福島県立大野病院事件第六回公判(2)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年07月21日 09:59

午後1時半に弁護側反対尋問で公判再開。
尋問するのは平岩代表弁護人。
いつも朗々と美声で尋問する。
対する田中教授、午前より一層声が小さくなる。


 弁護人  ご専門は婦人科腫瘍ですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  主として婦人科腫瘍の診療に携わってきたのですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  帝王切開、全前置胎盤、癒着胎盤、すべて周産期の領域ですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  依頼されて本件について鑑定書を書いたのですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  周産期は専門外だと思いますが、専門外のことについて、なぜ鑑定書を書いたのですか。
 田中教授  警察に依頼されたからです。
 弁護人  周産期専門の先生に頼むべきでないか、とは言わなかったのですか。
 田中教授  そのようなことは申しませんでした。
 弁護人  一般の産婦人科専門医としての知識で鑑定書を書くと伝えたとおっしゃいましたね。
 田中教授  はい。
 弁護人  日本産科婦人科学会には平成16年当時、会員数にして約1万6千人の会員がいませんでしたか。
 田中教授  定かではありませんが、そうだと思います。
 弁護人  産婦人科専門医は全国に1万2千人いたのではありませんか。
 田中教授  定かではありませんが、そうだと思います。
 弁護人  被告人の加藤医師も産婦人科専門医であることはご存じですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  産科婦人科領域で5年の臨床経験があれば専門を問わずほとんど産婦人科専門医になれるのではありませんか。
 田中教授  はい。
 弁護人  最高裁判所の医事関係訴訟委員会から日本産科婦人科学会が依頼されて鑑定人候補を推薦するために鑑定人リストを作っていて200数十人のリストがあるのをご存じですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  そのリストに載っているのは、教授、准教授、院長といった専門分野ごとの第一人者ではありませんか。
 田中教授  そうだと思います(少し声が裏返る)。
 弁護人  証人ご自身も婦人科腫瘍分野で鑑定人リストに載っていませんか。
 田中教授  昨年までなっていました。
 弁護人  本件の場合、周産期分野ご専門の方が鑑定するべきではありませんでしたか。
 田中教授  はい。
 弁護人  警察官はこのことについて何も言わなかったのですか。
 田中教授  特に何も言いませんでした。
 弁護人  証人が周産期分野で信頼をおく方はどなたですか。
 田中教授  名前を挙げるのですか。
 弁護人  はい。
 田中教授  東北大学の岡村先生、福島県立医大の佐藤先生、北里大の海野先生、昭和大の岡井先生、宮崎大の池ノ上先生、それから名誉教授になってしまいますが大阪大の村田先生と九州大の中野先生です。
 弁護人  本件はそのような方たちが鑑定書を書くべきだったと思いませんか。
 田中教授  思います。
 弁護人  今お名前の出た岡村先生と池ノ上先生については弁護側の依頼で鑑定書を書いていることをご存じですか。
 田中教授  知りません。
 弁護人  今回の鑑定をおやりになったのは刑事上の責任を問うことを考えてですか。
 田中教授  私は医学上、安全な診療をするにはどうしたらよいかという観点で行いました。

田中教授が鑑定書を書くにふさわしかったかどうかは
もはや裁判所の判断に委ねるしかない。
ただ
厚生労働省が現在行っている死因究明の検討委員会でも
樋口委員(東大教授)から問題提起されていることだが
何を目的にするかによって「真相」は異なる。
刑事事件の証拠とするなら
「疑わしきは罰せずで謙抑的でないといけない」
再発防止をめざすなら
「その時点では専門家の判断として仕方なかったかもしれないが
数か月とか年とか経って考えれば
こういう選択肢があったのでないか
今考えれば本当はこちらだろう、そういうことまで考えたうえ」
なのである。
田中教授は明らかに後者の観点から鑑定しているのに
前者である刑事司法の場で証拠とされてしまっている。
一般の医療者にとっては
こんなTPOの使い分けなど思いもよらないだろうし
もし使い分けたとすると今度は患者・家族から
「二枚舌」と不信感を招くに違いない。
この問題は、この訴訟とは別に皆で考えないといけない。

