ワクチンギャップ解消に必要なもの

投稿者: | 投稿日時: 2012年10月14日 13:57

前回、 前々回と、「欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)ワクチン・メディアセミナー 2012欧州・日本における予防接種スケジュールとその課題」の報告をアップしてきました。


最後は、岡部信彦氏(川崎氏衛生研究所所長、前・国立感染症研究所感染症情報センター長)を座長としたパネルディスカッション・質疑応答です。


まずは岡部氏の総括コメント、次のような感じです。

「オリヴィエ先生の話は私自身も大変勉強になった。日本のワクチンに求められるのは均一性であったり、スタンダード化、同じような手法だが、これは世界でも同じと思いきや、それは自分の大きな誤解だった。私もついつい『欧米では』『EUでは』という言い方をしてしまうが、今日見ただけでも、EU各国でそれぞれの事情、例えば感染症の状況、経済的事情、文化的背景といったものを踏まえていろいろな方法がとられている、と。そういった背景まで含めて理解しておく必要があると分かった。ただ、同じような部分については、できるだけ共通の方向に持っていこうという考えや動きがEUにもあるので、そういう部分は日本も近寄っていかれるのではと思う。それは単に方法の問題だけではなく、要は子供達の病気を減らしたいという思いも一緒だろう。これから日本のワクチンもいろいろ動きがある。すでにこの数年でもいろいろなワクチンが入ってきて、日本と欧米で数のギャップは確かに埋まってきているかもしれないが、そのやり方や考え方について、第一線の医師にも、メディアにも、また子供の親御さんにも、混乱がある。そういう点において、今日の講義が何らかの理解の助けになればいいと思っている」


ここからパネルディスカッション・質疑応答の概要です。(発言者Qというのは、会場、つまりメディア側からの質問です。オはオリヴィエ氏、岡は岡部氏、齋は齋藤氏)


Q:オリヴィエ先生に、ワクチンの財源のことで伺いたい。日本ではワクチンは自治体の事務となっているが、自治体にはお金がない。日本は借金大国で、政府にもお金がない。そのため推奨されているワクチンがなかなか定期接種に入らない。このところ新しいワクチンが次々出てきているが、一度定期接種に入ると毎年一定のお金が必要になるので財政当局もしぶるのではと思う。ヨーロッパではどうやって工面しているのか。工夫はあるのか。


オ:とても重要で難しい質問。実際ワクチンは高い。しかし効果も高い。20世紀以降、この100年に人類の健康にとって重要なことが2つあった。ひとつが衛生的な飲料水の供給であり、もう一つがワクチン。実際、ワクチンは効率よく使えば95%疾患を防げる。かかってからでは通常、最も効果のある治療法でも有効率75%であり、循環器病でもがんでも、それ以上の有効率を示す薬はない。政治家がその事実を知ること、考えることが非常に重要。 確かに一度決めたら費用が毎年発生するが、そうした考えに基づいて進めていけば、5年、10年、あるいは2年後にもそれにペイするだけの効果が得られるはず。例えばイギリスやオランダのC型髄膜炎プログラムも大きな成功を収めている。実現可能だが、それには政治家とメディアの説得が必要だ。


岡:予防接種部会では、HPVなどの任意接種ワクチンをどうするかについては、専門家は「病気予防という観点からランク付けなしに定期接種化すべき」として意見が一致している。ただ、費用負担や接種する側(国)の責任という問題もあり、委員会でやろうと言っても実際、何千億円というお金をいっぺんに持ってくることは難しい。国に対し「ワクチンにもっと予算を」と予防接種部会としては意見を取りまとめても、税金を使うわけだからより多くの人のコンセンサスが必要であり、それへ向けた動きが必要。


齋:それぞれの市町村単位でのワクチン予算も、もとをただせば国から来ている。国の予算を最初からワクチンに使うお金として設定した上で、分配すればいいのでは?


