死因究明検討会3(その2)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年06月11日 00:07

8日の検討会傍聴記の続きである。
参考人たちが刺激的なプレゼンをするので
拾っていたら思いのほか長くなってしまった。
検討会委員からの質疑以降はこちらに採録する。


質問の口火を切ったのは堺委員(神奈川県病院事業庁長)。
「三者に一つずつお尋ねしたい。
まずは法医学会の方に。
モデル事業を経験してみて
従来の監察医務院での作業に付け加えるできことはあったか」


福永
「第三者の臨床専門家の立ち合いがあったほかは
従来と変わらなかった」


深山委員が割って入る。
「モデル事業の場合は解剖だけで評価が終わったのでなく
臨床の専門家が2名加わって、そちらで評価が行われている。
これは行政解剖にはなかったはずだと思っている」
先ほどのプレゼンの時から気にはなっていたのだが
本来の興味とは別の意味でおや?と思った。
法医学会と病理学会は、なにやら鞘当てしあっているのか?
一般の方には、法医解剖(含む行政解剖)と病理解剖の違いと言われても???だと思うが)


堺委員
「病理学会の方にお聞きしたいのは
医療アドバイザーの件。
調査結果の説明を考えているのか
調査機関へ患者側になりかわって質問することを考えているのか」


深山委員
「私どもが考えているのは、ご遺族への解説を主目的としている。
モデル事業の経験から言っても
医療者が当たり前に使っている用語の意味が伝わっていないことがあり
その意味を明確に伝えることが重要だと考える」
これは、まさにごもっともである。
『ロハス・メディカル』のような媒体が成立したのも
医療者が当たり前に使う言葉が業界用語ばかりで
そのことに医療者が気づいていない現実があるからだ。


堺委員
「飯田参考人にお聞きしたいのは
医師法21条の問題は自ずから解決の道筋がつく、と言うけれど
21条も含め整合性のある法体系の整備が必要でないか」


飯田氏
「21条の問題というのは
広尾病院事件について最高裁判決が出て
法律家の間では見方が決着している。
問題はこの後どう処理するかであり
広尾病院まで適用がなかったのだし
どんどん訴追していく考え方なんて元々なかった。
調査機関がきちんと機能すれば
21条の活用の余地が相対的に低下するので
そのまま置いておいても使われなくなれば問題ない」


鼻水が出そうになった!
要は法律家の裁量に任せよと言っているわけだ。
ここまで法律家が一番偉いと思っていて
しかも、それを広言するというのは、ある意味凄い。
自然法則に従うよりも、人間界のルールの方が上だというのだから
世の中の見え方が、私なんかとは違うと思わざるを得ない。


さすがに堺委員も食い下がる。
「置いておいても使われなければ良いでないかということだが
それでは医療者は不安をぬぐえない」


飯田氏
「置いておいても活用されないような状況を作ればいい」


堺委員
「明確に区分けしていただけないものか」


飯田氏
「法律にすべてを書き込むことは不可能であり
ある程度は抽象的なものにならざるを得ない。
だから運用という問題が出てくる。
おかしな運用をすれば検察も批判を受ける」


絶対におかしな運用がないようにしたい医療者側と
少々おかしな運用があっても
最終的にバランスが取れればよいという法律家の論理が
全くと言っていいほど噛み合っていない。


続いて樋口委員が質問する。
「法医学会はかつて全ての診療関連死を警察へつなげと言っていた。
明らかな病死を含む80万件とか100万件をとりあえず報告し
全例解剖を原則とするのか」


中園氏
「何万件も届け出られたらパンクする。
一方で解剖しないと分からないものもある。
どういうものを届け出るか、ガイドラインに決めるべき」


前田座長
「届け出られたもののうち解剖するものの割合は?」


中園氏
「言葉としては原則解剖、になる」


加藤弁護士。
「専門家はどれ位不足しているのか。
どうやって育成していくのか」


中園氏
「10数年前から法医・病理研究会というのを作って
育成に力を入れている。
基礎系を先行する医者を
具体的には夏季セミナーでリクルートしている。
ただ残念ながら、ずっと法医病理をずっとやりたいという人がいても
続けていくためのポストがない。
大学が独立法人化して毎年1%の定員削減があるので
私の教室でも教員枠が1人減らされた。
しかも大学以外では東京都の監察医務院しか仕事がない。
病理は大学病院以外にも勤務する場所がある」


