福島県立大野病院事件第六回公判(1)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年07月20日 23:19

帰りの東北新幹線のダイヤが乱れたりして
事務作業を片付けているうちに
少々作業着手が遅くなったが、ご報告する。


いつものように逐語再現は
周産期医療の崩壊を食い止める会
やがて掲載されるので
そちらを御覧いただきたい。


本日は検察側の医学鑑定書を書いた
田中憲一・新潟大医学部産科婦人科学教室教授の証人尋問。
6回目にして初めて検察側の描くストーリーに
はまるピースが出てきた。
一般人からすると文句のつけようのない鑑定人に見え
これを覆すのは容易でないように思えるが
しかし果たして
実際のところ鑑定書を書くにふさわしい人物だったのか
という点は後ほど弁護側が指摘する。


この日は、地裁が改装中とかで
いつもの1号法廷が使えず、隣の2号法廷を使うとのこと。
隣とはいえ、かなり狭くなった。
傍聴席から手を伸ばせば被告の背中に届く距離だ。
おまけに傍聴席が少ない!
長椅子にビニールテープを張って4分割したものが3×3。
関係者席や記者席を除くと、たったの15。
次回の加藤医師本人の尋問まで2号法廷とのことだ。
ハッキリ言って検察側証人のうち二大ヤマ場と思うのだが
何とも間が悪い。


それはともかく田中教授の尋問の報告に移ろう。
紺のスーツ姿で伏し目がちに登場した田中教授は
身長こそ170センチあるかどうかに見えるが
学生時代は柔道でもしていたのだろうかという
ずんぐりガッチリした体格。
普段はきっと声が大きいに違いないと思った。
だが尋問に対する答えは、か細く
速記者から「先生もう少し大きい声で話していただけますか」
と注文をつけられていた。


ともかく肝と思われる部分を再現していこう。
尋問するのは
途中から加わって毎回ソフトにポイントを重ねている検事。

 検事  産科婦人科には専門分野が4つあるそうですね。
 田中教授  はい。
 検事  4つとは何ですか。
 田中教授  周産期、腫瘍、生殖、婦人科内分泌です。
 検事  証人のご専門は何ですか。
 田中教授  腫瘍です。

(中略)

 検事  証人は本件以外にも医療事件の鑑定書を書いたことはありますか。
 田中教授  あります。
 検事  本件を除いて何件ですか。
 田中教授  7件です。
 検事  すべて産科婦人科の分野ですか。
 田中教授  はい。
 検事  腫瘍以外の分野について鑑定したことはありますか。
 田中教授  異なるものもあります。
 検事  それは何件ですか。
 田中教授  6件です。
 検事  腫瘍は1件のみということですか。
 田中教授  そうです。

皆さんは、医療訴訟の検察側鑑定書が専門外の人によって
書かれていることが多いとご存じだったろうか。
私は知らなかったので非常に驚いた。
たしかに誰が何を専門にしているか
外部から調べるのは骨が折れるし
適任の人が必ずしも引き受けてくれると限らないから
仕方ない面もあるとは思うが
しかし当事者の立場になってみると納得いかない。

 検事  本件は福島県警から鑑定の依頼を受けましたね。
 田中教授  はい。
 検事  どのような経緯で依頼を受けたのですか。
 田中教授  警察署の刑事さんが来て依頼されました。
 検事  証人に依頼する理由を何か言っていましたか。
 田中教授  私が過去に行った鑑定の鑑定書が立派だったことと、困っているからというようなことを言いました。

(中略)

 検事  何に関しての鑑定をほしいとのことでしたか。
 田中教授  帝王切開で亡くなった妊婦さんの死因についてとのことでした。
 検事  どう対応しましたか。
 田中教授  周産期は専門でないので、一般的な産婦人科専門医としての知識でしか鑑定できないけれど、それでよろしいかと尋ねました。
 検事  警察は何と言いましたか。
 田中教授  お願いしますと言われました。

前回の証人だった病理鑑定書を書いたS講師と同様
自らの鑑定が何を引き起こすか
予感すらしなかったのに違いない。

この後、一般論としての癒着胎盤の説明や用手剥離の方法
胎盤剥離と子宮収縮の関係
剥離困難な場合にどうするべきかなどが尋問された。
そして田中教授自身が若手医局員だった時代に
新潟大病院で手術助手として経験した癒着胎盤症例の話を経て
いよいよ検察側の有罪立証のピースにはまる部分へと入る。

 検事  癒着胎盤に関して近年何か傾向がありますか。
 田中教授  増えているようです。
 検事  理由は何ですか。
 田中教授  わが国で帝王切開が増えていることによると思います。
 検事  なぜ帝王切開が増えると癒着胎盤が増えるのですか。
 田中教授  最初の帝王切開の傷痕に次回以降の出産の際に胎盤が付着するからです。
 検事  前置胎盤の場合はどうですか。
 田中教授  ?(メモ不完全)。
 検事  前回帝王切開だと癒着胎盤の確率は上がりますか。
 田中教授  そうだと思います。
 検事  前置胎盤だと癒着の確率はどうですか。
 田中教授  前置胎盤の場合にも増えるのではないかと思います。

(略)

