文字の大きさ

ニュース〜医療の今がわかる

小林一彦・臨床医ネット代表インタビュー

――番組は、未承認薬バンザイといった趣でしたね。

 世界標準の治療を早く受けたいという患者さんの気持ちを大切にしたいのはもちろんですし、我々医師だって選択肢が広がりますから未承認薬を早く使いたいと思っているのです。ただし、未承認薬が承認されさえすればがん医療の問題が解決するなんてことは、決してありません。

 高齢になるに従ってがんの発症率は上がりますので、高齢社会でがん患者さんが急増しています。一方で1990年代から分子標的約に代表されるような新しくて高価ながん治療薬が次々に登場して、がん医療が大きな変革期を迎えていることは間違いありません。しかも、すべてのがんに治癒を約束できるわけでもないのに、告知した後どうケアするのか、とか、患者家族をどうケアするかというグリーフケアの問題とかをなおざりにして、社会が現実を直視せずに過ごしてきた結果、がん医療の現場では大混乱が生じています。

――大混乱と言いますと?

 今のがん医療の現場には納得感が決定的に不足しています。患者さんに納得してもらえなければ医師だって納得できません。患者さんが納得しない原因になっているのが、がん医療に対する過剰な期待のような気がします。20年前は「がんは治らないのが当たり前。治ったら奇跡」だったのに、最近はメディアが幻想を振りまくので「がんは治って当たり前」と勘違いしている人が多いのです。

 メディアを含め世間では、がんを一つの切り口で論じる傾向があると思うのですが、我々は治癒の可能性のあるがんと、進行再発期や終末期の治らないがんとは分けて論じるべきだと思うのです。がんは、そのステージや部位によって必要とされる医療の質がまったく異なります。また、がんの最大の原因が加齢であり、望むと望まざるとにかかわらず老後の最後には死があるわけです。完治しないがんがある、人間は必ず死ぬ、という現実を無視して議論しているから、患者さんが納得できなくなるのだと思います。

 私の専門である抗がん剤に関しても、治癒だけでなく疼痛緩和やQOL(生活の質)改善など様々な効果があるのに、社会が治癒しか評価しないので、正当に評価されなかったりバッシングを受けたりしています。現実を直視し問題の背景を認識したうえで、がん医療をどうしていくかという議論になってほしいのです。そのあたりをNHKの番組収録現場では繰り返し訴え、一部の参加者から猛反発を受けましたが、最終的には分かっていただけたと思っています。放映された番組では編集されて、こちらの真意がまったく伝わらなかったのは残念でした。

  • MRICメールマガジンby医療ガバナンス学会
loading ...
月別インデックス