現場を知らない者が母子の生命を危険に陥れる

投稿者: 中村利仁 | 投稿日時: 2009年08月14日 15:56

総合周産期センター:「母体救命」要件に 整備指針改正
【清水健二】
毎日新聞 2009年8月14日 2時30分(最終更新 8月14日 3時05分)


 記事が忠実に発表内容を表現できているとしての話ですが、人命を何とも思わない冷酷な政策がここにはあります。

> ベッド数に応じて下限が決まっていた看護師数も「必要な適当数」と改めた。

 NICUにベッドがあること以上に、ケアに当たる看護師のいることが大切なのに、そしてNICUでは今でも看護師不足で危機的状況にあるのに、今よりさらに人手が薄くなっても患児を引き受けろというのでしょう。

 言うまでもなく、ベッドがあればケアができるというわけにはいきません。逆にベッド数の不足は、看護師を集中的に投入することである程度はカバーすることができます。

 全国での周産期医療の崩壊の根源には、永年に亘って医療政策を担当してきた人々が、この根本的な原則を理解していないことがあります。


 今さら驚くべくもないのですが、「必要な適当数」とは甚だ無責任な言葉です。

 これは他でもない、周産期母子医療センターでのお話です。低リスクの分娩を扱おうと施設ではなく、母児のどちらか、あるいは共に高いリスクに直面している施設でのお話なのです。

 もし、「必要な適当数」というのが現状の基準よりも多いのであれば、基準を改正する必要がありますし、低いのであれば基準を明確にして緩めれば良いのです。

 基準をどう定めればいいのか分からないというのであれば、それでもよろしい。基準など撤廃すればいいのです。これは看護師についての基準は撤廃するということなのでしょう。

…しかし、NICUでの看護師不足は医師不足以上に深刻です。支払われる診療報酬が低すぎるからです。(因みにその大部分は正常分娩と違って自費ではなく、保険診療の対象となります。)

 極端に低い診療報酬をそのままにして、看護師を増員した病院が持ち堪えられるはずもありません。経営に行き詰まるのを待つだけとなります。

 逆に採算性を確保する努力をする病院があれば、看護師はむしろ減員され、患児が無事に退院できる可能性は大幅に下がっていくことになります。

 つまりは、人手をかけて質の良い医療を提供しようという努力をする病院は経営に行き詰まって消えていき、人手不足に耐え、目の前で患児が次々に亡くなっていくのを見送ることを強いられる病院だけが、辛うじて存続を許されるという仕組みです。

 であれば、この政策の意味するところを正確に、厚労省が国民に説明をすべきでしょう。

 ですが、政策として進められるべきものがあるとすれば、むしろこれとは逆に、人手をかけて懸命な努力を続ける施設が増え、医師も看護師も全力を尽くし続ける環境が整えられていくことの方です。

 現場に充分な人手を、そしてその為に充分な資料報酬が支払われることを望みます。

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