敏感な人達の生きづらさと、鈍感なヒラメ

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2017年06月10日 00:00

私の産後うつに関する一連のブログのもう一つのテーマは、「生きづらさ」だったような気がする。

とにかく、この社会が生きづらかった。

小学校低学年頃からすでにそう思っていたし、成長してもそれは変わらないどころか、社会人になって働き始めると一層生きづらくなっていった。

社会に対する違和感、周囲と自分の感覚に対する違和感、その違和感をうまく表現できないもどかしさやイライラ。

でも、いろんな音楽を聞いたり、美術を見たり、本を読むと、その違和感がそれぞれいろんな手法で表現されていたので、これはこれで個性にもなるし、その中での共感で癒されたりするんだなと思った。

そんな私は桜井亜美(今も知ってる人いるんかな)や岡崎京子なんかにベタベタに共感していた。

それらの違和感は、カッコよく表現されるとアウトローな雰囲気になってそれはそれでお洒落な感じになったりもするが、所詮社会の中では少数派。職場や友達同士の間などオフィシャルな場面でそれをやったら本流に引き返せないというか、まっとうな扱いはしてもらえなくなるだろうなと思っていた。
  
 
 
 
最近「敏感すぎる人(Highly Sensitive Person、HSP)」という言葉を聞くようになった。

アメリカの精神分析医が唱えた、物事や刺激に対して過剰に反応してしまう資質のことだそうだ。

HSPの関連書籍『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』の出版社のサイトから抜粋すると 

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<HSPとは?>

HSPとは、 Highly Sensitive Person の略で、「とても敏感な人」と訳されます。この言葉は、1996年にアメリカの精神分析医で学者のエレイン・アーロンによって提唱された言葉です。性別を2つに分けるように、性格を2つに分類した際に、タフなタイプと対になる言葉をHSPと呼んでいます。諸説あるようですが、約5人に1人がHSPに該当すると言われています。
HSPの人は、他の人に比べて敏感で五感が優れていたり思慮深いため、疲れやすかったり内向的になりやすく、そのネガティブな部分にスポットライトが当てられてしまいます。

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この概念が出たことで、「自分もそうだったんだと思って安心した」「ほっとした」という言葉をネット上でもよく見かけたし、私の知人友人でもそういう人が多い。

もちろん私はドンピシャにこれに当てはまっているし、そんな私の友人は類友でこういうタイプが多いんだと思う。


でもふと思ったのは、なんで「安心した」「よかった」ということになるんだろう、ということ。

多分敏感過ぎる人がいるなら、その反対で鈍感過ぎる人もいるだろう。

でも鈍感過ぎる人たちがこの社会で困っているかというと、どうもそうではないような気がする。

仕事をしていても、生活していても、鈍感過ぎる人はたくさんいると思う。

でも、そういう人たちは結構うまく集団の中を渡っていたり、何かトラブルが起こってものするっと自分だけかわしたりしていて、わりとこの世を楽々と渡っている印象がある。

鈍感過ぎることが問題になることはあまりないが、敏感過ぎると生きづらさを感じる。

敏感過ぎる人がこういう概念が出たことで安心したり、自分の存在が許されたような感覚になるとしたら、この社会は「鈍感過ぎる」人用に作られているということだろう。

それって、なんなんだろうなあ、と思う。

敏感過ぎようが、鈍感過ぎようが、そんなカテゴライズしなくても楽に生きられたらいいのに。


私がこうした生きづらさをより強く感じるのは、自分たちより上の世代でバブルを経験していたりして、なんだか自分のやり方にやたら自信を持っている男性といる時だ。大体は鈍感過ぎる人たち。

でもこういう人たちは大組織の上の方に、ヒラメみたいに張り付いて離れず、彼らがこの社会の全体的なぼんやりとした価値観や雰囲気を作って、世の中に押し付けてきているように感じていた。

女は綺麗でいろよ、美味しいもの食べろよ、旅行行けよ、一流ホテルで打ち合わせしたいだろ、たくさん買えよ、もっと欲しがれよ。

女は若いのが一番、綺麗でいて当たり前、面倒くさいこと言わず口答えせずおとなしく言うこと聞いて傍で控えてるのがよし、だけど仕事するならちゃんとやれよ、家事育児介護は当たり前。

高度経済成長の右肩上がりの時代があって、みんな同じ方向を向いていて、画一的で、それでも必ずもっとよくなるという確信があった、そして実際にそうなった時代。鈍感なヒラメは今でもその感覚でいけると思っているんじゃないだろうか。

でも世の中の変化の方が早いから、鈍感なヒラメによって作られた社会では、敏感な人ほど息苦しさを感じるんじゃないかなと思う。

でもヒラメは、そういう敏感な人達を食い物にして、増殖するんだよなあ。

(でも今、少しずつヒラメを引き剝がす戦いがあちこちで始まっていて、
私から見ると前川前事務次官も詩織さんも、その戦いの最前線にいる人達じゃないかと思ったりする)
 
カテゴライズされることで安心するのでなく、カテゴライズなんてなくても安心して過ごせるような社会になってほしいと思う。

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