岡:確かに、「ワクチンのお金は国から」と言っても、自治体にワクチン用として入ってくるのではない。あるワクチンを定期接種化すると国が決めた場合、財源は自治体の負担として確保しなければならない。私も今回、自治体側(川崎市)に入って始めて分かったが、お金のない自治体にとっては新しいワクチンの定期接種化はすごく不安。必要な理由はよくわかっているが、お金がない。だから国に「財源問題を何とかしてくれ」と声を上げる。だが国も、ワクチン財源について全体のコンセンサスがとれていないから、どうしようもない。とにかく、必要な人が「必要だ」と声をあげ続けることが大事ではないか。


岡:オリビエ先生に尋ねたかったのが、EUの中でもワクチンの接種方法やタイミングがちがっている。しかも、EU内は人の動きが非常に大きい。日本でもよく接種のタイミングがずれると問題になるが、例えばスイスの人がフランスに移住したとき、その人への対応はどうなっているのか。


オ:まず歴史を振り返ってみると、ヨーロッパ全体の事業として予防接種を扱い始めたのが1999年にEMAが出来た時。実質的には2000年初頭から各国が協調して歩み始めた。それまでは各国ごとに長い歴史がある。また、EU内ではどこへ行くのも自由だが、予防接種はそもそも、できるだけ少ない接種回数で効果を得られるならそのほうがいい、というのが基本的な考え方。それうして苦痛や煩雑さを軽減することで、国民やドクターに受容・許容されやすいものにしようと。もちろん、効果の高いワクチンを使うことだけでなく、接種率を上げることも重要。一人がワクチンを受けただけでは予防効果はない。

さて、質問への答えだが、例えばフランスに来たら、当然ながらフランスの接種プログラムに入る。イタリアなどが採用している「北欧スケジュール」と呼ばれるパターンだと、主要ワクチンの接種はいずれも、生後3、6、11ヶ月の3回で行われ、とてもシンプル。しかしその国からもしフランスに移り住んで来たとしても、最初から予防接種のやり直し等はしないで(過去に打ったものは全て有効だとみなして)、まだやっていない部分だけをやることになる。


齋:国内で新しいワクチンがこれだけ入ってきて、保護者への教育という意味で妊婦にワクチンの情報を与えておくとか、あるいは生後にその重要性を伝える等の取り組みが行われている。ヨーロッパでも妊娠前後の保護者への教育等は行われているのか。


オ:答えは簡単で、全然やっていない。私の国で足りないのは、国民の教育。だからメディアに助けてほしい。風評をあおることは書かないでほしい。正しい情報を伝えてほしい。政府を支援してほしい。ちなみに、ワクチンは薬と同じく健常人で治験するだけで、妊婦はあくまで特殊グループ。私自身はドクターであり、EUの立場でもあるが、なおかつワクチン開発にも3年携わってきたのでメーカーのことも良く知っている。メーカーは健康な人にしか興味がない。妊婦については、流産しやすい時期は万が一のときにワクチンのせいにされかねないので、米国では20週以降なら接種可能としている。基本的に不活化ワクチンは妊婦でも安心とされ、新型インフルエンザ(H1N1)が流行した時など妊婦も問題なく使用された。


Q:オリヴィエ先生にうかがいたい。「結論」と題したスライドの中に、「新しい傷や新しいチャレンジに備えること」とあるが、「新しい傷」とは?


オ:命があればリスクはある、さけられない。どこまで行っても自動車事故を完全にゼロには出来ないのと同じで、我々の生きている社会はリスクをゼロには出来ない。最小限に抑えようと努力はするが、それでも一定のリスクは残る。その真実を受け入れること。つまり「傷を残すかもしれない」ことを受け入れること。ワクチンは、社会全体には大きなベネフィットになるが、それでもやはり「万が一」の被害者となった個人とその家族には大きな「傷」あるいはトラウマになる。だから傷と書いた。人生はリスクがつきものでそれを受け入れながら生きていかなければ行かないが、ただ、リスクには選択がある。つまり、例えば予防接種がない世の中では2000人が麻疹を発症して、そのうち1~2人に麻痺が残るだろうが、この同じ集団に予防接種すると、リスクは1000分の1になる。リスクは排除できないが、減らすことは出来る。大きくリスクが減らせるのでプログラムは導入したほうが集団発生よりもずっといい、という考え方をするのがワクチンだということ。


