MRICより

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年12月28日 17:42

MRICから
死因究明検討会がらみの論文が流れてきました。
筆者は満岡渉先生です。
どうぞ!

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 Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ臨時 vol 69 

    □■ これでいいのか医療安全調 ■□
     ~~厚労省第二次試案に反対する~~

             諫早医師会理事
             満岡内科・循環器科
                         満岡渉
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 わが国の医療は崩壊の危機に瀕しているといわれる。医療を脅かしている二つの主な要因は、医療費の抑制と近年急増している医療紛争である。昨年春の福島県立大野病院の産科医逮捕事件に象徴されるように、医療紛争の中には我々医療従事者からみて不当で理不尽なものも数多く含まれており、そのために現場の医師が萎縮し士気を失って病院を離れるケースが続出している。これがいわゆる立ち去り型サボタージュであり、今日の医師不足の大きな原因となっている。医療費の抑制については言うまでもないが、医療紛争の脅威によるベテラン医師の立ち去りと新研修医制度による若手医師の偏在が相まって、わが国の医療は崩壊を始めたのである。


【死因究明検討会から厚労省第二次試案へ】

 このような背景の下、厚生労働省は今年4月「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(死因究明検討会)を発足させ、「医療事故調査委員会(いわゆる医療事故調)」の設立をめざした検討を開始致した。医療従事者から見れば、多くの医療事故の根底にはシステムエラーがある。誰にでも確率的に起こりうるようなヒューマンエラーの責任を追及するのではなく、ヒューマンエラーがあってもそれが事故に繋がらぬようにシステムが構築されなければ安心して医療が行なえない。システムエラーを発見・解決するには、客観的・科学的調査による事故原因の究明が不可欠であり、それなしに事故の再発防止・安全向上はありえない。その調査結果を患者側に説明することが紛争解決の第一歩であって、「医療事故調」の目的は原因究明および医療の安全向上であり、紛争を解決して医療を崩壊から守るための組織でなければならない。

 死因究明検討会はこの秋までに9回開催されたが、その内情は各委員がそれぞれの立場を言いあうばかりで、議論が全くかみ合っていなかったという。ところが検討会の意見がまとまっていないにもかかわらず、厚労省は10月17日、死因究明検討会の議論を踏まえてという建前で「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する試案」(いわゆる第二次試案)を発表した。驚いたことにそこで示された「医療事故調」の姿は、上に述べたような原因究明・再発防止を目指したものでなく、医師の責任追及に重点を置いた極めて懲罰的なものだった。その骨子と問題点を説明する前に、厚労省第二次試案以降の動きについて述べておく。


【第二次試案・自民党案と日医の弁明】

 第二次試案が発表されるや、多くの医療関係者から疑問や反対の声が上がった。これを受けて11月30日に自民党は、「医療紛争処理のあり方検討会」(座長 大村秀章議員、副座長 西島英利議員)の取りまとめ案を発表。ここでは第二次試案への批判を配慮して、「委員会」は原因究明と再発防止を担い、医療関係者の責任追及が目的ではないとの認識が示された。また「委員会」の名称も「医療事故調査委員会」ではなく「医療安全調査委員会」とされた。しかしながらこの自民党案も、表現は穏やかになってはいるものの、きっちり文脈を追えばその本質において第二次試案と変わりがないということを多くの識者が指摘している。換言すれば、第二次試案の方が自民党案よりもその凶暴な本性が分かりやすいということになる。厚労省がまもなく開かれる通常国会に提出すべく準備中の法案は、委員会の名称を「医療安全調」とした以外は、忠実に第二次試案をベースにしたものであるらしい。よって本稿では、問題点をはっきりさせるために自民党案ではなく第二次試案について述べることとし、委員会の名称は「医療安全調」で統一することにする。また日本医師会(日医)は第二次試案を容認しているが、その立場を「刑事訴追からの不安を取り除くための取り組み」(木下常任理事の名で発表)で弁明しているので、これについても批判する。


【厚労省第二次試案の骨子と問題点】

 第二次試案の骨子は次のようなものである。

(1)診療関連死の死因の調査や臨床経過の評価・分析を担当する委員会(医療安全調)を厚労省内に設置する。
(2)医療安全調は、医療従事者、法律関係者、遺族の立場を代表する者等により構成する。
(3)医療機関からの診療関連死の届け出を義務化する。届け出を怠った場合にはペナルティを科する。届け出の範囲は、現在の医療事故情報収集等事業の「医療機関における事故等の範囲」を踏まえて定める。届け出先は委員会を主管する大臣とし、必要な場合に警察に通報する。
(4)調査報告書は、遺族および医療機関に交付するとともに公表する。行政処分、民事紛争、刑事手続きにも調査報告書を活用する。

