問題意識を改めて共有したいので。

投稿者: | 投稿日時: 2009年06月06日 17:25

以前も何度かにわたって書かせていただきましたが、今年3月に、京都府医師会主催で「今の医療、こんなんで委員会」シンポジウムが開かれました。テーマは「妊婦のエチケット
医師のマナー」というものでした。


それについての正式な報告が京都府医師会のホームページにアップされたと教えていただき、さっそく訪れてみました。

以前に教えていただいた内容にほぼ重なりますが、今回、再び振り返ると、このシンポジウムがやはり大変興味深いものであったことがわかります。報告を読むだけで、産科とそれをとりまく医療の歩みや論点を、わかりやすい言葉で振り返ることができるのです。


そこで改めて、この報告から、なるほどと思った部分、共感した部分、いろいろな立場の多くの人と共有すべきと思えた部分を、抜粋してご紹介させていただきます。以前ご紹介したのとずいぶん重なりますが、世間の目がだいぶインフルエンザに傾いている今も、産科医療の状況はほとんど改善されていないことを思うと、こうして折に触れて思い起こしておくことも大事と考えます。ちょっと長くなりますが、ぜひおつき合いください。


●余語 真夫氏(同志社大学心理学部教授)

【日本の医療水準は世界のトップクラスであり、世界で最も安全にお産ができる国だ。その医療を享受できる日本人は幸せでもあるが不幸でもある。不幸の原因として、現在の高い医療水準を「当たり前のこと」とする認識が広く浸透してしまっていることがあげられ、病気は必ず治る、赤ちゃんは無事産まれるなどの「安全神話」と言われる思い込みが形成されている。実際には世界のトップクラスといえども、医療を含むあらゆる科学技術においても「ゼロリスク」はあり得ないが、その認識が社会全般には広がらない。】

【いつの頃からか「医療=サービス産業」というあり方になっている部分もある。患者をお客さんとみなし、お客さんだから最高のサービスを提供する。患者を「患者様」と呼ぶのがその最たるものだが違和感を感じる。】

【医療は(中略)、不確実性というリスクを多大にはらんでいる。したがって受診者は医師を「信頼」するしかない。「信頼」というものは、完璧な世界にその概念はない。医療に「信頼」が欠かせないのは、医療が不完全で不安定なものだからである。過去から「信頼」によって医療が形成されてきたが、医療だけでなく社会全体にも言えることであるが、医療崩壊が起こっているのは人間関係のあり方に変化が起こっているからと思われる。】

【医師は患者や家族が、医師に何を期待しているのかを把握し、その期待が自分の提供できることと乖離しているならば患者の期待を実現可能な期待に修正し、診断・治療を実施するべきである。「任せなさい」という言葉は、後で「期待はずれ」という言葉に変わってしまう。期待に沿わない結果が生じると「信頼を裏切られた」「やぶ医者だ」「不誠実だ」という非難を浴びせられることもある。医師や医療機関は「信頼される医療」を掲げているが、「私のことを信頼してください」という発言は言えば言うほど無意味である。】


●産科医師(第二足立病院院長 大坪一夫氏)

【とにかく医師が足りない。決して悪いことではないが女性の医師が増加している。先進諸国の中でも医師数は最低ランク。国内においては、産科医師、分娩施設数ともに激減している。また、女性医師が増加しているが、出産・子育て等で現場を離れてしまう。現場への復帰率は50%程度になり、産科医師が不足するのは明らかである。将来的に誰が産科医療を担うのか大変な問題である。また、横浜の事件以来、マスコミの論調が圧倒的に医師バッシングに傾いているが、マスコミの報道数と連動するように医療訴訟の件数も増加している。産科の事故件数は少ないにもかかわらず訴えられる率が非常に高い。その要因は産科医療の絶対的な安全神話に基づくと考えられる。 訴訟されたくないために、萎縮した医療となり、患者側はより良い医療を受けにくくなるというマイナス面が浮かび上がる。】


●助産師(足立病院看護部長 秋葉秀美氏)

【産科医と同様、助産師も減り続けている。大学を出た後、病院に勤務する助産師の人数はそれほど多くない。また、統計上に表れている内、その約半数が潜在助産師であり、その少ない助産師も、結婚や自分の妊娠出産で退職してしまい、お産の現場を離れると戻るのが怖くなって、母乳指導や新生児訪問などに行ってしまうことが多い。そのため、どこの病院でも助産師は不足し、その確保に頭を悩ませているのが現状だ。】

