に混ぜたらいかんらしいのです。丁度良い特性のものをこれまで発見された材料の膨大なデータベースから丹念に探そうとするのが王道で、新規材料合成は1発屋の山師のすることだと。

研究室ではホウ素と酸素の化合物で紫外線を出すのに良い材料が無いかという研究をしていましたが、たまたま研究室にLiB3O5とCsB3O5という2つの酸化物の材料がありまして、パっと見て化学式が似ているので同じ構造に違いないと思ったものですから、半導体と同じパターンで学生に「混ぜてみぃ。丁度良い特性になるかもしれへんよ」と指示しました。後で知ったんですけど、この2つ全然違う構造なんです。酸化物の研究をしていた人なら混ざる訳がないと思って当然でした。

 学生も普通だったら「アホらし」と思ってマジメにやらないと思います。後から聞いた話ですが、実際、中国でも以前に同じことを学生にやらせた人がいたんですが、学生は「混ざりませんでした」と言ったそうです。でも私が混ぜさせた学生は応援団員でして、「勉強はしたくない。卒業させてくれるんだったら何でもする」と真っ白な気持ちで取り組んでくれました。で、LiB3O5とCsB3O5をドッキングさせたCsLiB6O10という新しい化合物ができてしまったんですね。しかも、この材料の特性が良くって、レーザーの分野で日本で初めて発見された有用な新材料となってしまったんですよ。

――と、言いますと。

 この化合物の結晶というのは、紫外線レーザーを出せる波長変換結晶でして、いまだに世界で最も特性の優れた物質なんです。米国の企業がいくつも我々の特許をライセンスして欲しいと大阪に来ています。これを実用化・商業化する段階で、質の良い結晶を作るために色々試行錯誤をしました。その段階で、質の良い結晶を育成するには溶液を攪拌するとよい、といった今回の成功につながることが分かってきました。溶液の攪拌は常識外れではあったのですが、自分が結晶やったら何が気持ちいいやろと考えて、風呂に入るときもかき混ぜた方が気持ちいいわなと試してみたんです。

また、当時は有機結晶の研究もしていたんですが、有機結晶は酸化物や半導体と違って種結晶がないので、原材料を溶かし込んだ溶液から結晶核を発生させないと結晶育成が始まりません。それで最初の核発生を自由に制御できたら、有機結晶も質の良い結晶が育成できると考えました。でも結晶核の発生は相転移という現象で、理論的にも良く分かっていない複雑なものでした。何か刺激がいるだろうということは経験的に分かっていましたので、私も何かカッコいい刺激を与えられないかと思ってたんですが、レーザーで刺激を与えられたら何となくカッコ良いなあと思って、レーザーを用いた結晶核発生の研究を始めたら、有機物の結晶核発生を制御できるようになりました。

――運だけで凄い発見をしていたんですね。

 CsLiB6O10を発見したのが1993年、間違いなく実用化できるように確信したのが2000年あたりで、まだ35歳前でしたけれど、この発見を超えるような研究が今後出来るのか、と思うと全く自信がありませんでした。でも、あと30年近く研究者人生があるわけで、それで何を研究しようかなと考えたわけです。今さら素粒子はできんなあ、あれは若い時が勝負だって言うからなあ、となんとなしに雑誌を読んでいたら、これからはバイオだと書いてあったんです。しかも、何やらたんぱく質の結晶化がカギらしい。ホンマやろかと思って、高校の時のバスケット部の後輩で阪大の理学部に入学した高野くんに電話したんですね。理学部だったらたんぱく質のこと知っているかもしれないと思って、「たんぱく質の事、知っとるか?」って。そうしたら、これがまた偶然に、その後輩が阪大蛋白研でたんぱく質の研究しておったんです。

 で、有機物ではレーザーで衝撃を与えて核発生できるし、酸化物では溶液を攪拌すると良い結果が出ているから、たんぱく質でもやってみたいと言ったら、「先輩、頭おかしいと思われるんで、そんなことに巻き込まんといてください」と言うわけです。けれど、まあ先輩後輩の関係ですから、「ええから、やれ」と言って手伝わせました。こいつがこれだけ言うからには、多分まだ誰もやってないだろう、大発見か大ハズレかのどっちかやと思ったのです。

もちろん最初からうまくいったわけではないんで、どちらかというと後ろ向きになりがちな後輩や学生をなだめすかしてやらせるために、いろいろ方法を考えて最終的に辿り着いたのが、フェムト秒レーザーによる結晶核発生です。衝撃は与えるけど熱は出ないという点が良かったようです。

最初は構造の簡単なリゾチームで始めたんですが、一度リゾチームで結果が出てしまえば、あとは次々に難しいたんぱく質を試したくなります。で、誰か面白いたんぱく質持ってへんやろかと思っていた時に生協の前で同級生に偶然会いました。立ち話をしたら、睡眠に関係するプロスタグランジン関連酵素の結晶化ができないで悩んでいるというんですね。ほな貸してみいと言って、やってみたら2日で結晶ができてしまいました。膜たんぱく質の結晶化で悩んでいる先生もご紹介いただいて、その結晶化に成功した時は、「これはどんなたんぱく質でも行ける!」って確信しました。この成果がNatureの表紙に取り上げられて、以後は、世界中から集まってくるたんぱくを次々に試して現在に至るという感じですね。

――本当に藁しべ長者ですね。

 次々に分野の専門の方々とコラボレーションできたのが大きかったと思います。で、そうやって様々な人と屈託なく組めるようになったのは、親父に逆らえずに萎縮してしまうという私のトラウマをメンタルトレーニングによって取ってくれた方がいたからです。その方とは米国に学会へ行った帰りの飛行機で偶然隣り合わせたんです。そうやって考えると、人の縁て不思議ですよねえ。

――さて、これからどうしますか。

 世界中の色々な材料を結晶化したろう、と思っています。たんぱくより、もっと凄いものがあるんじゃないかと探してると楽しいです。

 実は既に取り組んでいる材料がありましてですね、青色発光ダイオードでよく知られているGaNという半導体があるんですが、これの結晶を液相から簡単に育成する方法を開発してしまいまして、これには10社から共同研究の申し出が来ています。

――ええっ。

 不可能だと言われていることがあれば、僕らは挑戦します。それまで誰もできなかったことが新しいアイデアによって、可能になってしまうということが実際によくありますのでね。親父の言っていたことでホンマやったなあと思うのは、工学の世界ではできたもん勝ちなんですよね。これが理学部だったら、なぜ結晶ができるのか解明しないといけないので、勘と運で研究をやるタイプの私には向きません。また京大工学部は阪大より賢い分、理屈っぽい。「できたらエエやん」というカルチャーのある阪大工学部へ進んでホンマに良かったなあと思っています。

 結晶化は物質の世界のことですけど、人の組織も同じだと思うんですよね。何も成果物が出てこない組織で、メンバー間でのコミュニケーション能力を上げたら成果が出るとか、異分野の人を加えたら成果が出るとか、ね。医療の世界にも、いろいろ「不可能」と言われていることはあるようなので、挑戦する方がいたら一緒にやりたいですね。


(略歴)
66年、大阪府生まれ
89年、大阪大学工学部卒業
93年、大阪大学大学院工学研究科博士課程を中退、助手
99年、同講師
00年、同助教授
05年、大学発ベンチャーの(株)創晶を設立、代表取締役兼任


MRICの許可を得て、転載しています。)

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