緊急シンポジウム

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2008年03月15日 21:52

本日『医療の良心を守る市民の会』の主催で
緊急シンポジウム「中立公正な医療事故調査機関の早期設立を望む」
というものが開かれたので行ってきた。


約200人の会場はほぼ満員。
もの凄く大勢のマスコミが来ていて驚いた。
テレビカメラがTBSと関西テレビ。
記者も例えば朝日新聞は6人来ていたという。
私などは、この会合の存在を直前まで全然知らなかったのだが
プレスリリースは各方面に流してあったということだろう。


細かい報告の前に、総論だけ述べておくと
シンポジウムの中で述べられていたことに、ほとんど異論はない。
しかし、なぜか最終的に導き出される結論はまったく違う。
なぜだろうと考えてみたら
それは結局、最初の一歩を踏み出す時に
誰を信用するかの違いなんだと思う。


私などは身の回りに良心的な医療者を大勢知っているので
警察に任せたり、国の出先機関を頼るなんてリスキーなこと
(社保庁は言うに及ばず
 皆さんも身の回りで公的機関のメチャクチャはよくご存じのはず)
をするよりは、医療界の自律的取組を待った方がよいと思う。
しかし、トンデモ医師やトンデモ病院に当たってしまった人にとっては
警察の方がナンボかマシ
国がきっとうまくやってくれるに違いない
と思うのだろう。


日本医師会をはじめ、学会の方々は
警察や厚生労働省より自分たちが信用されていないこともある
ということを自覚する必要があるし、それに関して猛省が必要だろう。


では報告に入ろう。
主催者の永井裕之氏(広尾病院事件被害者の夫)が挨拶。
「本日は私の知る限り遠くは岡山や仙台からも駆けつけている。最近、医療事故被害者がクレーマーだと誹謗中傷する人がいて残念なことだ。医療事故、医療過誤から学ぼうという姿勢が大切だ。医療事故はいつどこにでも起こりうること、一般の市民にとって交通事故と同じで決して他人事ではない。ぜひ医療問題に関心を持ってもらいたい。しかし交通事故は99年に9000人台だったのが昨年5700人になったというようにデータがあるけれど、医療事故の方はデータが何もない。定量化することが大事だ。
医療事故に遭遇した人の願いというのは、なぜこんなことが起きたのか知りたい、二度と起こしてほしくないということ。しかし誠意ある対応というのが、医療機関ではできていない。事情を聴いても、自分の体験したことすら再現されない。患者中心の医療と最近盛んに言われるけれど、目の前にいる人を自分の肉親と同じように扱ってますかと言いたい。医療機関には適時適切に説明する義務がある。しかし、その点がまだまだ医療者に足りないのでないか。
一般市民は常に被害者になる可能性がある。起こしてしまった時に当事者同士が向き合って話し合えることが必要で、そこが最初のボタンだ。往々にして、ここでボタンのかけ違いが起こる。それぞれの病院で最初のボタンをしっかりかけてほしい。こういった我々の主張していることはアメリカ医師会の倫理基準にも明記されていることだ。
厚生労働省の進めている事故調査制度に関して、我々はパブリックコメントを2回出している。それから自民党と舛添大臣に要望書を出している。民主党のヒアリングにも出席した。2001年に提言してから5年でようやくここまで来たかという思いでいた。鈴木利廣弁護士などはわしは30年かかったと言っていた。しかし医療界の意識改革は本当に進んだだろうか、まだまだ封建的でないか。一般市民の自己決定、自己責任がもっと大切にされてしかるべきだ。何より重要なのは、医療事故の再発防止であり、そのために国としても徹底的な取り組みが必要だ。公正中立な事故調査機関を作らなければならない。しかし医療者の中には「刑事免責が先だ」と言っている人もいるが、それでは作りにくい。医療の質向上のためにみんなで取り組んでいくしかない。全国一斉に立ち上げるのが難しければ特区ででもやったらどうか。今日は事故調に反対の医療者も来ているだろう。自由闊達な議論をお願いしたい」


一点だけ引っかかったのは「特区ででも」というけれど
「モデル事業」がそういう性格のものではなかったのだろうか。
モデル事業が動き始めたばかりのところで
全国規模の事故調を作ろうとしたのが
そもそもボタンのかけ違いの始まりのような気がするのだが。
それ以外は全く異存がない。まさにその通りだと思う。


続いて佐原康之医療安全推進室長がこれまでの議論を説明。
検討会の模様はずっとお知らせしているので省略する。
問題は、どこまで法の条文なり施行細則なりに明記されるかであって
佐原室長が何を言おうが、それが行政の行動を縛るものではない。