【足立病院では、年間1400例すべての分娩にバースプランを出してもらっている。(中略)自然分娩、母乳育児を希望していた患者が、促進剤を投与するか帝王切開しかない選択を迫られた状況になった時、助産師が親身になって説明を行い、寄り添いながら、本人が自らの判断で帝王切開を選択し、無事に出産した事例がある。(中略)バースプラン通りにはいかなくても、妊娠中からコミュニケーションを密にとって、本人や家族と信頼関係を築いた結果、とても満足されたケースだ。ただ、高年齢化に伴いハイリスクな出産も増え、プラン通りにいかないケースもあり、過剰なクレームや、ときに暴言・暴力を引き起こすこともあるなど、管理職としてその対応に苦慮しているのも現状である。】


●一般府民(医療サポーター養成所代表 山根希美氏)

【私自身、9年前に長女を出産したとき、テレビや新聞で「たらいまわし」と言われている経験をした。自宅で突然に大量の出血をし、一旦入院した個人病院から設備の整った大きな病院に搬送されることになったが、受け入れ先の病院がなかなかみつからず、4時間近く経ってようやく市内の大学病院に搬送され、緊急帝王切開で長女を出産した。(中略)ある医療者の方から「常位胎盤早期剥離は予測不能で、貴方や子どもが無事に助かったのは、かかりつけの医師の手当てや判断が正しかったことと、受け入れてくれた病院のおかげなのだから感謝するべきである。今になって調べているのは、裁判でも起こすつもりなのか」と責められ、その言葉には強いショックを受けた。しかし、その気持ちは、医療の現実や実情を知るうちに、変わっていった。「訴える」という言葉で深く傷ついていたのは、私たち患者側だけでなく、医療者も同じだとわかったからだ。】

【医療事故について民事裁判で争う医療訴訟は、医療事故にあった患者や家族の立場で見れば、真実を知りたい、問題点は明らかにして改善していってほしいという願いを託せる唯一の方法であるが、事故について何も解明されていないうちに、偏った報道によって被告である医師や病院側を「悪者」であるようなイメージが定着されてしまうことは、被告側の名誉を傷つけるだけでなく、国民に医療不信を植え付けてしまう危険がある。また、原告であるご本人やご遺族への悪辣なバッシングも許されることではないが、争う立場になれば避けることは困難だ。そうして、患者側も医療者側も互いに疲弊し、さらに傷も溝も深めてしまっているのが現実ではないかと思う。】

【今日ご紹介する「妊娠の心得」を作られた宋美玄先生。出産は、現在でも危険を伴うもので、100%の安全は保証できないのに、不幸な結果になると、裁判になったり、警察によって医療者が逮捕されることで、医師不足が加速し、受け入れ不能の病院をさらに増やすことになり、本来なら救える命さえも救えなくなってしまっている現実を多くの人に知って欲しい、という産科医としての思いを書き綴っておられた。】

【リスクを理解するということは、とても難しいことだ。たとえば、私が経験した常位胎盤早期剥離は、およそ1%の確率で起こるということは、本などにも載っているし、知識として知っている人は多いと思うが、そんな低い確率のことは自分には起きないと考えているのではないだろうか。そして、その1%に入ってしまった時に、その現実を体験して、1%でも0.1%でも、0でない限り、自分や自分の家族にも起こるのだと初めて実感するのだと思う。】

【今年から、重度の脳性麻痺の子供を対象にして、医療者の過失の有無にかかわらず3000万円が支払われる産科無過失補償制度が始まった。これは、分娩に際して重度の脳性麻痺になった子どもに対しての制度であり、様々な問題があります。その一つに妊婦死亡が支給対象から除外されていることだ。福島県立大野病院事件で被告医師を支援した「産科医療崩壊を食い止める会」では、被告医師の無罪確定後すぐ、「妊産婦死亡された方の家族を支援するための募金活動」を始めた。母親のいない家庭では、慣れない赤ちゃんのお世話も大変だが、父子家庭は母子家庭よりもさらに公的支援が乏しく、経済的にも身体的にも非常に困窮している。この募金活動は、金銭的な支援だけでなく、既存の福祉施設や制度との橋渡しや、遺族の悲しみを癒し支える「グリーフケア」なども取り入れることを目的としている。】


●マスコミ関係者(京都新聞社文化報道部次長 栗山圭子氏)

【個人的な意見であるが「たらいまわし」という言葉の使い方は不適切であるかもしれない。「たらいまわし」というのは責任を持って処理せずに次に送るということであるが、医療の現場で起こっていることは、受け入れたくても受け入れることが出来ない「受け入れ不能」であることは理解している。】

