がんと民主主義

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年04月25日 16:15

「国会がん患者と家族の会」という団体が
「がん対策推進基本計画」に関する意見交換会
参議院議員会館の第四会議室で先ほどまで開いていた。
何をするのかよく分からないまま、ちょっと傍聴に行ったら
大変感銘を受けたので、ご報告したい。


ここの所、何だか同じような写真ばかり掲載している気もするが
今回が一番ごったがえしている感じは分かっていただけるだろう。
ひな壇にいるのは国会議員たちで
立っているのが民主党の仙谷由人代議士
向かって左は尾辻秀久元厚生労働大臣
さらにその左が公明党の福島豊代議士
仙谷氏の右は家西悟参院議員
一番右には最初、民主党の江田五月参院議員が座っていたのだが
その後で自民党の鴨下一郎代議士に代わった。
ほかにも何人か国会議員が来ていたようだ。


こちら側には座席が40ほど。
左右の壁際と入り口(手前)側に立ち見が50人強。
(途中で椅子が運び込まれた)
基本的に席に座っているのは
全国から集まったがん患者会の方々と
厚生労働省の外口崇・健康局長、武田康久・がん対策推進室長。
壁際にいるのは取材の面々と国会議員の秘書たち。


この会合が一体何なのか気になっていることと思うので
(私自身、会議の途中まで分からず、気になって仕方なかった)
ちょっと長くなるが説明してしまおう。


4月に「がん対策基本法」が施行されたのは
ご存じの方も多いと思う。
この法律は超党派による議員立法だった。
ロハス・メディカルコラムで鈴木寛参議院議員も述べているのだが
がん対策基本計画に何が盛り込まれるかによって
法律が実効性のあるものになるか
単なるお題目に終わるか、大きな差が出る。


その基本計画の素案を厚生労働省が作り上げるにあたって
患者・家族、医療関係者、学識経験者で構成される
がん対策推進協議会
の意見を聴取することが法律で定められている。
その協議会が5月下旬までの間に4回開催されることになっていて
既に2回、4月5日と4月17日に開かれたらしい。


まったくフォローしていなかったことを反省しているのだが
どうも、その肝心要の協議会が
患者・家族からするとアリバイ的に開いているだけで
出来レースの片棒を担がされているように映ったようだ

1回2時間と時間の制約もあり、さもありなん。
その不満が立法の中心となった議員たちの耳に入り
厚生労働省の責任者を呼びつけての意見交換会となったようだ。
向かって最も右側の列のひな壇側に座っている5人が
患者・家族として協議会に参加している方々。
奥から順に
海辺陽子・癌と共に生きる会事務局長
三成一琅・島根県がんサロンNETWORK副代表
富樫美佐子・あけぼの会副会長
本田麻由美・読売新聞編集局社会保障部記者
埴岡健一・日経メディカル編集委員
逆に最も左側の列にいたのが
厚生労働省の責任者2人である。


という辺りまで、予備知識として頭に入れていただいたところで
どんなやりとりがあったかを追っていきたい。


人いきれでむせ返るような中
冒頭の挨拶に立ったのは、仙谷由人代議士。
「マイクが3時からしか使えない」とかで地声だったが
さすがに政治家は声が大きい(変な意味ではない。。。)。
いわく
「(自身が進行がんであると国会で明かし法成立の立役者となった)
山本孝史参院議員が1週間の化学療法期間で
国会に来られないので代わりに司会をする」とのこと。
なるほど。


この集まりの代表世話人である尾辻元厚労相の挨拶を挟んで
武田・がん対策推進室長が
「過去2回の協議会の経過を説明するように」と促され立つ。
資料が配られたのだが残念ながら入手できず
声もよく聞き取れずで、今いち内容は分からなかった。
だが
「残る2回の協議会は5月7日に4時間、5月18日に4時間という
 長丁場の議論の場を設定した。
 5月末までの間に枠にとらわれず議論していただく」
ということを非常に強調していたので
おそらくそこが肝だったのだろうと勝手に理解した。