 この第二次試案のどこにどのような問題があるのか、以下に述べる。


●届出の義務化と届出範囲について

 診療関連死の届出を義務化しペナルティを科すとまでいうなら、その届出範囲は誰にとっても議論の余地のないよう厳密に定められなければならない。上記(3)で、第二次試案が言及する「医療事故情報収集等事業」とは、日本医療機能評価機構が実施している事業で、この定義は次のようになる。
 ・誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して患者が死亡し、若しくは患者の心身に障害が残った事例、又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案。
 ・誤った医療又は管理を行ったことは明らかではないが、行った医療又は管理に起因して患者が死亡し、若しくは患者の心身の障害が残った事例、又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事案。

 「医療事故情報収集等事業」の主たる目的は、医療事故の再発防止にある。そのため匿名・免責にして、様々な事例を集めているのである。これに従えば、誤った医療はもちろん、誤った医療でなくとも予期しない結果になれば届けなければならない。しかし予期しないといっても医師側の予期と患者側のそれとは違う。医療側には想定内のことでも、患者側の予期はしばしば期待と同じになる。よって患者側の予期に反した死亡例は届出が必要というなら、膨大な事例が対象となる。

 第二次試案を容認した日医の解釈はどうか。「死因究明検討会」の委員でもある木下常任理事によれば、「診療に関連した思いがけない死亡に際して、医師は、原因が不明で、死亡診断書が書けず、剖検して死因を究明する必要があると判断し、遺族も同意した場合」あるいは「医師は、医学的に死因を説明できるが、遺族が納得せず第三者機関に究明を求めた場合」を想定しているという。また木下理事はm3.comのインタビューに答えて、「医療機関が届け出をしなかった場合に、あとから患者さんが警察に駆け込む場合があり得る。こうしたものが、『本来届け出るべき』ケースであり、ペナルティの対象となる」とも述べている。遺族が納得しない、あとで警察に駆け込むかも知れない場合は届けろということになる。このように曖昧で感情的な基準であれば、やはり膨大な事例の届出が必要となることは明らかであろう。その事務処理だけで医療現場には大変な負担だが、それがいちいち行政・民事・刑事処分につながる可能性があるとしたら、医療などできるわけはない。

 仮に届出義務の対象を、医療機関に重大な過失があった場合、あるいは医療行為を原因として死亡した場合と限定したらどうか。そうすると、「重大な過失」や「死亡との因果関係」といった法的な判断を医療機関に求めることになる。このように医療行為が本来持つ不確実性からすれば極めて困難で非現実的な判断をせまるということが、どれだけ医療現場を萎縮させることか。死に瀕した重症患者の治療など誰も行なわなくなるのではないか。さらに、届けなければペナルティ、届けたら(自ら責任を認めたことになるので)やはり処分や罰則を科すぞといって追い詰められたとき、誰が自ら過ちを認めるだろうか。医療関係者には、凶悪犯罪者にすら保証されている「自己に不利益な供述を強要されない」という権利はないのか。正直者が損をし、隠蔽を誘発する倒錯したシステムであるというほかない。


●警察への通報について

 さらに、「診療関連死の中にも刑事責任を追及すべき事例もあり得ることから、警察に対して速やかに連絡される仕組みとする」というが、刑事責任を追及すべきだという判断を誰がするのか。その必要性を決定する立場に医療関係者のみならず、法律関係者、遺族の立場を代表する者が入っているのであれば、その判断に結果責任の追及や応報の要求が加わることになりはしないか。従来警察単独では医療過誤の判断が難しかったが、委員会を通して警察に通報されれば、警察・検察に立件・起訴のお墨付きを与えることになる。日医の木下理事は「診療関連死の場合に、原則として刑事司法の介入を避ける、新たな仕組みを法制化することがこの試案の最も基本的な目的である」としているが、これではむしろ、刑事司法介入に新たな道を開いたというべきであろう。


●調査と行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係について

 「事故調査に関する調査権限」が与えられる医療安全調は、医療の処分権者である厚労省内に設立されるのであるから、調査機関と処分機関が同一ということになる。さらに調査報告を民事紛争・刑事手続きにも活用するというのであるから、調査の報告は行政処分に直結しているのみならず、民事、刑事手続きとも連動していることになる。医療安全調を一言でいえば、膨大な数の診療関連死を強制的に届け出させ、診療行為に問題があったか否かを判定し、行政処分、民事・刑事手続きに振り分けて行く組織ということができる。調査報告で診療行為に問題ありと判定されると、そこから民事・刑事手続きが始まるのであるから、その結末は容易に想像がつくであろう。つまり医療安全調は、事実上司法と同様に機能するのであって、しかもその中に被害者代表がいる。筆者が凶暴な本性と表現した理由はここにある。付け加えると、調査機関が厚労省という医療行政の所轄官庁に所属していると、例えば看護師の人員配置や医師の長時間労働といった制度上の問題点(=システムエラー)がなおざりにされかねまい。

