傷は消毒するべからず。 |
|
投稿者: | 投稿日時: 2009年07月03日 16:24 |
昨日は家でできる家のものの消毒の話をしました。今日は、体にできた傷の消毒について。私が小さい頃は、傷ができたらマキロンなどの消毒薬で消毒するのは、かなり当然のことでした(私などは外で遊びまわってよく傷を作っていましたが、消毒もせず放っておくことも多かったですけれどね)。でも、最近はそうでもないらしいんですね。「消毒してはいけない」という話も、かなり聞かれるようになってきました。
「消毒してはいけない」なんて、どういうことでしょうか?
かつての常識は、怪我をして傷ができたら、
●毎日消毒して
●乾燥させて
治しましょう。ジクジク湿っていると、そこにバイ菌が増えて悪化したり、腫れたりしてしまいます、というものでした。
一方、最近の考え方は、
●水でよく洗い流す
●消毒はしない
●乾燥させない
というもの。
水で洗い流すのは、なんとなく感覚的にも理解できますよね。傷ができたときに傷口やその周辺に付着した汚れや雑菌を一時的にも洗い流すのは大事そうです。(こうしてみると、物でも手でも、そして傷口でも、水で洗い流すというのは、清潔を保つのに一番有効みたいですね。)
ただ、「消毒はしない」「乾燥させない」というのは、これまでの常識に真っ向から反しています。それぞれなぜなのか、調べてみました。
【 なぜ消毒しないのか 】
簡単に言うと、傷を消毒するということは、傷を治すために活躍している自分の体の細胞をも殺すことになり、かえって傷の治りが遅くなるからだそうです。消毒薬は要は、細菌つまり細胞を殺す“毒”なので、当然のこと人間の正常な細胞に対しても毒性があるわけです。
そもそも、私たちの体には「常在菌」といって、健康な人の皮膚にも常にさまざまな細菌が普段からすみついています。一番表面を洗い流しても奥から出てきてすぐに元の状態に戻ってしまうそうなので、皮膚が無菌状態であり続けることは、いずれにしてもありえないそうです。そこまで無菌、無菌、と神経質になる必要はなく、神経質になってもしょうがないということですね。
【 なぜ乾燥させないのか 】
怪我をした時、傷口からは、傷を治すために必要な成分が含まれた滲出液が出てきます。(通常の傷だと血液の赤い色でわかりにくいかもしれませんが、靴擦れで水ぶくれができたとき、透明な液が中に入っていますよね。あれが滲出液です。虫刺されなどを引っかいていると、血液でなく透明な液が出てきて、かわくとぽつんと黄色っぽく固まりますが、あれも同じです。)ところが、そこにガーゼやガーゼタイプの絆創膏を当ててしまうと、滲出液が吸い取られて傷口が乾いてしまい、体がやろうとしている自然治癒が妨げられてしまうそうなのです。
なお、「かさぶた」も以前は傷が治る途中の一過程と言われていましたが、実は治癒の一時停止状態とのこと。逆に、かさぶたの下の傷が化膿してしまうことも多いので、滲出液でいつも湿った状態にして、かさぶたができないようにする方が菌の感染を抑えられるという研究報告もあるそうです。
【実践するには・・・】