この後しばらく証人が若手医局員時代に
新潟大病院で経験した癒着胎盤症例に関する尋問が続き
そして、ここからは田中教授がどの程度
身を入れて鑑定したかを問う尋問に入っていく。

 弁護人  鑑定を依頼された時点で病院の事故調査報告書が出ていましたね。
 田中教授  はい。
 弁護人  それに依拠すればよいとは考えませんでしたか。
 田中教授  参考にはなると思いました。
 弁護人  児娩出から胎盤剥離終了までに5000ミリリットルの出血があったと鑑定書に書いてありますが、記憶にございますか。
 田中教授  はい。
 弁護人  これは羊水込みですね。
 田中教授  だと思います。
 弁護人  事故調査報告書にも5000ミリリットルの出血があったと記載があります。これはご記憶にありますか。
 田中教授  あります。
 弁護人  では最も客観的な原資料の麻酔チャートではどうなっているか。麻酔チャートを示します。2555と記載されているのはお分かりですね。
 田中教授  はい。
 弁護人  このような原資料でなく調査報告書に依拠した理由は何ですか。
 田中教授  カルテにも5000ccと書いてありました。
 弁護人  患者の全身状態をリアルタイムで最も正確に記載してあるはずの麻酔チャートに依拠しなかった理由は何ですか。
 田中教授  麻酔チャート自身には胎盤剥離終了時の正確な血液量は書いてなかったと思います。10分後くらいに7500と書いてあるので、胎盤娩出の時には5000ccくらいだと判断しました。

(中略)

 弁護人  エコー検査というのは、同じ場所でもプローベ(探触子)を当てる角度や強度によって見え方が変わるものではありませんか。
 田中教授  そうです。
 弁護人  術者がその変化を継続的に見ながら総合的に判断するものではありませんか。
 田中教授  そうです。
 弁護人  エコーの写真というのは検査のごく一部に過ぎないのではありませんか。
 田中教授  そうです。
 弁護人  12月3日の写真に癒着胎盤を疑わせる所見があるとおっしゃいましたね。
 田中教授  疑ってもよいということです。
 弁護人  このような(田中教授が論拠とした)血流はごく一般的に見られるものではありませんか。
 田中教授  見られることもあります。
 弁護人  ならばどうして癒着を疑うことができるのですか。
 田中教授  前回帝王切開で全前置胎盤ですから癒着の確率が高いです。

(中略)

 弁護人  (田中教授自身が実際には)癒着胎盤のエコーを一度も見たことがないのに、どうしてその判断に誤りがないと言えるのですか。
 田中教授  私の判断が必ず正しいとは思っておりません。ただ診療はしておりませんけれど、日常的に疑って検査しなさいと若い人に申しております。
 弁護人  12月6日のエコー写真でも、やはり癒着を疑うべきですか。
 田中教授  そうではなく12月3日のエコーと併せて、疑ってもよいということです。

(中略)

 田中教授  この血流がどういうものか同定するのが目的ではなく、種々の所見があれば疑ってもよいということです。

この方法論は医学的には全く正しいのだと思う。
しかし社会制度としての医療の方法論としてはどうか。
疑わしいことを常に100%潰していったら
医療費がいくらあっても足りない。
どこかで専門家が自己の責任で線を引かざるを得ない。
そして、その線引きをストイックに引き受けてくれている
医療者がいたからこそ
奇跡的に日本の安い医療は維持されてきたのだと思う。
田中教授は「疑ってもよい」と証言するが
後からなら何とでも言えるし
加藤医師が線引きするためかけた労力以上に
鑑定に労力をかけただろうか。
結果論的に刑事で裁けば、線を引く専門家がいなくなる。
それこそ医療崩壊でないか?

