「救児の人々」感想③

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2010年07月09日 13:43

しばらく期間が空いておりましたが、拙著「救児の人々」に寄せていただいた感想シリーズです。
 
その前に少し…。 
高齢者救急は、私が「医療にどこまで求めるのか」というテーマを考えるきっかけとなった分野でした。
「救急医療機関のベッドが足りない」という声が大きくなっていた頃。
とある3次救急病院のベッドに、いわゆる植物状態となって3カ月近く入院している患者さんがいると聞き、取材した事がありました。
その患者さんは独居で精神疾患もある高齢者。夜中に車にはねられて搬送されましたが、それまでも何度か精神疾患による自損行為を起こし、その病院に運ばれた事があったそうです。
家族とは音信不通で、ケースワーカーが遠い親戚と連絡を取ることができたのも入院1ヶ月後の事だったと聞きました。
後方病院への転院も難しく、私が取材した時点ではそのまま入院しているしかない、という状況でした。
 
その病院もベッド稼働率はほぼ100%近く、受け入れに相当苦労している様子でした。
 
救急医療スタッフは救命に全力を注ぎます。
ところがその後、受入先を探しても見つからない。
 
この話の背景にはこの他にも療養病床削減や地域事情などいろいろな問題があったので一概に何かを言うことはできませんが、福祉的受け皿問題や「どこまで医療を行っていくのか」ということについて、考えさせられました。
 
 
 
今回の感想は小児外科医療や救急医療にも携わっておられる、ある公立病院副院長の方からの感想です。
ご感想をお寄せいただき、本当にありがとうございました。
 
 救児の問題というのは現在の所私が担当している僻地救急・高齢者救急とも同根の問題なのだと思います。

救急に患者さんが来た時、私たちはその時点では他のことを考える余裕はありません。「何とかして、この人を助けよう」その一心で「余計なことは一切考えずに」手が動きます。
 
 そして・・・、一連の救命の仕事が終わった時、、、
 「しまった。心拍再開してしまったよ・・・」
 こう思うことがしばしばあります。これまでにも、ADLも決して良くない高齢の患者さんが急性心筋梗塞で運ばれ、懸命の蘇生の後に心拍が再開した事がありました。心拍再開までにほぼ25分を要し、仮に心拍再開したとしても神経学的予後は最悪、つまり植物状態は免れない状況でした。結局その患者さんは、しばらくしてからお亡くなりになりました。助けようと思う限り手は止められないのが救急医です。おそらく新生児科医も同じなのだと思います。
 
 また、そうやって救命した中に全く障害無く、あるいはごくわずかの障害で、社会復帰される方も含まれるのです。本来救命というのはそのごくわずかの「全く障害のない社会復帰」「軽微な障害での社会復帰」のために行われるものだと思います。でも、、、そこを目指す限りどうしてもその狭間に「重篤な障害を持った社会復帰」の患者さんが含まれて「しまう」ことがあります。いや、むしろ、その重篤な障害10名の間に1~2人、障害のない社会復帰が含まれると言ってもいいかも知れません。その1~2人のために救急医は動いていると思います。
 
 でも、だから私たちが手を止めてしまえば、、、今度は本当に助けられる、障害もなく社会に復帰できる人もやはり助けられなくなるのだと思います。
 
 どこまで助けるのか?という選択は本来医療者にゆだねられるべきものではないと思います。我々にそんな選択権はないと言っても過言ではないでしょう(もちろん身内を除く)。医療者というのは本質的に職人ですから「助けられるものはなんであろうと助ける」「治せるものはどう金を使っても治す」という方向に傾きがちなものです。特に現場を知らない(忘れた)医学界上層部の人間ほどそういう傾向が強くなります。
 
 
 本来、こういうことは社会のコンセンサスとして行われるべきなのでしょう。そのための情報提供をするのも医療者の責務であると思います。
 
 現在、その情報提供をする役割は学会上層部に固定されていますし、政府が事情聴取(というか、ご意見伺い)するのも学会上層部です。でも、本当はこれではまずいのだと思います。

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コメント

多くの方々から高い評価を得ている「救児の人々」ですが、東京など大型書店があるところはいざ知らず、地方都市の一般書店では置いてないことが多いようです。どんなに評価の高い本も、人目に触れず手に取って貰えなければ、多くの人には読んで貰えません。このロハスブログでこの本を知った人が買って読むだけでは、共感と感動の広がりは限られてしまいます。

そこで皆さんに提案です。大抵の公立図書館には購入して欲しい新刊本を、利用者がリクエスト出来る制度があると思います。その制度を利用して図書館での購入を要望してみてはいかがでしょう。地域の図書館の書棚に並べば、医療や福祉の専門家だけでなく、普通の子育て世代の女性など多くの人々の目に触れ、読んで貰えるチャンスが広がります。

多くの人の目に触れて読んで貰えれば、この本が見せた医療の高度化に福祉が追い付かない現実を、より広く沢山の人達に知って貰えます。知って貰えれば著者の問題提起に対する共感と感動が、社会に大きく広がるでしょう。この本を読まれた方、その共感と感動の輪を広げるために、地元の図書館に購入リクエストをしてみませんか?

法務業の末席様

大変有り難いご提案に、心から感謝を申し上げます。
とても嬉しく、拝読いたしました。

私も拙著を一人でも多くの方に知って頂きたく、
普段医療に関心のない一般の方にお読みいただければと願っております。
こうして様々な方の目に触れていく機会が増えることは、本望でございます。

私も自分の住む地区の公立図書館にリクエストします。
本当にありがとうございます。

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