国立がん研究センター 患者・家族との意見交換会 傍聴記 その0~1

投稿者: | 投稿日時: 2013年06月01日 17:40

去る5月30日、国立がん研究センターが開催した「患者家族との意見交換会」を傍聴してきました。


広報からのプレスリリースには、次のようにありました。

今回の意見交換会は、本年 4 月から平成 24 年 6 月に閣議決定された「がん対策推進基本計画」の記載に基づき厚生労働、文部科学、経済産業の 3 省により研究の今後のあるべき方向性と具体的な研究事項等を総合的に検討する場として開催されている「今後のがん研究のあり方に関する有識者会議」での議論に対するご意見を伺うことを中心に開催いたします。


結論から言うと、患者会のそうそうたる面々のパワーと、それを産み出さざるを得ない深刻な問題意識を目の当たりにした会でした。何回かに分けて書き留めていきたいと思います。

私自身これまでは、がん医療については臨床や研究の領域を担当し、“あり方”云々といった政治・行政分野の問題は早い話が食わず嫌い、正直、つまみ食いする程度でした。それでも今回は本誌7月号(6月20日配置)で適応外薬のドラッグラグに問題意識を持ったこともあって、ふと、「もうちょっと首を突っ込んでみようか」という出来心が生じたのです。もっと言えば、心が動いたのは、取材の中でお会いした卵巣がん体験者の会スマイリーの片木美穂代表の名前を出席予定者の中に発見したからでした。


片木代表は、「空気は読まないことにしている」と平然と言ってのけます。そうして誰に対してもおかしいと思ったことを率直におかしいと言い、分からないことを分からないと言う。会議の時間が大幅に過ぎようが何しようが、ひるまない。肝が据わっているというか、腹を括っている。(そこだけ聞くとなんだか恐そうな人に聞こえますが、ご本人はざっくばらんで、あっけらかんとしていて、大阪人ならではのユーモアがある、人当たりのいい、とても明るい方です!)もちろん、片木代表には豊富な知識と経験があり、それに基づく「正しい」指摘だからこそ、彼女の口撃をくらった相手も「厄介だ」と心の中で思いこそすれ、決して邪険には出来ないんでしょうね。とにかくそのパワーとポジティブなオーラみたいなものに圧倒されて、誰でも一度会ったら忘れられない人です。私も大いに刺激を受けました。


さて、そう思って改めてプレスリリースを見てみると、5月23日に上記有識者会議の報告書案がまとめられたとのこと。厚労省のサイトから「今後のがん研究のあり方について(報告書素案)」と題したそのpdf ファイルが閲覧できますが、現状はこうで、こうする必要がある、ということはたくさん書いてあり、どれももっともなことばかりなのですが、いまひとつ伝わってこないというか、ぴんときません。だから何を誰がどうすればいいと思っているのか、具体的なアイディアが全然見えてこないのです・・・。


また、この意見交換会は現・堀田体制下で発足した「企画戦略局」なる部署が主催しているようですが(正直なところ国立がん研究センターと言えば嘉山前理事長の交代劇の印象がいまだに強く、現体制になってからはそれを超えるほどの話は記憶にありません・・・疎くてすみません)、厚労省健康局下に開催されている有識者会議が報告書案をまとめた今、患者・家族との意見交換会を開くのは、どこまでの勝算というか、気概を持ってのことなんだろう、と気になりました。なぜこのタイミングなのか、そこで出た意見を今からどこまで報告書に反映できるのかな、と。


とはいえ、患者・家族側の出席者を見ると、皆さん知る人ぞ知る“強者揃い”のようです。(五十音順)

天野慎介 特定非営利活動法人グループ・ネクサス
片木美穂 卵巣がん体験者の会スマイリー
桜井なおみ 特定非営利活動法人 HOPE★プロジェクト
本田麻由美 読売新聞記者
眞島善幸 NPO 法人パンキャンジャパン
町亞聖 フリーアナウンサー
馬上祐子 小児脳腫瘍の会

これだけの方々が一同に会すれば、きっと率直かつ的確な発言も出てくるだろうと期待してしまいます。というわけで傍聴を決めました。


なお、リリースには堀田理事長の名前しかありませんでしたが、蓋を開けてみると国立がん研究センター側の出席者は以下の通りでした。

堀田知光 国立がん研究センター理事長
中釜斉 同 研究所長
藤原康弘 同 企画戦略局長
藤井康弘 同 企画戦略局次長/理事長特任補佐
若尾文彦 同 がん対策情報センター長
山本精一郎 同 企画戦略局国際戦略室長
後澤乃扶子 同 企画戦略局制作室


会議はまず、堀田理事長の挨拶に始まり、「新たな抜本的がん研究戦略に向けて」と題して理事長の名でまとめられた配布資料(有識者会議に提出したのと同じもの。堀田理事長は同会議の座長でもあり、またほかに、同じく厚労省健康局下の「がん対策推進協議会」の委員でもあります)に沿って、

●今年が最終年となっている「第3次対がん10ヵ年戦略」
●年間のがん対策予算が米国は日本の100倍程度にもなる
●年齢調整罹患率は依然、上昇傾向
●がん多死社会の到来(2030年代がピーク)
⇒ライフステージ※とがんの特性に対応した医療の創出の必要性

※これまでの研究は、「予防・診断・治療・QOL」と、「基礎~臨床・公衆衛生~政策・情報」という2次元構成で考えられてきたが、そこにライフステージという第3の視点を加えた3次元構成で捉えていくことが必要、という主張


などを駆け足で確認しました。というここまでが、2時間の意見交換会の冒頭20分程度。まだ、あくまで前置きです。印象的には厚労省の検討会で事務局が読み上げる資料説明と同じ感じ・・・だったのですが、ここからが違いました。


司会の藤原氏に患者・家族側が意見を求められ、先陣を切ったのは片木氏でした。その後も次々に鋭い指摘が続きます。限られた時間内での発言のためか皆さんとても早口で、聞き取れない部分もあり完全ではありませんが、発言の概要をできるだけ書き起こしていきたいと思います(敬称略)。

●片木:
(国立がん研究センターが提案した「三次元構成の研究」は本当にこれから大事だと思うが)、このまとめがこれからのがん対策推進協議会であるとか、医薬品等制度改正検討部会等、また我々がん患者が訴えてきたこととリンクしていると思うか?