さて、理屈がわかったところで、では実際どうしたらいいのかですが、食品などに使うラップを利用する方法もあるようです。簡単に言うと、まず傷を水道水できれいに洗い(旅行先だったら、飲用に適するくらいきれいな水を使います)、あとは傷が乾かないよう台所用のラップで被って、縁をテープで留めるだけ。どんどん滲出液が出てくるときは、中にたまらないようにその外側からガーゼで覆い、余分な滲出液だけ吸い取るようにするとよいようです。これを毎日、傷とその周辺を水洗いし、ラップを交換していけばよいとのこと。汗をかく時期は、もっと頻繁に交換してもいいようです。
また、もっと簡単に、今ではいくつかの会社からハイドロコロイド素材の絆創膏が販売されているようです。手軽に使えるのでかなりお勧めです。
ただし基本的に、「普通のガーゼタイプの絆創膏を使って家で治そう、治るだろう」と思える程度の傷に対して使用するようにしたほうがよさそうです。それ以上の傷であれば医療機関を受診し、医師と相談することが先決でしょう。とくに、知らない犬などにかまれた時、古釘を刺してしまった時などは、狂犬病や破傷風の心配もありますし、傷口が大きくて縫ったりする必要があるときも、必ず受診するようにします。
ちなみに、傷を乾燥させないために、シンプルなワセリンを傷口に塗っても効果があり、なおかつ空気から傷口を保護して痛みも和らぐようです。一方、昔は傷口を舐めれば治る、なんていわれましたが、実は口の中は汚れや雑菌の温床。舐めるよりは、まず水道水(飲める程度にきれいな水)で洗うほうが安心です。
【 参考サイト 】
下の2つのサイトはどちらも非常に実践的であり、エビデンスを大切にしていて、なおかつ大変な情報量です。医療者向けなのでかなり難しく感じる部分もありますが、興味のある方は、両方ともご覧になってみてはいかがでしょうか。
○新しい創傷治療形成外科医である夏井睦先生(現・石岡第一病院・傷の治療センター長)のホームページ。
○開放性湿潤療法/ラップ療法/開放性ウエットドレッシング療法
内科医である鳥谷部俊一先生(現、相澤病院・褥創治療センター統括医長)のホームページ
というわけで今回、いろいろ分かったものの、家にはすでに普通のガーゼタイプの絆創膏がたくさんあります。ただ、傷の程度が非常に軽く、そもそも放っておいて乾いてしまっても(そのぶん治りが遅くなったとしても)別にかまわないという場合に、一時的に血が他のところにつくのを避けたいときや、一時的に表面を保護したい時などに使うには、そちらのタイプでもいいのかな、と思います。ハイドロコロイド素材のものは、その分、価格も高いですからね。
してみると、たいしたことない傷だったら、血が止まればあとは放っておいてもいい、ってことでしょうか。そうですよね。結局は自分の体か治してくれるのですから、「早く治さなきゃ」というほどに日常生活に支障がなければ、覆う必要もないし、別に気にしなくてもいいってことですよね。私が小さい頃やっていたことはさして間違ってないかなと。そう思って、自分の子どもが転んだりしてつくった傷も、おおかた放っておいています・・・違うでしょうか?
<<前の記事:親子リクリエーション 社会状況の違い踏まえ国際比較の議論を-日本小児医療政策研究会 コメント欄:次の記事>>
コメント
堀米様
どうしても「医療」解説をしたいのでしょうか?