これに対して患者の立場で協議会に参加している方々が
順々に意見を述べた。
まず海辺さん。
先ほど説明したようにマイクがないので
ほとんど聞き取れなかった。
分かったのは
「基本法というものが、どういうものか
 国民によく知られていないのでないか。
 協議会は何を目指しているのか。
 幹が太く枝葉が茂るような基本計画にしたいと思っている。
 もっと議論の時間がほしい」


続いて三成さん。
「地域の医療格差が是正されるのか
 それが担保される基本計画でなければならない」
私自身がこの段階では事情を飲み込めていなかったので
1年前と要望していることが変わっていないな
程度にしか受け取れなかった。
そもそも患者として入っていると言っても
メンバーの人選をするのは厚生労働省で
落とし所も決まっているのだろうから
暖簾に腕押しにされて歯がゆがっているんだろう
そんな風にしか受け取っていなかった。


マイクが使えるようになって富樫さん。
ここまで来て
おや?今までと違うぞ、と思うようになった。
「意見交換会、協議会、回を重ねて
 とても泣きたい気持ちになる。
 ドクター、国、患者それぞれ
 それぞれの主義主張がとても強くなっている。
 もっと寄り添ったすばらしい内容にしたい」


本田さんは
「がん対策基本法をつくったときの趣旨を
 もう一度思い出してほしい。
 がんにならないようにする対策ももちろん必要だろうけれども
 それでもがんになってしまう人は出る。
 がんになっても安心して地域で治療を受け生活できる
 そこが目的だったはず。
 そのための方策というのは一省庁だけではできないのだとは思うが
 最初から議論を避けて通るのは違うと思う」
そこを避けているのか?
健康局だけに予防重視。。。か?


患者代表たちの述べていることが
以前とハッキリ変わったと認識したのは
最後の埴岡さんの話でである。
「今、この会場に敵が潜んでいる」と
いきなり言うので大変驚いた。
「敵は僕たち一人ひとりの心の中にある。
 法律を作った人に感謝しただろうか
 徹夜でプランを作った役所の人に感謝しただろうか
 僕らはできることをしてきただろうか。
 今まで、僕たち患者は
 厚生労働省を敵のように責め立てるだけではなかったろうか。
 でも本当は厚生労働省は目的を共有する味方なのであって
 僕ら自身も厚生労働省と同じベクトルになって
 財務省などとの交渉を後ろから支えるべきなのでなかろうか」
ロハス・メディカル4月号で養老孟司先生が
「日本は自立して自律する市民を作ってこなかった」と述べたが
これこそ責任ある市民の発言だ、と鳥肌が立った。


海辺さんが話を引き継ぐ。
「今まで、がん対策が進んで来なかった責任は
 私たちがん患者会にもあると思う。
 それぞれの思いが強すぎて一つにまとまれず
 時間を浪費し、その間に多くの仲間を失った。
 個々の要望を言うだけでなく利害を超えて集結したい。
 こう考えて全国20の団体の意見をまとめてある」
まさに驚いたとしか言いようがない。
こんな素晴らしい会合に偶然立ち会えるとは!!


尾辻元厚労省が引き取って
「厚生労働省に感想を聞きたいのだけれど
 その前に患者の皆さんに確認を。
 協議会で十分な議論が行われるのか心配していた。
 先ほどの事務局の説明では
 スケジュールに工夫の跡がみられる。
 これでよいだろうか」と患者代表たちに語りかける。


本田記者が受けて
「非常にタイトなスケジュールの中
 お忙しい方々の時間を割いていただいたことに感謝している。
 十分かといえばキリがないけれども
 運営の仕方次第で意味のある議論はできると思う」