岡:先ほど予防接種教育のところで、メディアの両面性、良い点と悪い点について話されたが、メディアに対し、ワクチンについて説明するようなプロジェクトはあるのか、


オ:これも重要で、やはり接種率を高めることが将来の公衆衛生改善につながる。私はメディアの助けがますます大切と考える。メディアがワクチンについて知識を深めてきていることは分かっている。新しいワクチンの情報を説明する場があるべき。その情報にバイアスがあってはならない。ワクチンは日々、有害事象の報告が上がってきたりと状況が変化する。その状況をインターネットですぐに公表すべきだろう。正しい情報がどこにあるか、というのが大事。今日、メディアの皆さんに来てもらっている、その記事を子供たちの親が読む、それが変革につながる。信頼を得ることになる。起きていること、有害事象等について話をしない、口をつぐんでしまうのが、不安をあおることになる。どんどんしゃべるのがいい。


Q:有害事象について。ワクチンを使用し何か症状が出た場合に、それがワクチンによるものかどうか判定する機関はEUにあるのか。また、もしそうだと認定された場合に、被害者への補償制度はあるのか。


オ:例えば以前、EU内でロタワクチンの接種後に2例死亡が出て、「ワクチンのせいで死亡した」という風評が出た。しかしそれから8日以内に風評は誤りとわかった。HPVでも、接種後に15歳少女が死亡した例があり、それがいわゆるタブロイド紙で大見出しで報じられた。ごく小さな文字で傍らに「少女にはもともと頸部がんがあった」という事実が書かれていたが、風評は免れなかった。英国では、MMRと自閉症の関係が騒がれるという少し特殊な状況も起き、フランスにまでその噂や懸念が広がらないかと我々は心配したが、これについてはドーバー海峡を超えずに済んだ。このように国によって風評の種類や内容は違うとはいえ、いったん広がると収拾まで何年もかかるもの。だから、何かトラブルが生じてそれを公表する時は慎重を期して行うべき。というのも、例えばもしB型肝炎ワクチンの接種を止めれば20万人が発症するし、MMRワクチンを止めれば集団発生が起きる。どのような形で情報提供するかも大事。

EU内ではサーベイランスネットが強力に導入された。有害事象と考えられる事象は直ちににすべての国とEMAに報告され、サーベイランスが行われ、ミーティングを開いて議論される。疑いのレベルからきちんと科学的な問題に上げていく。

講演でも述べたが、補償も大事。フランスでもドイツでも、国の推奨したワクチンを接種した個人に何か重篤な有害事象が発生した場合は、それに見合った補償が受けられるようになっている。なお以前、B型肝炎ワクチンから多発硬化症が引き起こされたという推測が出回り、10年後に「問題なし」として医学的に否定されたが、すでに一部の人が国から賠償を得ていた、ということがあった。賠償を得た人でも我々はその因果関係については疑問があるわけだが、それでもとにかく補償は受けられる、ということ。


Q:米国では国の接種プログラムに入っているA型肝炎ワクチンだが、日本や欧州では入っていない。A型肝炎ワクチンは今後必要か。


齋:A型肝炎は、米国では2000年から、10万人当たり10人以上の発症がある州に限って、 接種プログラムに導入された。しかし4年後には、全ての子供に対象者が広げられた。というのも、特にカリフォルニアなど移民が多い州は、メキシコなど国外からウイルスが持ち込まれるケースが多く、ワクチン接種の必要性が高まったから。しかも、B型肝炎に大人が罹患すると顕著な黄疸でひどい症状になり、傍目にも分かりやすいのとは違って、A型肝炎は乳幼児では無症状あるいは軽症にとどまる。それにもかかわらず、便には大量のウイルスが含まれるため、保護者や周りの大人が知らないうちに感染してしまう。その事態を避けるべく、米国全土で乳幼児への接種が始まった。日本国内でも、小児科学会ではできるだけ肝炎を少なくしようとワクチン接種を導入する要望書を厚労省に提出している。 特に、日本は生食文化なので必要性がある。


