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がん医療を拓く⑤ 転移を封じる


創薬ターゲット「アグラス」発見

 がん細胞に血小板が集まるか否かがポイントなら、「その凝集を妨げることによって、がんの転移を止められるのでは?」と考えるのは自然な発想です。
 既に血小板凝集抑制の作用を持つ薬として、ヘパリンやワーファリンなど多くの製品が存在しています。
 ただし、これらをがんの転移抑制目的に使ったとしたら、「脳出血するとか、手術の時に出血が止まらないといった深刻な副作用が起きてしまいます」(藤田部長)。
 がん細胞だけにある血小板を集める仕組み、それこそが狙うべきターゲットです。
 「がん研がん化学療法センター基礎研究部では、30年前から転移の仕組みを解明すべく研究を続けてきました」と藤田部長。
 まず最初の2年間、ひたすらマウスを使って実験を繰り返し、転移を起こしやすいがん細胞の株分けに成功しました。そして、この細胞には、転移しにくいがん細胞と比べて段違いの量の血小板が集まることを確認しました。また、この細胞を特異的に認識し血小板の凝集を妨げる抗体も作製できました。
 「このことから、転移を起こしやすいがん細胞の表面には、血小板の凝集を誘導する因子(タンパク質)があるのでは、との推定に至ったのです。ただ、そこからが長い道のりでした」

ついに正体を確認

 それからおよそ15年、藤田部長たちはその未知の因子に「アグラス」と名付けて研究を引き継ぎ、ついに正体を明らかにしました。
 「アグラスは、予想通り、がん細胞の表面にあって、血小板表面のCLEC-2と呼ばれる部分と結合し凝集を起こすタンパク質でした」(図)。
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 別の研究分野で発見されていた機能未知のタンパク質「ポドプラニン」と同じものであることも分かりました。血管の細胞表面にほとんど存在せず、腎臓内やリンパ管の中にも発現していますが、血液と接していないために血小板凝集は起こりません。
 マウスで、表面にアグラスの多いがん細胞を血管に入れると高い割合で肺に腫瘍が発生するのに対し、アグラスの少ないがん細胞の時にはほとんど腫瘍ができないこと、そしてヒトのがんの転移にアグラスが関与していることも確認しました。
 「機能と構造が分かったので特許を申請し、8年越しの昨年、ようやく取得にこぎつけました」
 特許を取っておかないと、アグラスを標的とした薬を作ろうにも、共同開発してくれる企業が現れないと言います。その後、他の研究機関とも共同で、種々の扁平上皮がんや悪性中皮腫などで、細胞表面にアグラスが過剰に存在することを明らかにしてきました。
 これは重大な話で、アグラスにくっつく薬ができると、単に血小板を寄せ付けず転移を妨害するだけでなく、がん細胞そのものを退治できる可能性もあることになります。特に、悪性中皮腫には今のところ有効な薬がありません。

転移阻害薬、過去の失敗  約20年前、世界の大手製薬各社はこぞって転移阻害薬の開発に着手しました。  ただし、当時ターゲットとして注目されていたのは、がんが分泌する「細胞外基質分解酵素(MMP)」というタンパク質でした。  体の細胞の多くは、コラーゲンなどで構成される強固な細胞外基質で支えられ、つなぎ止められています。がん細胞は、MMPを出してこの組織を突き破ることで、湿潤や転移が可能になります。そこで「MMPを阻害すれば転移を防げる」と考えたのです。  しかし実際には、MMPは体のあちこちで働いており、その阻害剤は、関節痛や筋肉痛、傷が治らない、といった深刻な副作用を引き起こしてしまいました。  この結果、大手製薬企業は一斉に転移阻害薬から手を引き、主に大学などの研究機関で細々と開発が続けられることとなりました。
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