カロリー制限をしたサルの研究から学んだこと

投稿者: 堀米香奈子 | 投稿日時: 2012年09月13日 00:00

最近、「カロリーを控えると寿命が伸びる」という話をあちこちで聞きます。なんでも「長寿遺伝子」※1というものが私たちの体に太古から受け継がれていて、そのスイッチが入ると長生きできる、ということ。そのスイッチを入れるための条件が、カロリー制限だというのです。


しかし、シンプルに考えてちょっと疑問があります。「カロリー制限」というだけでは不十分なものについて、今回の「大西睦子の健康論文ピックアップ」は取り上げます。

学校では、「20世紀に入って人類が寿命を延ばしてきた背景には、衛生状態と栄養状態の改善がある」と習った記憶があります。確かに、衛生状態が改善されても、病気や怪我は完全には防げないものですし、そうなった際に栄養状態が悪ければ、治るものも治りませんよね。ですから栄養状態が改善されたことは、やはり寿命の伸長に貢献してきたように思います。体力という意味では、カロリーも大事なはずです。


またその一方で、確かに食べすぎ、カロリー方が肥満につながり、様々な生活習慣病を引き起こしているのも事実ですから、カロリーの取りすぎが健康に良くないのは、科学的に明らかなだけでなく、普通の感覚でもイメージしやすいところです。


では、一体何が本当に大切なのか・・・。「カロリー制限」より大事なこと、以下、読んで納得です。


【 カロリー制限をしたサルの研究から学んだこと 】


1930年代、「カロリー制限によってラットの寿命が約40%も延びた」という報告がありました。その後、昆虫やマウスなどでも、カロリー制限の寿命への効果が次々と報告されました。次は当然、カロリー制限が人間の寿命に影響するかどうか、という疑問が出てきますよね。そこで、人間に近い動物であるサルを使って、2つの施設が同じ頃に、カロリー制限の寿命や健康に対する影響を調査し始めました。


ひとつは、1987年に開始された米国国立老化研究所(National Institute on Aging :NIA)の研究、もうひとつは、1989年に開始されたWisconsin National Primate Research Center (WNPRC) の研究です。


WNPRCのグループの研究成果は、2009年に『Science』誌に報告されました。研究チームは、7-14歳の成人したアカゲザル※2に30%の食事制限を行い、20年にわたり食事制限のないグループと比較しました。サルたちには、定期的に体重測定や血液検査などが行われました。死亡したサルは解剖を行い、死因を調査しました。20年間の観察の結果、食事制限をしたサルは、がん、糖尿病、心臓病などの発症が少なく、見た目も若々しく、寿命が延びました。この研究によって、小動物だけではなく霊長類においても、「カロリー制限で寿命が延びること」が初めて証明されました。この報告以降、カロリー制限によって、老化が遅くなり、健康的に長生きができるという考えが広まりました。


ところが、先月末、『Nature』誌に、NIAから、同じように20年間以上アカゲザルに30%の食事制限を行った研究結果が報告されました。

J.A. Mattison et al. Impact of caloric restriction on health and survival in rhesus monkeys from the NIA study. Nature. Published online August 29, 2012. doi:10.1038/nature11432


NIAの研究では、開始時のサルの年齢によって、若年、老齢の2つのグループに分けて観察が続けられましたが、驚いたことに、「食事制限のないグループのサルと、成人以降から食事制限を始めたサルとでは、寿命が同じだった」という結果でした。また、若年から食事制限を始めたサルについては、まだ老年に達していないので、最終的な結果はあと10年観察が必要ですが、血糖値※3等の低下は認められませんでした。ただし、免疫力の向上と、がんの発症が減るなど多少の健康状態の改善がありました。老齢から食事制限を始めた雄のサルはコレステロール値※4が下がりましたが、雌のサルは変化がありませんでした。しかしいずれにしても個体差が大きく、全年齢で総じて見れば、WNPRCの報告にあるような劇的な変化は認められなかったのです。結果、「カロリー制限による寿命への影響は期待できない」と結論づけられました。


この衝撃的な報告から、今、様々な反響が起こっています。「なんだ、ダイエットしても健康に影響はなく、寿命は変わらないんだ。それなら、安心して好きな物をたくさん食べよう!」と解釈される方もいるかもしれません・・・? いえいえ、ちょっと待って下さい!


この2つの実験には、実は大きな違いがあるのです。それは、サルの餌の内容と食べ方、遺伝子的な背景です。


NIAのサルは、かなり質がよい、グルメな餌を与えられています。一方、WNPRCのサルは、NIAのサルの餌に比べるとファーストフードのような餌です。例えば、どちらの餌も、炭水化物・糖質を57−61%含みますが、NIAの餌は小麦やトウモロコシから、WNPRCの餌は、コーンスターチ※5やショ糖※6から成ります。従って、WNPRCサルの餌は、ショ糖成分を28.5%含むのに対し、NIAでは3.9%とかなり低めです。これは、WNPRCサルの糖尿病の発症に影響すると思われます。さらに、NIAの餌には、オメガ3脂肪酸※7の豊富な魚の油や抗酸化作用のあるフラボノイド※8などが含まれていましたが、WNPRCの餌には含まれておらず、全体的に不健康でした。餌の食べ方は、WNPRCの食事制限なしのサルは、いつでも好きな時に好きなだけ餌を食べることができましたが、NIAの食事制限なしのサルには一定量が与えられていました。実際、WNPRCの食事制限なしのグループは、NIAの食事制限なしのグループよりも体重が増えていました。このように、両研究で餌の内容も食べ方も、全く違うのです。


