助産師は足りているか? |
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投稿者: 中村利仁 | 投稿日時: 2006年08月31日 12:47 |
まず、人口動態統計から、出生場所の推移をグラフ化した。
戦後一貫して自宅等での分娩は減少して既に極少数派となっているだけでなく、助産所での分娩も、1965年頃をピークに減少に転じ、以降、再び浮かび上がってくる気配がない。この時、日本のお母さん達は病院、診療所での分娩を選んだのである。自宅分娩や助産所は妊婦から見放され、分娩市場から事実上駆逐されてしまった。
厚生労働省が一層の医療費削減のために助産所や自宅での分娩を進めるのであれば、妊婦が助産所を選ばなかった理由をきちんと分析する必要があるだろう。助産師自身も、1965年頃に何があったかを含めて、真摯に自分たち自身に問いかける必要があるのではないか。助産所での分娩には一定の条件下でならばたしかにコスト以外にも良いところはある。妊婦のニーズをほんとうに捉えることができれば、現状の10倍、100倍に伸びる可能性があると考える。
しかし、妊婦のニーズと関係のないところでいくら争っても、効果は期待できない。また、助産師全体としての助産業務の市場独占には、供給量を担保するという社会的責任を伴う。自覚が必要であろう。
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助産師数の近年の推移はどうか、全国平均から見てみよう。
平成8年から16年にかけて、人口動態調査から出生数を、衛生行政報告例から就業助産師(平成12年以前の数字は助産婦)数を見てみる。
出生数の減少にも関わらず助産師数が増え続けているため、助産師一人当たりの出生数は近年急速に減少しつつあるのが分かる。8年間で14%の減少である。1年間に日勤夜勤合わせておよそ200日出勤するとして、以前であれば4日に一度は赤ん坊を取り上げ、臍の緒を切っていたのが、今では5日に一度までに減少しつつあると言えばわかりやすいであろうか。
全体としては余剰感が出ていることは確実であり、このまま出生数の減少と助産師の増加が続けば、どこで働いていても助産師の所得水準は速やかに低下するのが市場原理である。所得の適正水準は、この8年間で10%以上のマイナスとなっていると考える。所得水準をこれ以上下げたくなければ、助産師一人当の業務量、特に分娩数を維持する必要がある。それには助産師増に歯止めが必要である。
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助産師の養成数そのものはこの数年間、あまり変化がなかった。年齢階級別の助産師数の推移を見てみよう。
増分は主として離職率の低下によるものであることがわかる。その点から見ると、給与水準の高い中堅層・高年齢層が増えることによって若年層の人件費が圧縮され、年齢階級間の所得水準に相当な格差が生じている可能性も否定できない。
若年層の所得水準をも維持したければ、助産師の養成数はすぐにも削減しなければならないのが道理である。
もちろん、増員の問題とは別に、助産師が全く関わらない分娩も少なくないと考えざるをえない。この急激な業務ボリュームの減少が実体を伴っているのかどうかについては、別途検討が必要であろう。
もし、助産師の関与が少なくなっているのであれば、言うまでもなく、助産師一人当たりの年間取扱分娩数はさらに急激に減少していることになる。逆に、助産師の関与する割合が増えているのであれば、年間取扱分娩数の減少は見た目だけ、あるいは実態は増加に転じているということもありうる。ことは分配の問題であり、一概に助産師の所得水準が下がるとは言えない余地を残す。
さらに言えば、平成12年を最後に統計では扱われなくなったが、これら就業助産師数の中で、相当数が看護師業務、保健師業務を兼務していることも問題である。平成12年で言えば、助産師総数24511人のうち、154人が保健師業務を、16821人が看護師業務を、128人が両方を兼務していた。実に7割の助産師が兼務の状況にある。助産師よりも、むしろ看護師数が現実に相当数不足しているがために起きている現象ではある。看護師数を一層増加させることによって、この兼務を解消し、助産師の労働力を分娩に集中させることができれば、病院助産師の増員は本来無用のこととなる。
ある専門職が、他職種でもできる仕事に従事するのは、無駄遣い以外の何ものでもない。
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もう一つの問題は偏在である。都道府県別の助産師一人当たり出生数を示す。首都近県の困窮の度合いがよくわかる。
