ブーム到来? 本当は怖い「酪酸」の話 その1

投稿者: 堀米香奈子 | 投稿日時: 2017年09月01日 23:38

ここ最近、立て続けに「酪酸」「酪酸菌」を扱った健康情報番組(TV地上波)が放送されたと聞きました。一様に「酪酸押し」の内容だとか。


むむむ! これはもしや「酪酸体にいい」キャンペーン・・・? 


これまでかなりマイナーで、むしろ「足の酸っぱい臭いの原因」として一部に知られていた酪酸。しかも今年に入って、「歯周病原が作り出す酪酸が、加齢を促進し、アルツハイマーを誘導する」と学会発表されたばかり。


果たして酪酸は体に良いの? 悪いの? 

歯周病菌が作る酪酸がアルツハイマーを促す


歯周病菌が産生する酪酸とアルツハイマーの関連性について明らかにしたのは、日本大学歯学部の落合邦康教授。8月23~25日に開催された日本臨床口腔病理学会で、改めて話を聞ける機会があったので足を運びました。


落合教授によると、ラット3匹の歯肉に酪酸を注射し、6時間後に脳各部位の状態を調べたところ、通常のラットに比べて、全部位で酸化ストレスの上昇が見られ、中でも海馬での上昇率が最も高かったとのこと。また、細胞の自殺を誘導する酵素の活性も、海馬で増加していました。アルツハイマー患者の脳神経細胞内に異常に蓄積することが知られている「タウ」タンパク質も、通常のラットに比べて海馬で増加していたと言います。


これは、注射した酪酸が血流に乗って脳内に届いたためと見られます。そして何より、歯周病患者では、歯周ポケット(歯と歯肉のスキ間。歯周病だと深くなる)から、健康な人の10〜20倍も酪酸が検出されるそうです。歯周病菌も酪酸を作り出すのです。歯周病は痛みが出ないため、知らない間に進行してしまうことが多いもの。長期にわたって酪酸が作られ、血流を通じて脳に送り込まれ続けてアルツハイマーを引き起こすことも、充分考えられるのです。



一方、酪酸摂取で「脳が育つ」という話も・・・


これに対し、ここ最近の「酪酸」健康情報番組ラッシュで扱われた内容は、「酪酸菌が作る酪酸は、免疫細胞に働いて腸の炎症を抑制、大腸の壁の傷を修復する」「ぬか漬けやチーズなどの発酵食品から摂取できる」といったことだったようです。


酪酸菌とは、乳酸を作り出す細菌が乳酸菌と呼ばれるのと同様、酪酸を作り出す細菌の総称で、腸内細菌でもあります。酪酸は、短鎖脂肪酸と呼ばれるものの一種。脂肪酸は脂肪を分解して出来る物質でもあり、エネルギー源となります。


それが近年、酪酸が「脳を育てる」可能性も指摘されています。酪酸を経口投与されたマウスでは、脳内の海馬や前頭葉で、中枢神経系のネットワークを育てる「脳由来神経栄養因子」が増加しているのが明らかになったとのこと。しかもこの因子は、無菌マウスの脳内では同じ年齢の通常マウスより低いのだそうです。つまり、腸内細菌(酪酸菌)が産生する酪酸が、脳の成長に関係している可能性があると言えます。


歯肉の炎症部位から血中に入ると毒になる?!


???


酪酸が脳に良いのか悪いのか、一瞬矛盾して聞こえる話が出てきてしまいました。


でも、よく読むと矛盾する話ではないのです。ポイントは、

・酪酸を歯肉に注射⇒脳に酸化ストレス、アルツハイマー関連物質が増加
・酪酸を経口投与⇒脳内の脳由来神経栄養因子が増加

という点。


調べてみると、短鎖脂肪酸(酪酸の他、お酢の主成分である酢酸や、筋肉疲労物質とも言われる乳酸など)は、長鎖脂肪酸(一般的な食用油などを分解して出来る)と比べ、腸管から吸収された大部分が、すぐに腸粘膜のエネルギー源として消費されるようです。特に酪酸はその割合が大きいのです。しかも、腸管で使われなかった分も、ダイレクトに肝臓へ送られて、脂肪合成に使われてしまうそうなのです。つまり、腸管から吸収された酪酸が全身を巡る血流に入り込むことはないのです。


これに対し、歯肉に注射され、もしくは歯周病菌によって作り出されて炎症部分から血中に入った酪酸は、そのまま血流と共に全身を巡り、脳に到達してしまいます。そもそも体は必要なものが必要な場所に届いて利用され、必要でないもの、有害なものは、排除できるようにできているはずで、本来は脳に届くことがない酪酸が脳に良い影響を与えそうもないのは想像に難くありませんよね。ヒトの寿命が延びて、歯周病を患う人やその期間も延びてきたからこそ、酪酸の脳への影響が顕著になってきたのかもしれません。


さて、歯周病の口内を超えた悪影響は、アルツハイマーだけではありません。次回に続きます。

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