続けて福永氏
「全国的に教官ポストが削減されている。
そんな中東京都監察医務院では23区から全域へと対象地区を
拡充する方向で、それに伴い定員の補完に動いている」


深山氏
「調査件数が年間2000件くらいまでは耐えられる」
(4千と言ったような気もするがメモは2千になっている)


ここで木下委員(日本医師会常任理事)が発言する。
頭から湯気が出ているのでないかと思った。
「飯田参考人から日本医師会の名前が出たので言うが
我々は医師だけを免責せよと申しているわけではない。
明らかに刑事事件で裁かれるべきものの免責も言うつもりはない。
司法がしかるべき判断をするのは大前提だけれど
しかし真剣に真面目にやっている連中でも思いもよらないことで
訴追されかねない状況がある。
警察へ届け出られても起訴されている例が少ないのは
配慮いただいているのだなと思うけれど
捜査が入っただけでも医療現場は混乱する。
第三者機関が届け出るのは警察ではなく厚生労働省にならないか。
運用で何とかなるというのなら
医療関連死は医師法21条の異状死に含めないと変えてはいけないのか。
それだって本来の趣旨は変わらないではないか」


木下委員の頭の中では
警察・検察は、よほどトンデモない存在なのだろう。
だからといって、言うに事欠いて厚労省へ届けたいとは。。。


飯田氏
「どちらが先かは鶏と卵の関係だが
医師会の提案になると
ひどい例については刑事の対象になるとは読み込めない」


木下委員
「届けるところを警察でないところにしてほしい」


飯田氏
「すでに医師法21条は存在するのだから、まず受け皿を作るべき。
受け皿も作らずに医師法21条から医療関連死を除いたら
国民の反発がある」


前田座長が取りなすように割り込む。
「私も法律屋だから飯田参考人の言うことは分かるが
しかし大野病院の事件のこともあって
医療界に心配が高まっているというのは事実だと思う。
21条変更ありきではないにしても
刑事訴追するかどうかについては医療側の判断を尊重する
そういうことは必要でないか。
そのためにはガイドラインを厚生労働省が頑張って作らないと」


気だるそうだった事務方の1人がビクっと背筋を伸ばし目を剥いた。


飯田氏
「きちんと方向性が明らかになることが肝心」


前田座長
「21条を変えないと言いすぎても
積極的に刑事訴追しようとしていると誤解されかねない。
参加者全員ほぼ同じところを向いていると思うので
あとちょっと距離を詰めてもらえたら。
そこで一つ法医学会と病理学会に質問だが
少し温度差があるのかな
一緒にやっていくことでお互いの利益
利益と言っちゃいけないが、うまく一致してまとまることはできるのか」


中園氏
「法医学会は病理学会の1割しかマンパワーがない。
既に1人で年間50~100例解剖しているし
法医解剖自体が増えている。
行政解剖を入れると年1万3千件になるのでないか。
全力で協力はするけれど可能な範囲は法医の方がパワーが低い」


深山氏
「モデル事業に形態が近いのは病理解剖である。
法医を排除するつもりはないが
監査の形で関与していただくのが良い。
心肺停止で担ぎ込まれるものや在宅死は法医で
診療関連死は病理医が主体になるべき」


福永氏
「監察医は病理と法医が協力してやっており、現在でも1割5分は病理医。
もともとは半分病理医だったのだが
腐った死体があるからといった理由で減ってきた。
グレーゾーンの解剖は監察医の仕事だ」


深山氏
「法医2人に病理1人で声の大きさが違うので、あえて再度発言したい。
診療関連死から切り分けられるものは監察医の仕事ではない」


凄まじいさや当てである。
そして、法医学会がどちらかといえば及び腰なのに対して
病理学会の前のめりぶりが目につく。
組織拡大には千載一遇のチャンスということなのだろう。
前田座長の狙い通りか
21条問題の議論は立ち消えになり
事の本質とはちょっと違うのでないかというところで
新たな紛争勃発である。