(中略)

 弁護人  鑑定書で、子宮前壁に癒着があったことは明らかであると書かれていますがご記憶はありますか。
 田中教授  はい。
 弁護人  病理のS博士の鑑定書を前提にしたのではありませんか。
 田中教授   参考にはしました。

ここから前回袋叩きに遭ったS鑑定を
田中教授がどこまで参考にしたか明らかにさせ
ついでに田中教授の鑑定書の信ぴょう性も疑わせようとの
尋問が繰り返されたが
検察・弁護どちらにも、あまり得るところはなかったと思う。
そして

 弁護人  剥離が困難なほど胎盤が癒着しているかどうかというのは、施術中にはなかなか判定できないものではありませんか。
 田中教授  そうでしょう。
 弁護人  であれば、それは術者の判断に委ねられているのが、臨床の現場ではありませんか。
 田中教授  そうです。
 弁護人  「剥離を中断して子宮摘出にうつるべきとされている」という表現が鑑定書にありますが、これは文献からの引用ですか。
 田中教授  文献を参考にした私の文章です。
 弁護人  「止血操作するとされている」とありますが、その際に胎盤剥離を中断すべきですか。
 田中教授  ケース・バイ・ケースだと思います。
 弁護人  ケース・バイ・ケースの判断は誰が下すのですか。
 田中教授  術者だと思います。
 弁護人  本件でいえば加藤医師ですか。
 田中教授  そうです。

この後、クーパー使用の是非について少しやりとりがあり
それから死因につながったと見なされている大量出血が
胎盤剥離によってもたらされたのでなく
羊水塞栓に起因する産科DIC
(血液凝固因子が失われ出血が止まらなくなる)
の症状として現れたに過ぎないのでは、という
弁護側の見立ての尋問も行われたが
田中教授はこれには取り合なかった。

そして弁護側による蜂の一刺し。
 弁護人  証人の証言は基本的に医学文献に基づくものですね。
 田中教授   そうです。
文献を調べてもらうだけなら
大学教授に鑑定を頼む意味があるのか?
個人的には、ここがこの日のハイライトだった。

15分の休憩を挟み、反対尋問の続きが少しあって
検察側の再主尋問である。

 検事  産科婦人科についての鑑定をする際、専門性はどの程度必要でしょうか。
 田中教授  案件によると思います。
 検事  案件によると言いますと。
 田中教授  質問内容によると思います。
 検事  具体的にはどのようなことでしょうか。
 田中教授  私の知識とかけ離れた専門性ならお受けできないと言います。
 検事  かけ離れるとは、たとえばどういうことですか。
 田中教授  たとえば新生児のことなどは分かりません。
 検事  高度な専門性を必要とすること、ということでしょうか。
 田中教授  そうです。
 検事  今まで鑑定された7件について専門性はどのように判断されたのですか。
 田中教授  一般的な産婦人科のことと判断しました。
 検事  実際にやってみて専門性が必要になったことはありませんか。
 田中教授  引き受けてみてから、これは無理だというのが一件ありました。
 検事  その際は結論として鑑定書を出さなかったわけでしょうか。
 田中教授  そうです。
 検事  本件の場合はどうですか。
 田中教授   一般的な癒着胎盤のことでしたし、立派な調査報告書もありましたので、それを参考にすれば鑑定できると思いました。
 検事  やってみてどうでしたか。
 田中教授  一般的な産婦人科医であれば答えられることでした。
 検事  調査報告書の結論を引き写しましたか。
 田中教授   参考にはしましたが、引き写したわけではありません。
 検事  証人ご自身ですべて書かれたわけですね。
 田中教授  そういう部分もありますし、調査報告書を活用・参考にした部分もあります。

この辺をどう解釈するかは個人の自由だと思う。

 検事  エコー写真から癒着を疑ってもよいとい判断をしたのは何を根拠にしたのですか。 
 田中教授  種々の論文があります。
 検事  それらをご覧になった。
 田中教授  はい。
 検事  参考にもした。
 田中教授  はい。
 検事  エコーの判断はご自分だけでされましたか。
 田中教授  勤務している施設の専門医に相談しました。

(後略)

ついで弁護側の再反対尋問。

 弁護人  エコー検査というのは動画ではありませんか。
 田中教授  そうです。
 弁護人  エコー写真というのは、いわば一時停止の状態を写真に撮ったものですね。
 田中教授  そうです。

(後略)

