牛乳とがん

投稿者: 堀米香奈子 | 投稿日時: 2012年08月16日 00:00

第4回の「大西睦子の論文ピックアップ」。今回は、食生活が豊かになった日本人には珍しく不足しているカルシウムの大事な補給源、「牛乳」の、ちょっと心配な話です。

皆さんは、どこかで「牛乳は飲まないほうがいい」なんていう噂を耳にしたことはありませんか? その科学的議論をご紹介します。

日本では戦前、カルシウムの多くを魚・小魚等から摂っていました。しかし食べ物の西洋化でタンパク質を肉から摂る割合が高まるとともに、カルシウム不足が叫ばれるようになってきました(日本の土壌にはカルシウムが少なく、その結果、川の水=水道水に含まれる量が少ないのも原因のようです。いわゆる硬度が低い、“やわらかい”水は、そのまま飲んだときに「おいしい」と感じる水でもあり、赤ちゃんなどの腎臓への負担も軽い、使いやすい水でもあるんですけどね!)。その一方、新たなカルシウム源として日本人の食生活で欠かせなくなったのが、牛乳とそれを利用したヨーグルトやチーズなどの乳製品です。


ところが近年、牛乳の安全性にギモンを呈した意見がぽつぽつ見られるようになりました。大きく取り上げられないのは、対する相手=企業?組織?が強大なためでしょうか・・・などという邪推はさておき、いずれにしても、これまでの意見はもしかしたら科学的根拠に乏しかったということなのかもしれません。ちなみに牛乳の生産・流通管理面について言えば、冷蔵技術も発達した今日、衛生上の問題はまったくありません。では何がひっかかるのか? さっそくその問題をまとめた論文を、大西医師に解説してもらいましょう。


【 牛乳とがん 】


今回の話題は、『牛乳や乳製品とがんの関係』です。


牛乳や乳製品は、カルシウム、リン、マグネシウム、タンパク質、脂溶性ビタミンを含み、古代から人間の健康を支えてきました。近年では技術の進歩によって様々な種類の牛乳や乳製品が開発され、より多様な食習慣やニーズに応えてきました。しかしながら、米農務省のデータによると、1980年の米国民一人あたり年間の牛乳や乳飲料の消費が28.5ガロン(107.9リットル)であったのに対し、2009年は23.5ガロン(88.9リットル)となっており、牛乳や乳製品の消費量は減少傾向にあります。


その理由の一つは、「牛乳や乳製品の消費と、ある種のがんのリスク上昇には、何らかの関係があるのではないか」という可能性です。何より、乳製品は「インスリン様成長因子1」(insulin-like growth factor 1、IGF-1)※1というホルモンを含み、このIGF-1が、前立腺がんや乳がん等の発症の危険性を上昇させるという報告が出されています。


今回ご紹介する論文は、様々な国の研究グループが今日までに発表してきた『牛乳や乳製品とがん』に関する報告を再調査したものです。結論から言えば、1日あたり大きめのコップ3杯 (240ml×3杯)までの牛乳・乳製品は安全で、がんの発症は増えないことが示されました。さらに著者らは今回の再調査に基づき、牛乳や乳製品を摂るのであれば、発酵乳、ヨーグルト、低脂肪の乳製品を選ぶよう推奨しています。ただし気になるのは、牛乳の生産を上げるために遺伝子組み換え牛成長ホルモン (recombinant Bovine Growth Hormone: rBGH)※2を使用した牛から採れた牛乳は、IGF-1の濃度が非常に高いことです(それについては最後に検討します)。


牛乳には、IGF-1をはじめとする様々な生理活性物質(ホルモン)※3が含まれています。私たちが牛乳を摂取すると、牛乳の一成分であるカゼインが、IGF-1が小腸から吸収されるのを促進します。摂取量にもよりますが、牛乳を飲んでから、IGF-1の血清※4濃度は成人で10%〜20%、子どもは20%〜30%増加すると言われています。血液中に入ったIGF-1は肝臓や他の末梢組織(筋肉、骨、腎臓、神経、皮膚や肺の細胞)に働きかけます。この細胞レベルでのGIF-1の「働き」について、ざっとご説明します(論文ではFigure1に示されています)。


IGF-1(論文では緑色の楕円で表現)はまず、細胞の膜にある受容体に結合します。この結合によって細胞内に様々な信号が伝わり、最終的には3つの現象(論文では赤い四角で表現)、すなわち「細胞増殖(Cellular proliferation)」と「蛋白質の合成(Protein synthesis)」が促進され、「細胞死(Apotosis)」が抑制されます。要するにIGF-1は、細胞の成長や分裂を促進し、細胞死を抑制している、私たちの健康維持や成長に非常に重要なホルモンと言えます。しかし、IGF-1を過剰に摂取すると、異常な細胞増殖、すなわちがん化につながると考えられます。