そして加藤委員(弁護士)が、その中に加わっていく。
「専門家の数を増やすのに学会の努力だけでは限界があるのでは。
実は昭和35年から開かれていた医療制度調査会で
死因調査のために解剖体制の充実を図ることが提言されている。
しかし、実際にはその提言が活かされていない」


中園氏
「本来は監察医制度を全国に設置してほしいと言い続けているのだが
徐々に縮小されてきたのが現実。
監察医をほしいと言いたいところだが
遠慮深く剖検センターと言っている」


深山氏
「私どもも監察医の不足は重大な問題だと認識しているし
病理医の不足も深刻。
学会の努力が限界に達していることは確かなので
政策的な誘導を取っていただけるとありがたい」


と、ここで唐突に前田座長が取りまとめに入る。
「ここまでの議論と厚生労働省試案の流れで言うと
各参考人とも組織を作ることには異論ない、むしろ積極的ですね。
公平・透明なものを作るということも異論ない。
調査機関へ届け出を義務化することも、ほとんど異論はなかった。
届け出先は、まず医療の専門家がスクリーニングする場ということも
概ね異論はなかった。
残るは第三者機関のイメージになる。
木下委員の案では保健所を使うことだったが
どのようなものが可能なのかアイデアがあれば出していただきたい」
本当に唐突な取りまとめである。
確かに、誰も異論を述べてはいないが
ほとんど論点にもなっていないことばかりではないか。


山口委員(虎の門病院院長)が口を開く。
「モデル事業の経験から言うと
解剖しなければ分からないグレーゾーンのものについて
法医・病理が扱うのは問題ないと思うが
明らかな過失を伴うという場合、その過失は臨床経過にあるので
解剖して確かめるまでもないことが多い。
むしろ診療行為に関する検討が必要だ」


前田座長
「ある意味、第三者機関の核となる意見だ」


深山氏
「警察への通報をいつするかだが
医療評価が定まった後にすべきである」


中園氏
「現状で法医解剖へ廻ってくるのは
遺族が強い疑問を抱いて刑事告発したものばかり。
鑑定書が遺族へも病院へも開示できない
フィードバックできないというのが大問題。
すべて医療評価するというけれど
入院後1日か2日で亡くなる例も結構ある。
そういうものは警察へ届け出た方が適切」


前田座長
「警察へ通報するのが故意のものに限るというのは考えられないが
未熟な過失があった場合に限るという考えた方はありうる。
ただし、その場合でも全部含めて調べた後でないと
警察へ届け出られないというのはどうなのか」


飯田氏
「明らかな過失の7割から8割は明白な過失に該当すると思っている。
そういうものまで、調査が終わるまで待たせるというのは
遺族からの強い反発にさらされ現実的でない。
そういうものにも警察は直ちに介入できないのか」


深山氏
「私どもの言っているのとは質が違う。
患者の取り違い、投薬ミスなど明らかなものは確かに明らかだ。
だが、ここで議論されているのは、もっと複雑な事例のはずだ。
同列に議論するのはおかしい」


前田座長
「医療側も認めるような明らかな過失、そういうものまで
第三者機関を通さないといけないのかというと刑事の方は不安になる。
合併症の問題まで司法がズカズカ踏み込んでいくことはない。
そうは言っても大野病院事件の例があるじゃないかというかもしれないが
腑分けできるのでないかと考える。
これについては次回モデル事業についてご説明をいただきたい。
明らかな過失は警察へ行くということで
そのタイミングとして気になるのは
刑事の証拠をキッチリ残していただけるか。
透明性の原点はエビデンスが残っていること」
(ちょっと略)