オ:A型肝炎ワクチンは、臨床的な有効率80%というデータもあり、とても有効。当初ターゲットを絞って生後12-18ヶ月まで導入し、その後に拡大したところ、ウイルスの感染が全体的に減少した。フランスでは、国外への旅行者に対して、保険ではカバーされないが打つべきものとなっている。あるいは、即効性もあるので、集団発生の際に1回投与を行うものとなっている。


Q:水痘(みずぼうそう)ワクチンは日本小児科学会では2回接種を推奨しているが、そのことは世の中に認知されているのか。


齋:水痘ワクチンの2回接種が一般にどれくらい浸透しているか、というデータの蓄積はこれからの課題。分かり次第発表したい。水痘ワクチンの2回接種推奨は、非常にN(母集団)が小さい研究の結果からではあるが、2回接種した人たちの抗体価の獲得率から、やはり早めに接種をしておいたほうがよいだろうということになり、出されたもの。


オ:おっしゃるとおり。水痘ワクチンは最初1回で十分だろうと導入したのだが、麻疹(はしか)ワクチンのようには抗原性が高くなかった等の原因から、集団発生が起きた。1回では完全に予防できなかったので、ブースターが必要、という接種政策になった。このブースターは麻疹ワクチンのように定着させるために打つものと違って、1回目に免疫がつかなかった人8-10%にのみ投与し、2回目でなんとか抗体レベルが高くする、というもの。1回目と2回目の間隔は、免疫の持続が短い(抗原が弱い)ので3ヶ月がいいと思うが、米国では3年となっている。接種率が高くないと集団発生するだろう。


パネルディスカッション・質疑応答は以上です。最後に、EFPIA Japan理事長の中村景子氏から次のような趣旨の挨拶がありました。


「ワクチンは単なる化学物質でなく、社会が育てるもの、育てられるもの、そういう意味ではワクチンギャップがまだ埋まっていないと考えている。リスクベネフィット、税金の使い方、救済制度のあり方を考えていく社会的素地が必要。私どもも正確な情報を提供する機会を提供していきたい」


ちなみに中村氏はGSK(グラクソ・スミス・クライン)の方。昨年12月にEFPIA Japanの会長にGSKのフィリップ・フォシェ氏が選出された際に、EFPIA Japanの理事長に就任されていたのですね(プレスリリース)。

同氏は以前、ロハスメディカルで取り上げたニュースにも名前が出てきます。
こちら


上記記事は子宮頸がんワクチンに関するものですが、中村氏は「ワクチンで防げる病気はワクチンで防ぐ」という米国等では基本的かつ主流の考え方に基づき、精力的にワクチン導入に関する活動、特に予防接種法改正も視野に入れた定期接種の問題について取り組まれてきたと理解しています。予算問題などまだまだ障壁は高いですが(とはいっても、長期的な視点から罹患後の治療費と比較すれば、ワクチンの定期接種化が実は合理的な選択であることも分かるはずなのですが)、社会のワクチンに対する関心は着実に高まってきているように思います。

ただ、まだあともう一歩。要するに、ワクチンギャップの解消のためには、予防接種制度そのものについてやその枠組みの中で議論していても、埒があかないところまで来ている。もっと広い枠組みで、国の医療政策や予算のレベルでどう予防接種を位置づけていくか、大きな議論が必要、というわけですね。


これまでにも書いてきたように、海外製薬メーカーの日本包囲網にはある種の脅威を感じつつも、それでも予防接種の受け手にとって利益が大きいかぎり、国産ワクチンにこだわる理由などまったく見つかりません。とにかく安全でリーズナブルなワクチンを、できたら公費で打たせてもらいたい。それが母親としての正直で単純な希望です。公費で打つことに合理的な理由がなければ身勝手なわがままで終わってしまいますが、それが国民医療費の削減に貢献するならば、問題はないはず――。結果として海外の製薬メーカーと国民と、そして国とが、win-win-winの関係になれる道なのでは?単純にそう考えてしまうのですが、違うのでしょうか・・・。

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