施設によっては必要数以上に助産師を多数囲い込んでいる例がある。報道によれば、年間分娩数2000あまりの葛飾赤十字産院の助産師数は111人であるという(毎日新聞、2006年8月24日)。助産師一人当たり分娩数わずかに年間18人というのもスキルの維持向上の上で大きな問題だが、それだけでなく、どれほど良い分娩医療を提供しているにしても、そしてそれが妊婦から高く評価されているにしても、一つの医療機関が、ほぼ佐賀県一県と同じだけの助産師を雇用しているということになるのは如何か。ここには、ある意味で公共財である人材の無駄遣いはないのか、潜在的生産力の空費はないのか、あるいは分娩費用の無意味な上昇が発生していないのか、検討が必要であろう。
この辺り、既に平均値で論じることにあまり意味のない領域に入りつつある。助産師一人一人につき、その年間取扱分娩数を調査・分析する必要があるだろう。
一般的に言って、労働力の過不足は、一連の生産物を得るための生産ラインに、1)充分な労働者が投下されているか、2)稼働率はどれほどか、3)各作業に対してバランスよく配置されているかの少なくとも3点について検討を行う必要がある。
1)は充分であるかも知れない。2)は甚だ心許ない状況であり、逆に言えば大いに改善の余地がある。
日本の分娩についての医療政策の特徴は、3)の業務役割の分担に、全く計画性がないことであると言える。産科医、助産師、看護師等の法令上の役割分担について、データに基づいて業務の配分が為されたことはない。
一般的な生産現場では、原価企画からまず投下できる人件費が定まり、実人員の採用計画、稼働率の維持(日本の製造業ではあまり問題にならない)、そして作業への人員配置計画が為される。稼働開始から計画の実現には一定の時間が見込まれるのが普通である。
日本の医療現場では、多くはそれに近いことが行われてきている。まず患者さんが居て業務があり、しかる後、スタッフに対して仕事の分担が行われる。多くの医療機関では、スタッフは充分に流動性が高かった例しがなく、医療費抑制政策の下で追加投資の原資も乏しく、現有の人員で業務を何とか分担してこなすことに配置計画の力点が置かれてきた。そこには当然、非専門外の仕事に従事させられる専門職が多数出現するという無駄遣いも生じている。
しかし、政策決定者は全く逆に手法に依存している。まず、あるべき論から各専門職種の業務と守備範囲を宣言して、しかる後に業務分担を考えるのである。
業務は多彩な現実であるが、その守備範囲の宣言は現場の実態に基づかず、机上で考えられたものである。専門性を無視したムダな業務分担や、誰も担わない業務が出現し、患者に必要な処置を担う適切なスキルを持った医療者が割り当てられないという事態が出現する。あるいは逆に、誰でも行えるような業務を複数の職種が取り合いするという重複が起こる。これで専門職種の過不足を論じるのは無理である。いずれにせよ、患者の迷惑は甚だしい。
助産師の教育コースはわずか1年間である。内診のスキルトレーニングなど、そのごく一部に過ぎない。助産師ではない看護師であっても、OJTによってすら内診のスキルトレーニングを行うことは充分に可能であろう。それによって助産師が分娩に専念できるのであれば、妊婦にとっても、より好ましいことである。
スキルを持っている者を、規制を盾に市場から排除しようという態度は、根本的には患者不在であり、既得権益にしがみついている者に特有の自己中心的な醜い姿に見える。政策決定者は反省すべきであろう。
市場はそんなものは認めない。マネジメントは真実に根ざしていなければならないと言われる。真摯な検討が必要である。
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コメント
資料を駆使した検討、頭の下がる思いです。こういう調査をした上で、きちんとお役人は検討しているのか疑問です。
特に下記のように検討会の座長がろくすっぽ現場を知りもしないで堂々と述べたりするのはマスコミによる現場への圧力と感じました。
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横浜・病院無資格助産行為:現場の待遇改善を 山路・白梅学園大教授に聞く /神奈川
◇厚生労働省検討会座長・山路憲夫教授(白梅学園大)に聞く(毎日新聞元編集委員)
--事件によって産科医の分娩離れが加速するのでは。
山路教授 看護師の助産行為は現行法上明らかに違法で、証拠があるなら警察が立件するのは当然だ。まして分娩第2期の准看護師の内診が事実とすれば、検討会の議論(分娩第1期)以前の問題だ。これまで半ば公然とやっていた産科医側は反省するきっかけとしてほしい。
Sky Team さん、こんにちは。
当然、中央でも地方でも、行政は統計情報には目を通しています。問題なのは解釈する能力、あるいは自分に解釈できるように統計情報をどう加工してもらうか、注文できる能力でしょう。
数多くの審議会、検討会の中には一定の割合で不適切な人材が入り込むことは当然で、これを議論で説得する能力のある人が、理系人間の集まりである医療者にはあまり多くないというのがもう一つの問題ではないでしょうか。
中村先生、はじめまして。
地を掘って頑丈なビルを立てるような骨太の文面に、ぐいぐい引き込まれました。
