「救児の人々」感想④

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2010年07月21日 17:54

今日は、製薬企業にお勤めの女性から頂戴した感想をお届けいたします。

私がこの感想を拝読して中でも特に嬉しかったのは、後段にある「この企業人としての立場で何か患者さんの役に立ちたい・できることはないかといつも考えるようになりました」という行です。さらに、「もう一歩先行した、症例のその先への何かができないか考えてみることにします」と、ご自身の仕事内容に照らして具体的に行動に移そうと考えておられるところです。

「救児の人々」180-181ページに、
「みんな総論的に『命は大切だから、どんな病気があっても医療で助けてあげるべき』という気持ちはあると思います。『障害児は社会がみてあげるべき』という意見も聞きますけど、でもその『社会』って誰なのでしょうかね、『社会』っていうのは『自分たち』ではないでしょうか」
という豊島医師の言葉があります。
私自身、よくこれについて考えます。

私は学生時代、HIVキャリアのサポートを考えるNGOや、DV被害を受けた女性への情報支援を行う団体の活動に関わっていた事がありました。その頃はしょっちゅう「こうなっているのは厚労省が悪い。政治家やマスコミが悪い」と口にしていました。ですが、ある大切な人の死をきっかけに、周囲を責めていても何も変わらないということに気づかされました。そのうち「現場も行政も研究職も、それぞれにいいことしたいと思っているのにつながっていない。どうすればつながるだろう?」と考えるようになりました。世間知らずの当時の私は単純に「それがメディアの仕事かもしれない」と思い、記者を志しました(実際に働いたら、世の中そんな甘いものではないと痛感しましたが)。

そして記者をしたり、現場で働いたりする中で、「国が悪い」という時の「国」は自分で、政治家やマスコミも自分。社会とは自分自身なんだと感じることが増えてきました。なかなかうまく行動できてはいませんが、他者は自分に通じるものがあり、世の中で起こっているどんな出来事も自分と関わりがあるのだと思っています。

「救児の人々」の世界は、実際に自分が関わらなければ分からないし、「もし自分だったら」と想像しても当事者意識を持つことはなかなか難しいと思います。ですが、これについて知っているだけでも、全然違うと思うし、何らか考え方や行動が変わるところもあるのではないかと思っております。行動に移すというのは難しい事だと思いますが、お読み下さったその方なりにお考え頂けたら、望外の喜びだと思っておりました。

ですので、この方がご自身なりに何ができるかと具体的に考えて下さったということについて、とても嬉しく感じました。


「救児の人々」作者 熊田梨恵様

 突然このような文書をお送りしてすみません。このたび、製薬企業人として、一児の母として、貴著を読んで感じたことをお伝えいたしたく、メールをお送りしております。

 救命救急で助かった命のその先。考えたこともありませんでした。製薬業界に勤めて約10年になります。産婦人科関連の薬を扱っており、かなりシビアな状況の妊婦の症例報告を見ても、無事出産という転帰を見るだけでホッと安心している自分がいました。

 当たり前ですが実際はその先があるのですね。重度の脳性まひの赤ちゃんを受け入れ、生活の一部とするまでのお母さんの苦悩が痛いほど伝わってきました。

NICUの現況・医療経済的な問題点は職業上理解しているつもりでしたが、こんなにも助かった命のその先に対しての思いやりが欠けていることも今回初めて気づかされました。

 病気の治癒が最終目標ではなく、目標をどこに設定するのか。とても難しい内容だと思います。そしてそれを誰が決めるのか。

 私も一児の母として、妊娠中に自分の子供がどうあれ面倒を見る覚悟をしていたつもりではありますが、24時間365日いつまで続くかもわからない完全看護が必要となったその時、その覚悟が揺らぐことはないのかは自信がありません。そんな心配をしながらもどこか他人事で、一番の心配は職場復帰の際の保育園の空きがあるかどうか、そればかりでした。

 これまで営業職に携わってきましたが、産後復帰してからは学術職に就いています。この業界を志したきっかけは、医療に深く携わることができる・コンサルティング営業がやってみたいという使命感に燃えたものでしたが、コンサルティング営業ができるのは経験年数と知識を積み、医療機関からも厚く信頼をおかれるベテランさんであり、新入りの私には太刀打ちできずに医療機関のむこうにいる患者さんの顔を思い浮かべる余裕もなく、ただひたすら信頼を得たい・売り上げを伸ばしたいという目先の目標だけで働いていたような気がします。今は経験年数が少し増え、学術職ということで少し視界が広がりました。母になったということも大きいかもしれません。とにかく、この企業人としての立場で何か患者さんの役に立ちたい・できることはないかといつも考えるようになりました。

 そう思った上での自分のすべきことは、有用例を症例報告論文としてパブリッシュする等で、情報の蓄積・発信することかなぁと漠然と考えていましたが(副作用等は専門のチームがあるので自分の役割ではないと思いました)、貴著を拝読し、もう一歩先行した、症例のその先への何かができないか考えてみることにします。

 また個人的には、意思疎通のできないわが子をもったお母さんの気持ちがひしひしと伝わり、泣けてきました。同情でも哀れみでもない、なんと言葉にしたらいいか分からない気持ちです。子供をもったら必ず「大きくなったら一緒にこんな話をしよう、あんなことをしよう」と誰しも夢描くと思いますし、小さいうちはたったひとつの意思表示が母の疲れをとったり、嬉しかったりするものです。それを親子ともに感じあえることができないのはとてもつらいことでしょう。
 
 本文の記載形式は、インタビューがほとんどで、著者のまとめというか私見が会話以外にはほとんどなく、それが一層こちらの考えを深くさせたのではないかと思います。
 
 今回いわばタブーともいえる内容で、深く考える機会を与えてくださった「救児の人々」熊田さんに感謝いたします。今後も当事者のかたからしか聞くことのできない本当の声を聞かせていただけることを期待しております。

 貴重な内容を執筆していただき、ありがとうございました。
 
 
平成22年6月15日 

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