また、両研究間では、餌の作り方も違います。


WNPRCの餌は、精製された餌を使用しています、精製された餌は、すべての栄養素の含有量や由来が明確で、常に同じ内容です。従って、繰り返し長期に餌を与えても、一定した結果が得られますので、現在多くの栄養学的な研究で使用されています。ただし精製された餌は、ビタミンやミネラルが欠乏していますので、後から添加されます。実際、私たちのマウスの研究に使っている餌も同じ方法で作られています。例えば、高脂肪の影響を見たい場合、比較対照するグループの餌と同じ成分の餌を用意した上で、脂肪の割合だけを調整できます。他の成分の影響を心配する必要がなく、純粋に高脂肪が個体に与える影響を観察でき、結果も安定します。


一方、NIAの餌は天然成分がベースとなっているため、一回分の食事の栄養組成にバラツキがあります。より私たちの人間の食事に近いと思われますが、含有量や由来が一定しないため、このバラツキが、個々のサルの病気の罹患率の差につながったのかもしれません。


また、両研究のサルは遺伝子的背景が違います。WNPRCのサルはインド由来で、NIAサルはインドや中国から由来しています。こうした遺伝的背景の違いも、結果に影響していると考えられます。従って、今回の両研究の結果の違いも、納得できると思います。


さらに、この実験は環境によるストレスがかかっています。両研究とも、サルたちは1頭ずつ個別の部屋で飼育されています。生涯、友達や家族と離れ、部屋に閉じ込められているので、うつ状態になる可能性があります。こういった環境の影響も、サルたちの健康に影響したかもしれません。


さて、以上がカロリー制限の寿命への影響に関して、サルを使った2つの代表的な研究の話です。


ここで皆さんにちょっと思い出していただきたいのが、以前のコラム、【低脂肪食ダイエット VS 低炭水化物ダイエット】の話。「同じ1kcalを摂取しても、使われるエネルギーの量は炭水化物と脂肪とタンパク質で、それぞれ異なる」という議論がありました。「同じ1kcalでも、素材によって体に対する影響が違う」というポイントは、今回の結果でも同様に関係しているものと思います。


WNPRCのダイエットは、餌の内容、食べ方が全体的に不健康であり、カロリー制限をした結果、サルの寿命が延びて若々しく健康になりました。一方、NIAのダイエットは、食事制限グループと比較対照グループどちらも健康的な食事で、食べ方も決まっていました。その意味で、NIAの比較対照グループは、すでに食事制限がされていたとも言えます。やはり、食事の内容と食べ方が大切なのでしょうね。


要するに、健康のためには単なる“カロリー”制限でなく、「質のいい食事を、適度に食べる!」ということが今回の論文から学び取れると思います。皆さんは、この20年間にも及ぶサルの実験から、何を読み取られるでしょうか?


※1・・・サーチュイン遺伝子、抗老化遺伝子とも呼ばれ、その活性化により生物の寿命が延びるとされる。1999年に見出され、これまでに酵母、線虫、ショウジョウバエ等で実験され、効果が報告されたが、これらの結果を否定する報告もあり、まだ確定した効果とは言えない。

※2・・・中東アジア~中国に生息するサルで、日本に入ってきて野生化しているが、特定外来生物として問題にもなっている。

※3・・・血液中に含まれるブドウ糖の濃度で、慢性的に高いと、糖尿病の引き金となったり、血圧上昇、食欲過剰、高コレステロール、動脈硬化などにつながる。

※4・・・体内にある脂質の一種で、細胞膜や副腎皮質ホルモン、性ホルモン、胆汁酸の材料となり、血管の強化や維持に重要な役割を果たしている半面、血中に増えすぎると動脈硬化の原因になる。

※5・・・とうもろこしから精製されたでんぷんの総称で、無味無臭の白い粉末。 いろいろな形に姿を変え、食用、工業用、添加剤、医療等に活用されている

※6・・・スクロースとも言い、砂糖の主成分。ブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)が結合したもので、サトウキビやてんさいから精製される。

※7・・・脂質の構成成分の一種で、青魚に多く含まれるDHAやEPAが代表例。体の調節物質の原料であり、細胞膜を構成する要素でもある。オメガ6脂肪酸ともに必須脂肪酸とされ、両者のバランスが大事とされる。

※8・・・野菜や果物ほか植物に広く含まれる色素成分の総称で、大豆のイソフラボン類やお茶のカテキン類などが含まれる(なお、フラボノイドを水酸化したものがポリフェノール)。体への吸収率は低いが、少量でも強い抗酸化作用があり、健康効果が注目されている。


大西睦子(おおにし・むつこ)●ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

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