この段階で、ようやく「4時間」に大変な意味があったことに気づく。

 
外口局長が非常に朗らか(そう感じた)な口調で答える。
「流れは良い方向に進んでいると思う。
 目的は一緒なのだから、あとはいかにうまく進めていくか。
 基本計画を作るのが最終目標ではなく、その先がある。
 基本計画は協議会で話したから終わりではなく
 閣議決定を受けなければならないので
 国民全体の理解を得るものにしなければならないし
 地方で実現できるものにしなければならない。
 その意味で急遽、国民の意見も募集することにしたのは
 国民全体の支持を得るために
 18人の協議会メンバーのコンセンサスだけでは弱いと考えたから」


国民の意見を募集することにしていたらしい。
知らなかった。
不勉強を棚に上げて言わせてもらえば
霞ヶ関はこの手の「意見の窓口は開いておいた」という
『手続きだけ民主主義』が多すぎる。
がん患者さんたちも、よほどキッチリ動きを追いかけていた人でなければ
知らないのでないか。


鴨下代議士が、マイクを取った。
「がん対策推進法の最終段階で協議会に患者さんが参加することについて
 かなり真剣に悩んだ。
 うまく廻るんだろうかと心配していたのだが
 それぞれの方が責任を感じて参加していることに感銘を受けた。
 頼む側ではなく作り上げる側になっている。
 局長は、自分たちで作るような口ぶりだったが
 皆さんが主体になって責任を担ってほしい」


福島代議士が続く。
「当事者の意見を医療政策に取り入れる初めての取り組みだった。
 日程がタイトなのは申し訳ないが
 いいことを決めても予算がつかないと意味がない。
 夏には概算要求しないといけないから。
 それから、この議論は予算編成全体にもかかわってくる。
 先ほどから声の上がっている
 医療提供の地域格差の問題は
 日本の医療の在り方全体にぶち当たるので
 健康局の立場では、どこまで責任取れるかというのはあると思う」


政治家と官僚と庶民とが
ここまで本音で平たく話した場というのは
過去にもあまり例がないのでないか。
こんな興奮を覚えているとき仙谷代議士が
その他の方がたに何か言いたいことはないかと問い
そして4つの患者会の代表が話したのだが
これが見事なまでに今までと同じ
「これをしてほしい、あれをしてほしい」。。。


これに対して埴岡さんが
「我々5人がお互いに話しているのは責任が取れるだろうかということ。
 5年後に不作為の罪に問われるんじゃないかとすら思っている。
 今までの議論は患者側が汗をかいていないし偏っているんじゃないか」
と受けて立っているのを見ながらも
やっぱり変わらないんだなと、少しガッカリしていた。
でもすぐに「当然だ」と思い至った。
協議会に入った5人は自ら議論を動かせる立場になったからこそ
その責任も感じ自律するようになったのであって
かつては5人も似たようなことをしていたはずだ。
「自己主張しかしないから患者には任せられない」のでなく
「任せないから患者は要求ばかり言う」のではないだろうか。
その意味では裁判員制度なんかも
やってみれば案ずるより産むが易しなのかもしれない。

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コメント

埴岡さんの発言には鳥肌が立ちました。

本田麻由美記者の「がんと私」という体験記事(現在70回目)を最初からスクラップしており、最新が『基本計画は患者のために』議論が発熱した17日の様子でした。

川口さんの詳細な描写で、理解が深まりました。

協議会を傍聴するのも手続きなどがある上、長時間の内容を、記録されて簡潔明瞭にまとめられるのは、ものすごく大変なことだと敬服しております。
(これだけがお仕事ではないのに、そのパワーに圧倒されます)

この協議会だけではなく、議論を動かせる立場にある方、ジャーナリズムを主導する方は、自らを主張する術を持たない大部分の味方になる自律をと、切に望みます。

山本孝史事務所の東と申します。訂正のお願いです。
本文中の「山本孝司」を「山本孝史」に訂正してください。「たかし」でも良いです。どうぞよろしくお願い致します。

>東様
その節は大変お世話になり、ありがとうございました。
また、この度は不注意により、大変ご迷惑をおかけいたしました。
ただちに訂正いたしました。
深くお詫び申し上げます。

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