1965年は、東海道山陽新幹線開業、東京オリンピック開催の翌年で、まさに高度成長の始まり、同時に出生率が減少しはじめる年として有名ですが、これらと助産所での分娩減少と関係があるのかとても興味津々です。
さらに今後、助産院を開業している人がどのくらいなのか、単純に兼業助産師以外はみな専業助産師とみなしてよいのか、また大学病院、専門病院、診療所、助産院、自宅の分娩場所によって、助産師が介在する分娩業務の比重が異なる実態を詳しく分析する必要があるということでしょうか。
病院では、(あくまで法に抵触しない範囲において)準看護師が正看護師業務を、さらに介護師やリハビリスタッフが、病棟で看護師業務をやっていることも日常茶飯事でした。
助産師や保健師が看護師業務を兼務することなど、この文面を拝読するまで、労働力の無駄遣いなどとは気づきもしませんでした。
迷惑を被るのは患者、うーん、なるほど、もっともだと思いました。
レベルの低い素人考えで、消化不良の感極まりないですが、今後ともご教授の程、よろしくお願い申し上げます。
トラックバックしてくれてないのですが
こんな風に言及されてました。
真木さん、川口さん、コメントありがとうございます。
日本の社会の変化と助産所の減少との間には密接な関係がある可能性はあります。ただ、現在のところは仮説の段階に過ぎません。
助産師の内訳については官庁統計にデータがありますので、事態が落ち着いたら、もう一度このブログで取り上げさせていただきたいと思っています。
日本の業務分担の効率化は急務ですが、その必要性と、日常の診療活動に与える影響の大きさを考えると、行政と現場の両方で御理解いただくことが重要だと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
(トラックバックは8月8日が最後になっているようです。トラバの機能、おかしくありませんか?)
確かにトラックバックできませんね。
直ちに修正いたします。
ご指摘ありがとうございました。
こんばんは 中村利仁 先生
川口さんに御紹介いただきました
「いなか小児科医」のbefuと申します。
トラックバックさせていただきました。これからもよろしくお願いいたします。
中村先生の記事、非常に興味深く拝見させていただきました。統計の手法を使うと、こういった事実がみえてくるのですね...
ただ、私のこれは「感覚」でしかないのですが、大病院で助産師を多く雇っているところと小さな診療所で何度も助産師の募集をするが、応募がまったくないというところでは自ずと状況が違うのでは?と思ってしまいます。
一部では助産師は余っていて兼業しているが、日本の分娩の半数以上を扱っている「産科診療所」には助産師は回ってこない。つまり、不足しているということでないかと....
「もう一つの問題は偏在である。」
と仰られていることは、このような病院、診療所間の偏在をも含んだ言葉であり、そしてそれが現在の助産師不足感の大きな原因である。ということも言われているのだと解釈します。(解釈が誤っていれば、御教示ください。)
また、中村先生の記事を楽しみにしています。^ ^
befu 先生、トラックバックありがとうございました。
ご指摘のように、いくら助産師をたくさん養成しても、採算度外視でそれ以上たくさん雇用する医療機関があれば、他には回らない道理です。
日本全体で見れば、助産師は既に大量の余剰を抱え込んでいますが、公的病院等が余剰に応じた給与表の改定をせずに採算性の低下を甘受し、あるいは不採算のままで助産師を雇用し続けているため、助産師の特定の医療機関への集中が起きているのが一つの問題です。
医師についての研修医、大学病院の無給医、大学院生医師の問題と同じ構造です。…この場合、採算度外視なのは医療機関ではなく医師自身なワケです。
もうひとつ、産科が閉鎖となり、あるいは助産師としての業務が減少しても、看護師として引き続き同じ医療機関に勤務し続けられるのも問題です。
医師はこれまでも医療機関の間を転籍することが当然でしたが、助産師の場合、生涯を同じ医療機関で過ごすことが少なくないと言われています。(裏付けとなる統計資料は官庁統計にはありません。)
これは医療機関への愛着の問題であると同時に、転籍すれば特別昇給分だけでも給与水準が下がり、かつ、勤続年数が途切れることによって退職金が大幅に切り下げられるという問題もあります。助産師業務から離れても、看護師として働いている限り、その不利益を蒙る必要がありません。
不足ではない、偏在が問題であるというのであれば、これらの問題に対して答を用意し、必要な医療機関に必要なだけの助産師が流入するような工夫が必要です。
偏在は増員しないことの言い訳にはなりませんが、偏在を放置する限り、増員すること自体が効果を発揮することは期待できません。
中村先生
トラバでコメント書かせていただきました。
よろしくお願いします。
中村先生
お答えありがとうございました。
http://blog.livedoor.jp/lohasmedical/archives/50151382.html#comments