次は『モデル事業の現状と課題』と題して新潟大の山内春夫・法医学教授。
「モデル事業が全国8ヵ所で動いている。そのうちの1つが新潟なので、その経験をお話ししたい。まず、調査分析したものについては、ホームページ上でご家族の了承をいただいた範囲の概要を公表している。モデル事業というのは、当初は平成17年4月にスタートすることになっていたが準備に手間取り半年遅れの9月に始まった。最初に始まったのは東京、大阪、兵庫、愛知。これらの所には監察医制度がある。ただし愛知は監察医が解剖するのが年10例ほどしかないので、県内4大学が互いに病理解剖しあう病理型とも言うべき特殊な形になっている。翌年2月に始まった茨城と3月に始まった新潟は一県一医大しかない。特に新潟の場合、歴史も長いので、関連のない医師がとても少ない。このために身内のことを調査することになるので、公正性をどうすれば認めてもらえるかが課題になる。モデル事業はその後で10月に札幌市、翌年9月に福岡県と広がってきて、もっと増えるはずだったのだが、事故調の議論が始まったので以後は増えていない。
モデル事業の目的は1、解剖所見に基づいた事実確認、2、正確な死因究明、3、診療内容に関する専門的調査・分析、4、診療上の問題点と死亡との因果関係、5、個人責任の追及より原因究明、6、システム欠陥発見と再発防止ということになっていて、解剖に大きな役割を与えている。
モデル事業は実験的なものであり8地区それぞれ特徴が異なる。それぞれのいい所を生かしダメなところは捨てることで全国での運用に備える。どのような性格を持っているか列挙すると、1、現行法規・制度の下で行う、2、遺族の承諾・希望と医療機関の積極性がカギになる、というのが、できれば解剖を避けたいというのが遺族感情であり、そこを乗り越える必要がある。また医療機関に制度を使おうという積極性がないと全然動かない、3、法医・病理という複数の解剖医と臨床医の目で見る、4、医療機関内の調査委員会が必須である、5、診療録やX線写真など資料を確保して行う、6、医学的評価と法的評価の二つを行っている。法的評価は避けたいとは思っているのだが、実態としては医学的評価の結果が出ると直ちに法的評価に結び付くという恐さがある、7、ご遺体を当該医療機関から解剖実施施設まで運び御自宅へ帰すまでの搬送費用はモデル事業が負担している。しかしモデルでなくなったら、そのお金をどうするのかは考えないといけない」

医学的評価が直ちに法的評価に結びつくという総括が印象に残る。
山内教授の発表はまだ続く。
(現在更新作業中!!)

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コメント

>一般市民は常に被害者になる可能性がある。起こしてしまった時に当事者同士が向き合って話し合えることが必要で、そこが最初のボタンだ。往々にして、ここでボタンのかけ違いが起こる。それぞれの病院で最初のボタンをしっかりかけてほしい。こういった我々の主張していることはアメリカ医師会の倫理基準にも明記されていることだ。


倫理がアメリカのマネでええのかはさておいて 原文↓のどこのことをおっしゃられてるのでしょう?
4項のことだとすると ちょっと漠然としすぎてて明記というものかどうか疑問です

http://www.ama-assn.org/ama/pub/category/2512.html

よく考えると.永井さんのおっしゃる「アメリカ医師会倫理規定」とわたくしが示した「AMA Principles of medical ethics」が同じものではなく,他に規定があるのかもしれませんです

ところでアメリカの倫理規定と日本の現状を比較することにどの程度の意味があるのでしょうか?

医療に限らず,現状と倫理規定は同じものではないです.日米を比較するなら,倫理規定と倫理規定,現状と現状を対比しなければ,意味がないとまでは申しませんが ギャップが生じて当然であります.

アメリカ医師会の倫理規定と比較されるべき 日本医師会の職業倫理指針では,医療事故後の説明に相当する記述として,「(2)患者に対する責務」の第7項,患者および遺族に対する診療情報・診療録(カルテ)の開示」に記述(A4約1枚相当)があります.
http://www.med.or.jp/nichikara/syokurin.html
Principles of medical ethicsの第4項よりは明確かつ詳細であると思います.

 なんでもアメリカが良いというのは大間違いです。

 アメリカといっても各州で大きく諸制度が異なりますが、それでも、日本のように医師が過失を理由に逮捕されたり、故意でもないのに看護師が刑事訴訟の被告席に座ったりと言うことはありません。

 まして、アメリカでは医療事故の原因分析はまず医療機関自身の責任であって、連邦政府に強制的な事故調査機関の設立が検討されたということはありません。

 州レベルであれば、いくつかの州で医療事故死について(警察ではなく)検視局などへの届出義務が課せられていますが、それは専ら死因究明と再発防止を目的としたものであって、過失を理由に警察やDAに送られたりはしません。

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