よく勉強されているだけに、非常に問題となる記事を書かれています。
一般の方々が考える「水でよく洗う」と、この記事の主題となっている「十分な洗浄」はかなり違います。以前から傷口を洗ってくる人はいましたが、十分な洗浄を行ってこられる人はまずいません。
洗浄には洗い流す、こすって除去する、「機械的洗浄」=物理的異物除去と、
化学薬品(消毒薬)による「化学的洗浄」と、
熱や放射線などによる「滅菌的洗浄」とがあります。
化学的洗浄は、タンパク質が存在するところでは十分な殺菌能力を発揮できないこと、薬品が十分に蒸発するまでは殺菌力を得られないことに問題があります。化学薬品が創面に与えるダメージは、一回だけの塗布ではどれぐらい問題がある行為かはわかっていません。褥創処置のように繰り返し創面に消毒薬を塗布することがまずいことだけが分かっています。
今回ご推薦のラップ療法も、今どんどん改良が加えられています。
でもそれよりも問題が大きいのは、糖尿病患者さんについては、今回ご推薦の治療は時として致命的であることです。そして診断されていない糖尿病患者さんが世の中には少なからずいることです。
十分な知識なく医療記事を書くことは危険です。みのもんたやたけしは犯罪行為とさえ思えます。
一般の人の、日常生活での創傷治癒に関する誤った常識(二昔前までは外科医の中でもおそらくは常識だったようです。私が医師になった頃、ようやく間違っていると言う先生が増え始め、古い先生と衝突していました)を正す、という意味では、私は、この記事は有用だと思います。あらゆるケースを想定して記事を書くのは実際困難です。私は「ベストよりもベターを選びたい」です(昔読んだ小説の中で印象に残った台詞ですが)。あらゆるケースにおけるベストを求めていたら、何もできなくなってしまうと思うので、現状でできる、よりベターなもの(現状でのベスト、に限りなく近くなるでしょうが)を目差していればいいのではないかと思っています。
糖尿病や透析症例、ステロイド長期投与例、膠原病など、日常診療の中で創傷治癒のハイリスクの方々は勿論おられますが、問題のない人達の方が(小児や若い人を含めると)社会の中ではやはり圧倒的に多いはずです。こういう記事を、複数の専門書(あるいはサイト)を参照して自分なりに消化された上で、記者さんが書かれたという事に、私は拍手を送りたいと思います。かつて自分の患者(比較的若い)が全麻手術した一晩で巨大な褥瘡をつくった時、私は、形成外科の先生の書かれた創傷治癒のテキストやナースエキスパートシリーズで、創傷治癒について、真剣に勉強しました。当時外科医4年目でしたが、3晩くらいかかりました。まして、医師や看護師ではない記者さんが、理解するのには、本当に大変ですよね・・・。薬剤の添付文書ですら、問題点や例外事項が指摘されるとあわてて改訂し、大々的に各医療機関に通達しています。こうしたブログの記事では、必要だと思った時点で、慌てることなくその都度追記されていけばよいのではないかと思います。
ふじたんさま kontaさま
コメントをありがとうございます。糖尿病の方には致命的となりかねない等、ふじたんさんいご指摘いただいたようなことを、不勉強でブログエントリー中に盛り込めずすみませんでした。コメント内でご指摘いただき、御礼申し上げます。
私は基本的に一般の人が自己流でラップ療法を行うことを勧める意図でこのエントリーを書いたわけではなく、kontaさんが書いてくださったように、自分が一般人として怪我をしたときにどう考えるかということをもとに、それまでの常識に反する対処法に出会ったので皆さんにもご参考までに、というご紹介のつもりでした。
そのために、自己流でやる方法に関しては大まかな記述にとどめ、市販のものの使用を、ふつうの絆創膏でも治る程度の傷に限って使用するようにお勧めしています。詳細については、参考サイトをご紹介しました。
医療記事というより、日常生活と医療の接点的な部分に出会ったときに、自分の書ける範囲で書いていきたいと思っています。専門的なことは、必ず参考サイトをご紹介し、それを超えて書くことはしません。それでも今回のように、専門家の方から見ると、重大な漏れがあることがあるかもしれません(それについてご指摘いただけることは大変有難く、助かります)。ですから、もちろん事前にできるだけそうしたことがないようにチェックをすると共に、あくまで素人である私が書いている紹介に過ぎない点、専門的なことは医療機関を受診してほしい点、強調していきたいと思います。とく後者は、ロハス・メディカルのそもそものスタンスと重なると考えています。
