マスコミには沈黙が正しい対応?

投稿者: 堀米香奈子 | 投稿日時: 2011年11月22日 00:40

11月9日に開かれた欧州製薬団体連合会主催のワクチン・メディアセミナー「欧州におけるワクチン政策の現状とリスクコミュニケーション~英国での成功事例を中心に~」、イギリス保健省デービッド・ソールズベリー予防接種部長の講演の後半です。


子宮頸がんを予防するHPVワクチンで有害事象が発生した際の対応について、興味深い報告を聞くことができました。


イギリスではHPVワクチンは18歳以下の全女性に無料で、主に学校で提供されます(学校に通っていない場合はかかりつけ医)。2009年9月、14歳の少女が学校でHVワクチンを接種直後に死亡するという出来事がありました。当時、マスコミはこれについて非常に無責任な書きたて方をしました。ローカルの保険局はまず、イギリス保健省の予防接種部長と国の薬事規制当局に連絡し、さらに死亡の事実、家族・友人に対する哀悼の意、そして緊急かつ徹底した調査を実施する旨の記者声明を発表。その声明の中で「全ての事実が判明し、剖検が実施されるまでは、死亡とワクチン接種との間で因果関係は不明である」との注意喚起を行いました。


これを受けて保健省は、予防的措置として当該ロットのワクチンを隔離し、部長に報告。さらに、薬事規制当局が調査を開始したことを確認、死亡の事実とワクチン接種プログラムについて記者声明を発表しました。重要なのは、調査期間中、①ワクチンプログラムは中止しないこと、②インタビューの要請に対する政府の担当者を任命しないこと、また、十分な情報が得られるまでは追加の声明は発表せず、厚生大臣も医学専門家である医療事務長や予防接種部長もメディアに対応しないこと、という2点を決定したことです。ソールズベリー氏によれば、「中止に足りるエビデンスが出ていないし、エビデンスが出ない限り答えられない。そんな状況で何か答えれば帰って事態がおかしくなる。そこで誰も何も答えないことにした」とのことでした。


そうして当該ワクチンのロットは隔離されたものの、プログラムは中止にならない旨が発生当夜に医療提供者に対する緊急公衆衛生アラートとして発せられ、通常の予防接種は学校やかかりつけ医によって継続されました。


この事例に関してはメディア報道についても詳細な分析が行われました。まずは発生時から、時系列で出来事を追っていくと、

●当日・日中:学生がHPVワクチン接種後75分後に死亡。(←合理的理由・エビデンスはないのに)
⇒発生直後がマスコミの論調が最も激しかった。

●2日目・朝:野党による政府非難

●2日目・日中:製造メーカーは、当該ロットのリコールを行う。(←リコールを行わないよう止めたが、メーカーが自発的に行った)

●2日目・夕方:剖検の予備的結果として、少女の死因は重篤な基礎疾患が原因と判明。(←いつでも死亡する可能性はあり、たまたま接種直後に起きたもの)
⇒少女の本当の死因が発表されたことで、3~4日目にかけて急速に報道は沈静化。


発生直後、マスコミは、副反応は大変まれで死亡例は報告されていないことなどをあわせて報じるなど、報道姿勢にある程度の抑制は効いてはいたものの、不正確な内容が多かったと分析されています。因果関係が示されていない段階で因果関係について述べたり、誤った仮設が強調されたりし、ワクチン接種プログラムが混乱しました。また、いち早く「パニックにならないように」という“専門家”の意見を掲載したのですが、これにもいくつも問題がありました。例えばまず、「パニックするな」と呼びかけることは、「パニックしろ」といっているのと同義であること。そして、“専門家”と称してコメントしている人物が、医師であり医師会の委員ではあったもののワクチンについては専門家ではなかったこと。さらに、保健省の広報担当者のコメントとして、別件に関するものが勝手に引用されて使われたこと、などなど。しかしそうした報道合戦も、ワクチンと死亡の関連性が否定されてからはあっという間に下火になったというわけです。