と、すっかり収束ムードが漂い始めたところで
豊田委員(新葛飾病院セーフティーマネージャー)が手を挙げる。
「被害者家族の立場からお話しする。
遺族の側から見て明らかな過失であっても病院が認めないことはある。
私の場合、息子を亡くしたのだが
それは未熟な医療を施したというのではなく
何も処置してくれず、そのうちにショック死してしまった。
警察へ行ったけれど事件性がないということで
行政解剖へ回され、そもそも遺族は解剖の違いなんて分からないし
まして解剖結果が開示されないなんて思いもしなかった。
いまだにハッキリしない。
中園氏の開示できるシステムにという発言を聴いて
心が救われる思いがした。
そういう医療者に対して遺族としては警察で罰することまではなくても
少なくとも再教育は受けてほしい。
しかし現実は刑事処分と行政処分とがセットになっているので
その医者は今も普通に診療を続けている。
遺族の気持ちを入れた形で組織を設計してほしい」


前田座長
「過程に遺族なり代理人が入るのはリアリティはあるか」


飯田氏
「臨床経過を調査する過程で遺族の知りたいことは出てくる」


前田座長
「情報開示の観点も非常に大事だ」


鮎澤委員(九州大准教授)
「議論が入口に終始している。
結果説明は第三者組織がやるべきか、そうではないのか」


飯田氏
「調査委員会がやっちゃいけないわけではない。
ただし説明義務を負うことになると
病院側が丸投げして第三者的になりかねない」


深山氏
「専門家と一般の方との知識は思った以上に食い違う。
用語の使い方や意味を解説する立場の人は必要だろう。
そして、それがその後の裁判外紛争処理に活用され
双方納得を得られるような形になればと思うが」


辻本委員(COML理事長)
「患者側がもっと医療の限界性、不確実性を
引き受けなければならないと思うが
その前に患者・国民は病理医、法医学者の存在を知らない。
だから目の前に出てきても病院側の人で
医療者を守るための人間ではないのかという疑問を持ってしまう。
医療アドバイザーを置くというが
モデル事業では調整看護師が遺族対応で疲弊し切っている。
どうか国民の前に逃げずに出てきていただきたい」


深山氏
「重く受け止めている。
学会でも病理医による説明を推進しているところだ」


中園氏
「鑑定書をフィードバックするよう活動していこうと考えている」


福永氏
「私も直接説明するよう心がけているし
監察医制度の場合は、情報公開請求すれば
親族に限って鑑定書を見ることができるので活用してほしい」


この辺りのやりとりも大事だったの思うのだが
前田座長がやはり強引に取りまとめる。
「時間を過ぎてしまったが非常に有意義な議論ができた。
届け出を義務化する。刑事がしっかり噛む。
振り分けは医療が行う、というところまではまとまったので
ここからは警察への通報のタイミングなど突っ込んで
組織に肉付けしていければと思う」


と、こんな盛りだくさんの議論と
取ってつけたような結論とを得て検討会は終わった。


で、ここからは思うところを述べることにする。
飯田氏や前田座長の主張が正しいとすれば
検察は過去も現在も変わらず、医療事故に関しては
ミスが明確なものだけ起訴していることになる。
福島県立大野病院事件の場合は
捜査段階では明確な過失の裏付けがあると考えていたのに、
素人の杜撰さゆえ公判に入ってから次々と証拠を覆された
単なる見込み違いということである。

そして今回の調査機関に関して
医療者と法律家との間で妙に食い違いがあるのは
明確な過失がない場合には立件・処罰されない
という保証を欲しい医療者と
そもそもそんな事から議論を始めたのではないだろう
という法律家・患者サイドとで出発点がずれているからだ。
立ち去りが続発している状況の中
医療者の不安を取り除かないままで制度が立ち行くはずがない。
そして残念ながら、前田座長や飯田氏が何を言おうが、
現場の医療者たちは
第三者機関ができた後できちんと運用されると全く信じていない。

なぜなら、立件しないという保証は
厚生労働省の検討会だけから出てくるはずもなく
厚生労働省が汗をかいて検察と調整する必要があるからだ。
そして百万言を費やすよりも医療者の心を掴むのに有効なのは
検察へ働きかけて
福島県立大野病院事件の公訴を取り下げさせることだ。
福島県立大野病院事件のような検察の凡ミスへの働きかけすらしない以上
第三者機関を作って調査と処分の権限を一手に握った厚生労働省が
きちんと正義を実現する保証など、どこにもないではないか。


検察へ働きかけられないのなら
第三者機関は厚生労働省の管轄外に置くべきである。

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