褥創と外傷は基本的に異なります。
褥創は原則として生体の自然環境に存在する細菌(=皮膚の常在菌)以外いない状況であり、準清潔環境です。便などが付着しやすい場所でもない限り、入念な洗浄は必要ありません。
一方外傷は、何でもありの感染です。生体外の、自然環境に存在する菌が付着している可能性があります。破傷風菌よりもずっと高い確率で大腸菌やブドウ球菌が付着していますし、別に話題とされている真菌も頻度の多いものです。もっとも真菌類は専用の培養となるため検出されず、統計上はぐっと低く出ています。
外傷の場合はかなり入念な洗浄が必要で、とくに皮膚全層の破壊を伴う場合や、熱傷を伴う場合は入念な洗浄が必要です。またkonta様が挙げてくださった病態はいずれも易感染性として重要なものですが、頻度の点でも病態悪化の速度の点でも糖尿病は別格です。
糖尿病の場合、細血管病変が出現していても無自覚な人が相当数います。このような方たちが外傷でも、褥創でも、患った場合、創の周囲におよそ2cmを超えて発赤や浮腫が出現したら、時間的余裕はほとんどなく、適切な処置が必要となります。
ラップ療法は、本家の褥創管理においても、過度の湿潤を避けるべきだという意見も出ています。たくさんの穴をあけて上から吸湿性の高いパッドを当てたり、或いはパッドを直接当てたりする治療も試みられています。
なおこれらのラップ療法応用技は、指先の外傷で皮膚欠損を伴う場合も非常に良好な治癒結果を得られるとして注目されていますが、創傷管理についての十分な知識が必要です。
ふじたん様が仰有る事は正しいです。私も医師の端くれですからよくわかります・・・。健康番組と称して視聴者を煽るテレビ局やタレントには本当に辟易していますし、事実と異なる報道や表現を積み重ねていくマスコミには怒り疲れたし、生半可な知識で偉そうな記事を書かれれば、腹が立ちます。ただ・・・今回の堀米様の記事は、決して読者を煽ろうという意図のものではなく、「ちょっと見直してみませんか」という真面目な働きかけだと受け取ったので、私は評価しているのです。肘や膝を「すりむいた」と言って病院の時間外に駆け込んでくる、ごく普通の患者はかなり多い、というのが私の実感です。特に小児(を慌てて連れてくる親)でしょうか・・・。愚痴になりますが。
ラップ療法は、素人の方が適応を決めるのはあぶないですね。一度病院に行って、医師に「これをしばらく家で続けて下さい」と言われたらその通りにする、というのがいいと思います。毎日傷の状態を医師や看護師がチェックする必要があるか(汚染や壊死など、治癒の妨げになる因子が残っている可能性があるか)、それともしばらくはチェックしなくてもよさそうか、という判断が、どうしても必要ですので。
ふじたんさま kontaさま
引き続き詳細な補足・解説、そしてご指摘をありがとうございます。
とにかくラップ療法は、素人考えでやらない方が無難ということですね。その点を記事中でももう少ししっかり強調すべきだったかもしれません。ただ、お察しいただいているように、私がこのテーマを選んだきっかけは、「傷には消毒→ガーゼタイプの絆創膏」というのがまだまだ一般的には常識で、それについてちょっと立ち止まって考えてみていただきたかったのです。
お二方はじめ医療者の方々と違い、従来の常識を今も絶対と考えて疑いもしない人は、意外と多いのではと思います。そういう方に、もちろん盲目的に方向転換させようというのではなく、「こういうのもあるんですよ」ということをお伝えできればと思いました。医師の指導の下、従来の常識とは逆行するような湿潤療法を正しく行って大きな効果を感じていらっしゃる方も実際にいる、そのことをやはりお伝えしたかったのです。
ただし、もちろん今も賛否両論、現場でも議論が続いていることは認識しております。どちらの意見もそれぞれ理にかなっているところが難しいところなのだと理解しています。ということで、お二方のご意見等も含め、読者の方にお読みいただければと考える次第です。
堀米様
私自身は、ラップ療法を機に正しい創傷処置を学びなおしてくださることを大変うれしく思っています。しかし形だけ真似して、感染させてしまう方もいます。そしてこれがかえって評判を落とすもととなり、かたくなに古い治療法を続ける方が減らない原因となっています。大事なことはラップ療法の形ではなく、正しい創傷治癒学であることを理解していただきたいのです。