その後のHPVワクチンの接種率の推移についてみてみると、この有害事象の発生した2009年9月にはやはり一時、接種率がやや低下しています。しかし、翌年までには改善したとのことです。ということで、この有害事象(死亡例)に関しては、HPVワクチンプログラムへの悪影響はなかった、という評価となっています。


ソールズベリー氏のまとめた「新しいメディア環境ーワクチン報道の特徴」、面白いので引用します。

●「科学者によると・・・」と言及することで、いかがわしい意見に信頼性を付与しようとする。

●「科学者」の専門性の妥当性に関して詳しくは触れない。
例)Dr.Vera Schreibnerはワクチン分野で100以上の論文を発表しているが、専門は微古生物である。

●発見した事項を科学的事実として報告し、疑いを挟む余地を残さない。

●当初の報道が間違いであったことを否定するようなネガティブな報告は行わない。

●初期のエビデンスの裏づけのない主張を、周知の事実であるかのように報道する。

●専門資格のない個人の意見が、政府の専門機関と同等もしくはより重要なものとして扱われる。
例)「私は母親だからワクチンについてはよく知っていますが・・・」

●これらの行為は、ワクチンに反対するグループが一般的に用いる手段である。


もちろん、これは英国のメディアを想定してまとめられたものです。しかし、報じる側としては、確かに心に留めておかねばならない教訓を含んでいますよね。


最後に、ソールズベリー氏は一つのマトリックスを示しました。縦軸に「ワクチンは怖い・怖くない」、横軸に「病気は怖い・こわくない」を取ったものです。ワクチンが怖くないとき、「病気は怖い」場合も「病気は怖くない」場合も、人々はワクチンを接種するという行動をとります(それぞれの象限は「アクション」「同意」と呼ばれます)。しかし、「ワクチンが怖い」とき、人々は、「病気が怖くない」場合は予防接種を「拒否」しますが、「病気も怖い」時は、「ジレンマ」に陥ります。ですから予防接種を推進する際に、単に病気の怖さを強調していただけでは、人々はジレンマに陥る可能性もあるため、最適な方策とはいえないということです。むしろ単純に、ワクチンは怖くないのだという点を強調することが効果的、ということですね。


以上のように、イギリスでは人々にいかにして予防接種を受けてもらえるかを徹底的に調査、分析して、マスコミ対応など実際の施策に役立てています。結果、接種率は9割、満足度についても9割以上をキープし続けてきたというわけです。正直、有害事象直後のマスコミの報道とその対応法=沈黙を守ること、という部分については、いろいろ思うところもありました。日本でもこのまま適用できるのかしら、と思ったり・・・。それでも、マスコミが情報元からも受け手からも信用されずに脇に置き去りにされる画は情けないし、残念なもの。誰にとってももったいないことですよね。信頼される報道というものは一朝一夕にできません。しかし信頼関係が崩れるのは1度のきっかけでも十分です。そのあたりを常に念頭においていなければと自戒するのでした。

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コメント

マスコミがジャーナリズムの使命をはきちがえている限りは信頼されないでしょう。
「ペンは剣より強し」と、傲慢になっておられます(医者といい勝負か?最近は医者は親切になったが取材に来る記者は鼻持ちならない、医者の比ではないという人もいます)。マスコミ報道の被害者は医療被害よりも多いかもしれません。
記者クラブ、押し紙、目を引くため誤解を与える見出し、自社系列のスキャンダルは報道しない、中身のないバラエティー番組で芸人がコメント、街頭取材、など、どんどん下劣化しています。
勉強不足を棚にあげて、無知を武器にして専門家を攻撃しているのがワクチン報道で、医療報道の典型です。オルテガの「大衆の反逆」で取り上げられている衆愚の弊害ですが、なんといっても一番恐ろしいのは、ナチの好例が示すように、このようなマスコミの報道姿勢はジャーナリズムの敵である独裁主義への地ならしになりうることです。
ジャーナリストのみなさま、もっと職業倫理を勉強してください。

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