【しかし、受け入れてもらえなかった患者の立場でみれば、「たらいまわし」であろうと「受け入れ不能」であろうと「搬送不能」であろうと状況としては同じことで、患者側の気持ちを医師がどれだけ感じてくれるかということの重要性を理解してほしい。】

【自分の母親としての経験だが、子どもが1歳半の時に高熱を出し、かかりつけ医が休診であったことから、家で手当てをしていたが熱が下がらず、止むを得ず、自宅近くの行ったことのない「小児科・内科」の看板を掲げている診療所に行ったことがあった。ところが受付で「そんなに高い熱の子供は診られない」と即座に断られた。その時に医師が奥から顔だけでも出してくれていたら良かったのに、顔も見せずに受付の人が「そんなに高い熱は診られないと言っています」と言われただけだったので非常に不信感を持った。ただ、不満である一方、「診られない」とはっきり言われたことと、他医も紹介してもらい、子どもの病状も問題なかったため、結果としては良かったと言える。結果として良かったとしても、それは後の話であって、たとえ診られなくても、顔を見せてお話をいただいたら、それだけで安心感が得られるので、人と人とのつながりというものがとても大事であるということを痛感した。医療者側には安心感を与える医療というものを望んでいきたい。逆に患者側としても、最低限のルールは求められるべきである。】


以上、患者としての一般国民がわきまえておくことや、医療者に分かっておいていただきたいこと、マスコミ関係者に自覚を促したいことなど、さまざまな要素がちりばめられた報告でした。そういった一切合切を政策立案の方々も念頭に置いておいていただけたらと思います。そして何より、私自身も、自覚ある患者として行動し、これからも状況を冷静に見つめていかねばと肝に銘じるのでした。


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コメント

皮肉なもので、日本の産科・小児科(特に新生児医療)の血の滲むような努力と献身の結果が、一般の人に「お産は安全なもの」「出産が無事に済まないのはおかしい(医療ミスがあったに違いない)」「高リスク出産なんて、詭弁だ」という誤解を、生んでしまっています。別に産科に限ったことではありませんが、この日本において、患者の支払っている額の低さに比して、要求され供給している医療水準がどれほど高いか・・・なんて事は、一般の人は知らないでしょうし、自分達の天下り先を確保する事と医療費を削減し続ける事に固執して、現場を無視した政策を推し進めるお役人達にとっては、一般の人に知られては困る事実でしょう。
人間の出産は、犬や猫のお産よりも遙かに重篤なものです。昔、お産で命を落とした人や産後病弱になった人を、ある程度以上の年齢の人なら、少なからず見聞きしていることでしょう。そんな当たり前の事を都合良く忘れ去り、視聴率稼ぎや、楽して視聴者の支持を得るために医療現場バッシングをしている方々は、現実を歪めているだけでなく、まず医療現場を追い詰め、ひいては患者さんの行き先をなくしているのです。

長年病気を患い、患者をやってると見えてくるものもある

「自覚ある」?患者は、
医師達が怯えている事を知っている。
安心感を与える医療をしたくても出来ない事も知っている。
政治家とお役人がどんなに現場を知らないかも知っている。
マスコミがどんな事を報道してきたかも知っている。
(ちなみに、日本の医療水準がどれほど高いかも知っている)

マスコミ関係者は、そんな事も知らないのかな?
(もし、承知の上での事であればかなりの驕りだ
それに、公の場所では…立場を考えて発言するべきだ)

患者は、辛い時に医師に手を握って貰って…嘘だとわかっていても
「大丈夫だよ 必ず良くなるから」って言ってもらいたいんだょ
そんな、言葉も患者にかけてあげられない医師たちは…可哀想だ
憤りを感じるのも無理はない
どうして、現在の状況になったか解らないのだろうか?

患者もこのままじゃ、いき場所がなくなる
(当然産科だけじゃない)

政治家・お役人・マスコミ関係者…病気にならないのかな?
患者側って何だろう?
一番辛いのは…おら達「患者」本人だと思うけど?
(おらは…どう頑張っても出産はできないけど)

お二人の投稿を読んで、なんだか切なくなりました。

昨今の医療行政のメインテーマは、医療費です。今でこそ医療危機の話がオモテに出てきていますが、これまでの報道のメインテーマは、医療ミスでした。

国民的議論の前に削減ありきで進められてきた医療費にしても、国民の不安と不信を無責任に煽ってきた医療報道にしても、誰のためなのでしょうか?

政治家や行政、そしてマスコミも、中には良かれと思ってそれぞれの仕事に専念した結果、上記のような行き違い、ズレを生じていることが多々あるように思います。しかし「良かれ」と思っている中に、上から目線、驕りはないか、自問自答すべきなのでしょうね。

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