 そもそも死因究明と言っても、責任追及のための死因究明と、再発防止のためのそれとでは自ら性格が異なる。前者は誰が悪かったのかを探し、後者は何故起こったのかを求める。医療安全調の真の目的はどちらなのか。後者であるというなら報告者の免責や匿名性の保証が必要であろう。厚労省の担当官は、医師の中にいる悪いやつをどうしても裁きたいという熱意を持っているとも聞く。厚労省が死因究明検討会の座長に刑法学者の前田雅英氏を指名したという事実と、第二次試案の前書きにある「不幸にも診療行為に関連した予期しない死亡が発生した場合に、遺族の願いは、反省・謝罪、責任の追及、再発防止であると言われる。これらの全ての基礎になるものが、原因究明であり」という文言から、ここでいう原因究明が何を目的としているかは明白であろう。

 以上をまとめると、医療安全調の問題は、診療関連死の届出を義務付け、刑事・民事・行政処分と連動させようとしている点であり、制度として構造的に、医療事故の再発防止ではなく責任追及を目指しているということである。


●医療行為の本質についての無理解

 第二次試案の根底にある問題点として、以下のような、医療行為が本来的に持つ不確実性と限界に対する理解が欠如していることもぜひ指摘しておかねばならない。

・医療行為は人体に対する侵襲を前提としており本質的に危険をはらむこと。
・医療行為は確率的なものであり、適当と思われる治療を行っても望ましくない結果がでうること。
・医療行為は試行錯誤の連続そのものであり、錯誤と過失との間に明確な線引きは困難であること。
・環境によって常に最良の医療が施せるとは限らないこと。
・どんな医療を行っても、究極的に人間には死が不可避でありしばしば予測ができないこと。


【第二次試案以降の医療界の情勢】

 第二次試案の発表以降、各方面でこれに対する反対運動が起こり、その動きは燎原の火のごとく広がっている。医師会では福岡県医師会や山口県医師会、近畿医師会連合が公式に反対表明や修正要求をしている。

 勤務医の動向もまた重要である。第二次試案に沿った形で医療安全調ができれば、医師全員にとって大問題であるはずだが、当面開業医よりも病院勤務医にとってはるかに深刻な事態となる。なぜなら一般に開業医よりも勤務医の方が、より複雑・高度でリスクの高い医療を担っているからである。日医が第二次試案を容認したという事実に失望した勤務医の中には、日医とは別の勤務医中心の医師会を創ろうとする動きが始まっている。勤務医医師会ができて日医と対立するような構図になれば、それが日医にとって致命的な打撃になることは明らかである。勤務医医師会と対立する日本医師会が国民の理解を得るのは困難であろうし、間違いなく厚労省は両者の対立を利用するからである。もちろんそれは勤務医医師会にとっても望むところではなかろう。日医にとって、勤務医が膨大なエネルギーをつかって勤務医医師会を創るのを見ているのではなく、彼らの政治的力を糾合した方がはるかに有益であることは論を俟たない。しかしそのためには、あくまで勤務医をイコール・パートナーとして処遇することが条件となる。これは日医にとって試練だが同時に起死回生のチャンスでもある。

 医療安全調によって、真っ先に被害を受けるのは病院勤務医だが、筆者は在宅医も危ないと思っている。死と隣り合わせで、しかも制約の多い在宅医療は根本的に脆弱であって、それを家族の気持ちと医療・介護関係者の熱意で支えているというのが実情であろう。家族に感謝されながら患者さんを看取ったと思っていたら、すべて終わった後に在宅医療に理解のない「遠くの親戚」が突然現れて、医療が不適切だったといって在宅医を糾弾することがないのか、そのときに医療安全調が「活用」されることはないのか。

 筆者がこの問題を知って以来、あちこちで医療安全調について話をしているが、その危険性を上手く伝えられずもどかしい思いをしている。本稿でもそれは同じである。日医が、医療現場に医師法21条による刑事司法の介入を避けるためにこの問題に取り組んだことは分かるし、いろいろなご苦労があったことと思う。そこには素直に敬意を表したいが、しかしこの試案にはあまりにも問題が多い。医師法21条という時々人をかむ犬を退治するのに、飢えた虎を野に放つようなものではないか。責任追及を目指したものではないと政府や日医は力説する。関係者の心情としてはあるいはそうかも知れない。しかしその思いとは裏腹に医療安全調の制度設計は、構造的に医療者の責任追及と断罪に向いている。制度がいったんスタートしたら、医療紛争は激増し医療は一気に崩壊に向かうであろう。一人ひとりの医師によく考えていただきたい。


満岡渉(みつおか・わたる)

昭和59(1984)年 九州大学医学部卒業、九州大学医学部循環器内科入局
平成01(1989)年 佐賀県立病院好生館内科医員
平成03(1991)年 愛媛県松山赤十字病院循環器科副部長
平成06(1994)年 父のあとを継いで、満岡内科・循環器科を開業(同院副院長)
平成14(2002)年 満岡内科・循環器科院長兼理事長
平成18(2006)年 諫早医師会理事

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