 検事  前回帝王切開で前置胎盤だと、癒着の確率が上がるということはありますか。
 田中教授  あります。
 検事  どの程度の確率ですか。
 田中教授  文献によって違いますが3〜25%と言われています。
 検事  事前に検査で診断することは可能ですか。
 田中教授  ある程度は可能だと思います。
 検事  どのように検査しますか。
 田中教授  超音波診断かMRIを用います。

(中略)

 検事  本件で癒着胎盤を疑わせる所見はありませんでしたか。
 田中教授  ありました。

過失致死罪が成立するには
予見できた可能性、回避できた可能性がなければならない。
これまで検察側は証人尋問の誰からも
このピースを出すことができていないと思う。

 検事  どこにありましたか。
 田中教授  12月3日と6日のエコー写真には、癒着胎盤を疑ってもいいと思われました。
 検事  その他の資料には癒着を疑わせるものはありましたか。
 田中教授  ありませんでした。

しばらくエコー写真のどこに疑念があったかのやりとりがあり

 検事  加藤医師はどのようにすべきであったと思いますか。
 田中教授  MRIを撮っても良かったのでないかと思います。
 検事  妊婦に対してMRIは悪影響を与えますか。
 田中教授  この週数であれば基本的にないと思います。
 検事  12月17日に帝王切開をしているのですが、検査で他に分かる方法はなかったでしょうか。
 田中教授  この患者さんは前置胎盤ということになっているのですが、前置胎盤というのは分娩直前に診断を行うことになっているので、帝王切開直前にもう一度検査をする方が良かったと思います。

加藤医師が手段を尽くさなかったということになる。
だが、この点こそ『医療崩壊』との関連で
実に本質的なものを含んでいるので後ほど改めて考察する。
この後、尋問は本件の胎盤剥離に関してへと移る。

 検事  被告人はどんな処置が必要だったと思われますか。
 田中教授  質問の意味が分かりません。
 検事  児娩出後に胎盤の用手剥離を行ったが、それが困難になってきたときにどうするべきだったと思いますか。
 田中教授  それは分からないですね。そのことだけでは何とも言いようがありません。
 検事  この用手剥離の途中で剥離が困難・不可能になってきたときに剥離を続けるべきでしょうか。
 田中教授  それは加藤先生がやっておられて困難・不可能と判断されたのであれば、剥離をやめて子宮摘出に移るべきだったと思います。
 検事  それはどのような状態から判断できますか。
 田中教授  どれ位癒着が残っているかも判断材料になると思います。

(中略)

 検事  本件で胎盤剥離を途中でやめて子宮摘出に移行できたと思いますか。
 田中教授  それは分かりません。

(中略)

 検事  この時点で子宮摘出へ移行が可能だったと思われますか。
 田中教授  どの時点ですか。
 検事  剥離が困難・不可能になった時点です。
 田中教授  それはどこか分かりませんよね。
 検事  (加藤医師の)供述調書を前提にすると
 田中教授  その前後であれば子宮摘出は可能だったと思います。
 検事  その時点で子宮摘出していれば救命の可能性はありましたか。
 田中教授  可能性はあったと思います。

このやりとりにより
回避可能性もあったと証言されたことになる。

 検事  実際には、胎盤剥離後に子宮剥離をしたのは、ご存じですか。
 田中教授  はい。
 検事  子宮摘出の時期は適切だったと思いますか。
 田中教授  私はちょっと遅かったのでないかと思っています。胎盤剥離後、出血をコントロールできないと思った時点で、直ちに子宮摘出へ移るべきだったと思います。

(以下略)

このように検察が大きくポイントを取って
午前中の主尋問が終わった。
昼食休憩を挟み
弁護側がどう盛り返したかは稿を改めることにする。

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コメント

川口さん、お疲れ様でした。
新幹線の遅れがあったとのことで大変でしたね。

それにしても、この短時間でポイントを押さえた記事、いつもながら感心してしまいます。

上の記事の中の「メモ不完全」と言う部分について、私のメモでは次のようになっておりましたので補足いたします。

検事:前置胎盤で癒着胎盤の発生頻度はどうなるか?
証人:脱落膜のない頚管の部分に胎盤がかかるので(以後記載はないが、文脈からは、「頻度は増える」という内容のことを答えたと思われる)

>kaeru先生
お疲れさまでした。
また補足どうもありがとうございます。

今回の尋問は
すべて意味のあるものだったと思うので
本当はもっと大量に再現した方がよいと思うのですが
そこは皆様にお任せして
当方は早めのご報告を心がけます。

いつも適切なご報告、ご意見ありがとうございます。

通常の医療行為をして、不幸にも患者さんが亡くなられた。患者さん、ご遺族には深くお悔やみ申し上げます。
ただ、なぜこれで、刑事罰を受けなくてはいけないか、われわれ医療人が一番疑問に思う点です。
民事なら、まだ、わかります。

富岡警察署を表彰した綿貫茂県警本部長は、すでに東京(警察庁科学警察研究所副所長・法科学研修所長事務取扱)に異動しております。
一人の未来ある産科医師と、福島県の産科医療を崩壊させてしまいました。

本件の完全勝訴をお祈りし、二度とこのような裁判が行われないよう、救急医療に携わる医師の免責を確立して欲しいと思っております。

今後とも楽しみにしております。

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