和賀井敏夫・順天堂大学名誉教授インタビュー
患者さんの方に関して言えば、マスコミが医療の進歩を誇大に報じるので、病気はみな治るという誤解をしてやしないだろうかと感じます。人間は死なないと無意識に思ってしまっていて、医者のくせになぜ病気を治せないんだ、というのが常識になってしまっている。一方でメタボリックシンドロームのような病気でないリスク段階のことについて随分と気にしますね。マスコミにも少し抑えてもらわないと。丁寧に紹介するのが悪いことだとは思わないけれど、マスコミの報道やインターネットで全部分かるのなら医学部の教育なんて要らないわけで、そこの理解の仕方が難しいというのは分かっていただきたいところです。
自分が何とかという病気だと分かると、日本語から英語のものまでありとあらゆる情報を集めてしまう、そんな医学おたくが増えていますね。残念ながら咀嚼することのできない人がそれをやると、大変な勘違いをします。科学技術がどんなに進歩しても病に冒された人がいて、それを治す人がいる。祈祷師だろうが呪術師だろうが漢方医だろうが西洋医だろうが、できることはできるし、できないことはできないという基本は昔から何も変わらないと思うのですけどね。
ただ、医学界も反省しないといかんところはあると思います。日本学術会議の委員会で脳死の議論をしたことがあるのですけれど、文科系の委員から「あなた方は不老不死の研究をしているんですか」と問われるようなことがありました。「そんなことありませんよ」とは答えたものの、そう見えるのかもしれません。よほど研究の最初の段階で目的を明確にして枠をはめておかないと、科学技術は独り歩きします。代理母やクローン人間のように、実際に人間の根源に手を突っ込むようなことが無限に出てきています。我々が超音波診断を開発したときにも、胎児が生まれる前に非侵襲的に性別が分かる、それを親に知らせるべきかなんてことをマジメに学会で議論しましたが、今考えればかわいいものでしょうか。科学技術は生み出した瞬間に独り歩きします。原始爆弾なんか最たる例で、あれは自然にできたわけではなく、人間が作りだしたものだけれど、北朝鮮の問題なんか見ても世界中の頭脳が集まってもコントロールできないのですから。そうやって考えると人間は賢いのか愚かなのか分かりませんね。
――患者さんも情報武装するだけでなく、最後には医師を信頼しないとダメですね。
そういえば、『ロハス・メディカル』も内容が専門的すぎませんか。これでは一般の患者さんには難しいのではありませんか。
――そんなことはないと思っているのですが。
そうですかねえ。たとえば2年前に放送されたNHKのプロジェクトX。あれにはやられました。学術的な資料も全部出したのだけれど、だいぶ話を替えられて、単純な美談調サクセスストーリーになってしまいました。取材に協力した関係者は皆カンカンですよ。後日NHKとの懇親会の席で苦情を言ったら「先生の言うような科学的に正確な番組にしたらチャンネルを変えられちゃう。そういう正確な番組は3チャンネルで作ります」と言われて、我々のような研究者は手もなくひねられてしまいましたけどね。
実際にはその単純なサクセスストーリーが世間的には大ウケで、講演依頼が殺到しまして、果ては町内の老人会までからお呼びがかかってしまったんですよ。「プロジェクトXに出た現物の顔が見たい。超音波を受けてみたいんですが、先生のお宅へお邪魔すればよろしいですか」ってなもんで。だから『ロハス・メディカル』のような冊子が本当に患者さんに読まれているとは思えないですけどねえ。
(略歴)
1949年 新潟医科大学卒業
1965年 日本超音波医学会理事
1970年 順天堂大学教授
1975年 順天堂大学医学部超音波医学研究所施設長
1976年 世界超音波医学学術連合会長
1982年 日本超音波医学会会長
1986年 紫綬褒章受賞
1990年 順天堂大学定年退職・名誉教授
2006年 日本学士院賞受賞
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