この日の尋問だけ取り出しても検察がポイントを上げていると思う。
そのうえ、この後さらに大きなポイントが検察に入る。
田中教授が鑑定書を真正に作成されたものであると認めたことにより
この日の証言以上に加藤医師の過失を強く印象づけるような
その鑑定書が証拠採用されたのだ。
刑事訴訟法上は止めようのないことではあるが
これによって検察の描くストーリーは維持された。
なるほどこれがあったから公判を取り下げなかったのだな
と思った。

どうやら、この裁判まだまだ長引きそうである。

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いつもながらに亀のリンクですが、大野病院事件第六回公判のリンクです。 ロハスメディカル http://lohasmedical.jp/blog/20... 続きを読む

コメント

川口さん、いい仕事されていますね。第1回、2回と読ませて頂きました。>疑わしいことを常に100%潰していったら医療費がいくらあっても足りない。どこかで専門家が自己の責任で線を引かざるを得ない。そして、その線引きをストイックに引き受けてくれてい
医療者がいたからこそ奇跡的に日本の安い医療は維持されてきたのだと思う。<
正にその通りです。
専門外の教授が鑑定書を書いていたとはお粗末です。その後この事件が日本の産婦人科界にどれだけの影響を与えたかを考えれば。私はこういう記事を書けるマスコミの方がいらっしゃると分かり、嬉しく思います。

証拠として採用されるということは、この公判のやりとりよりも、鑑定書の方が裁判官の判断材料になるということなのでしょうか。

Evidence-Based Medicine の発想、
1.臨床上の情報を必要とする問題を回答可能な質問に変える。(患者の問題の定式化)
2.その質問に答えるために最とも効率的な方法で、理学所見や臨床検査、文献、その他の情報源のいずれかより最良の根拠(evidence)を追求する。(能率的で質の高い情報収集)
3.妥当性(真実への近似)や有用性(臨床的応用性)という点でその根拠を批判的に検証評価する。(情報の批判的検証評価)
4.この評価の結果をわれわれの臨床的専門技量と統合し、実地臨床にその結果を応用する。(情報の患者への適用)
5.自分たちの実行したことを事後評価する。(研究課題の抽出)
からも、1、2の段階でとまったものであり臨床をよくしらない学生レポートの域にとどまっている感があります。到底、実地の医療に沿うものではありません。弁護士さんはそこをあぶり出したとおもいます。

Evidence をあつめたところで、その患者さんの要求やその施設がおかれている状況で最良の医療というのは変化してしかるべきだと思います。この先生の鑑定書に基づいて判断されるということは、大きな目でみれば、助産院、少数の産科医でおこなわれる分娩の否定、あるいは、患者さんの要求を組み入れての医療の否定になってしまうと思います。

根本的に、一回も癒着胎盤を診た事もないし。
腫瘍専門で、ほとんどお産もした事がない人に鑑定を頼んでも良い。
って事自体が間違いだと思います。

医療の専門性、というのを裁判官がどこまでわかっているのか、って事が心配です。

今回の裁判をみていると、刑事裁判において、鑑定書を書くに相応しい鑑定医の選定とその鑑定の際の姿勢について、もっと医学会全体で議論する必要があると考えます。田中教授のように、純粋に学問的な厳しい判断を刑事司法の場に、そのまま持ち込むというやり方は、やはり、なじまないと考えます。刑事裁判においては、その医療行為が本当に、刑事罰に値する行為なのかという冷静な判断からの謙抑的な鑑定が必要と思います。

>皆様、コメントありがとうございます。

今回は
周産期医療の崩壊をくいとめる会の
傍聴録が本日中にアップされるようです。
私の記録が拙く
正確に伝わっていない部分もあるかと思いますので
ぜひ逐語傍聴録もご覧ください。

毎回、精力的にレポートされ敬服しております。医療崩壊の防波堤足らんことの努力に感謝いたしております。
少し以前から、新潟大学の産婦人科教室のホームページが大幅に変更になり、田中教授の顔写真も削除されていますね。鑑定なんて大変な重責だと思いますが、今後、弁護側からの周産期の専門家からの反論もあるわけで、この教授の引き受けた真意が図りかねます。

>冬木良二先生
コメントありがとうございます。
何と書いたらよいか分からないのですが
田中先生も
こんなことになるとは思わなかったのでしょう。

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