⇒堀田:
これはあくまで「研究課題」ということ。個人的にはドラッグラグ等の問題は大変重要だと思っているが、それは「対策」のほうでしっかりやっていく必要があるもの、と考えている。


●本田:
「研究のあり方」と「対策」とは確かに整理しなくてはならない部分もあるかと思うが、例えばこの資料にも「予防や革新的な診断・治療を開発していく」ととても希望を持たせるようなことが書いてある一方で、国民は心の中で、それはどれだけかかるんだろうか、とか、どれだけ払うんだろうか、とか、気になるもの。やはりがんは治療費が高額になる治療でもあり、研究と同時に、対策自体についても何かしら言及する姿勢がないと、無責任だと感じる。この資料にも整備について入れてほしい。

⇒堀田:
わかりました。


●真島:
資料に、わが国では毎年100億円くらいの研究予算が使われてだいたい30年くらいたっていることが書かれているが、これからの10年を考える時に、では過去の30年間でこういう成果が患者に還元されたんだということを、いくつか提示していただきたい。また同時に、まだこんな問題がある、ここを解決しないと、研究成果が患者さんに還元されないんだ、という課題を示してもらいたい

⇒中釜:
資料としては用意していないが、がん対策推進協議会のほうでは分野別にこの10年間の成果を具体的に整理してある。それを踏まえて、成果が十分上げられなかったものについては、これまでの第3次10ヵ年計画の延長線上、単なる基礎研究の積み重ねだけではだめだろうと考えている。例えば予防分野についても応用等は当初から強く意識されていたが、TR推進の仕組みが不十分だった。がんセンター含めたTR推進体制、センターの構築などが形として見え始めている。より協力に推進していくことになるだろう。


今回は前置きが長かったですが、ここまでにします。続きます・・・。

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コメント

すべての医学研究は患者のためにあるのです。研究のための研究、というのは医学研究ではなく生物学研究でしょう。医学研究でなくても、研究費は税金や寄付金を使うわけですから、米国では、グラント(研究費)を取得するために提出する膨大な書類に必ず「素人向けに解説するなら、自分の研究はこういうことをやっているのです」ということをわかりやすく書いた一文が求められ、「自分の研究費を払ってくれている納税者や寄付してくれている患者団体」を意識して研究することになります。
日本の医学研究にはそれが欠けており、マスメディアも、研究者の言うことを鵜呑みにした提灯記事しか書かない。研究者が勝手に予算をぶんどってやっている、という感じです。
癌研究も同じことです。癌はすでに5年生存率などの疫学データは揃っている歴史の古い死亡率の高いありふれた疾患であり、「基礎研究には現実的にどのぐらいの割合の予算を使うのが妥当か」「早期発見はどれだけQOLに結びついているのか」「進行癌で救命できないときにおだやかな最期までどうやってシームレス・ケアをつないでいくか」というのが癌患者の現実的な要求ではないのでしょうか。「治る、治る」と期待をあおるのではなく、「治らない癌をかかえている目の前の癌患者の人生を支える医学研究」がまさに求められているのではないのでしょうか。
そういう観点からみると、日本の癌検診が世界からみて非常におかしなものになっている、という「予防」の観点からまず研究を洗い直さなければならないのではないでしょうか。国立がん研究センターでは、日本で濫用されている腫瘍マーカーやPETでの癌検診をどうやめさせる(=世界標準に合わせていく)べきか、という研究からはじめてはいかがですか?日常の医療での禁煙カウンセリングさえ徹底できないで、がん予防は笑止でしょう。医師として、癌患者として、最も癌予防経済効果の大きいところからまず取り組むのが当然ではないでしょうか。
次に、患者としての覚悟ですが、癌でない人も必ず死ぬのですから、「死んでいけというのか」という態度はおやめになったほうがよいと思いますが、いかがでしょうか。「自分はもう生きられないから、二重盲検に最後まで参加することで科学的データで貢献したい」という態度が必要ではないでしょうか。癌研究のジャパンパッシングの理由の一つに、日本人の参加者は、プラセボ群に当たったと思うとすぐ脱落してしまう、というのがあると聞いたことがありますが、間違っていたらごめんなさい。
癌は、かなりの高率で死ぬ病気なのですから、緩和ケアの研究は癌研究の柱です。なぜならば癌のほとんどは治らないからです。日本人の3分の1は癌で死ぬのですから、もう癌死はふつうのことです。苦痛の大きい疾患は他にも数多くあります。余命5年以内でも、癌とAIDS以外の患者さん達はホスピスでの緩和ケアは受けられないのです。癌だからホスピスケアが受けられるのです。ですから、特権としての癌死のあり方を研究するのは当然ではないでしょうか。それが癌研究プロジェクトにほとんど盛り込まれていないというのは初めて知りました。驚きです。戦争に負けることを直視できなかった旧日本軍の考え方そっくりで、非常に残念です。
癌患者団体の内部でも、癌サバイバー、余命いくばくもない癌患者、患者家族、と、立場はさまざまだと思われます。それぞれの立場から、癌研究に物申していってください。癌研究は、癌患者のためにあるのですから。

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