著者らは、これまでの研究報告をまとめ、牛乳や乳製品と膀胱がん、前立腺がん、乳がん、大腸がんの発症リスクとの関係を再評価しました。その結果は次のようなものです。


●膀胱がんは、1日あたり大き目のコップ(240ml)3杯の牛乳や乳製品の摂取なら安全で、発症の危険性は増えないと述べています。それどころか、乳製品の摂取によって、膀胱がんの予防効果があることを示している報告までありました。

●ちなみに、脂質の役割や無脂肪・低脂肪の乳製品等の情報が欠如しているものの、オランダで行われた研究結果によるとバターの摂取は膀胱がんの発症に関与しているとのことです。

●前立腺がんはこれまで、牛乳や乳製品によって発症リスクが高まると言われていましたが、実際の危険性は少ないと結論づけています。

●乳がんに関しては、牛乳や乳製品の接種と発症リスクの間には負の相関がある、つまり、むしろ牛乳や乳製品の接種が発症の危険性を下げる効果があると論じています。(しかし、牛乳の脂肪摂取が増えると乳がんの発症は増える傾向にあります。また、ヨーロッパのコホート研究※5で、閉経前の女性において、バターの消費量が乳がんの発症に影響したという報告がありました。)

●大腸がんも、牛乳や乳製品の摂取によって、発症が減少しています。


以上から、今回の調査の結果、著者らは、牛乳や乳製品の消費量は前立腺がんのリスクを増加させることはなく、膀胱がん、乳がん、大腸がんの発症を防ぐと結論づけています。


しかし、今回の論文では、深く触れていない大きな問題があります。それは、遺伝子組み換え牛成長ホルモン(rBGH)の問題です。現在、アメリカの牛の約3分の1が、rBGHを投与されているといわれています。rBGHを投与すると、乳牛の成長が早まり、牛乳の生産量が増えます。しかし、rBGHを注射された牛は乳腺炎になりやすく、抗生物質を投与されます。従って、牛乳に抗生物質や膿汁が混ざる可能性があるのです。さらに、rBGHを投与された牛乳にはIGF-1が非常に高レベルで含まれています。過剰なIGF-1の摂取により、乳がん、前立腺がんの発症やホルモンバランスに対する悪影響が報告されています。


アメリカには、rBGHが入っている牛乳や乳製品がたくさんあります。アメリカは先進国で唯一のrBGH認可国であり、現在アメリカではrBGHの使用に対する反対運動が起こっています。ちなみに日本、EU全国、カナダ、オーストラリアなどでは、rBGHの使用は禁止されています。しかし残念なことは、rBGHの表示が義務付けられていないため、輸入された乳製品や牛肉の状況はわからないことです。


今回の論文では、著者らは、牛乳や乳製品の消費量は前立腺がんの発症リスクを増加させることはなく、膀胱がん、乳がん、大腸がんの発症を防ぐと述べていますが、牛乳や乳製品の質により、この結果を単純に鵜呑みにはできないと思います。実際、食生活の欧米化に伴い、私たちの病気の傾向が変化しているからです。私は、今後、この問題を慎重に考えていくべきだと思います。


※1・・・インスリン様成長因子はインスリン非常によく似た構造の物質。主に肝臓で成長ホルモンによる刺激の結果として分泌される。インスリンと同じような効果のほか、細胞DNA合成を調節し、細胞分裂を誘発したり、細胞死に関わったりする。

※2・・・牛が乳を分泌するときに出す成長ホルモンから分離した遺伝子を大腸菌に注入し、培養して人工的に製造した牛成長ホルモン。牛に投与する代謝が急激に高まり乳腺細胞も活性化し、毎日出す乳の量が約15~25%増加、乳を出す期間も平均30日ほど長くなるという。米国では20~30%の牛に使われているとも言われる。

※3・・・生理活性物質とは、わずかな量で生き物の生命活動や行動に何らかの特有な作用を及ぼし、身体の働きを調節する物質の総称。その1つがホルモンで、特定の器官の働きを調節するために別の器官で合成・分泌され、血液に乗って体内を循環し、その標的器官で効果を発揮するもの。

※4・・・血液を容器にとって放置した時、細胞成分と凝固成分が分かれてできる上澄み。淡い黄色の透明の液体で、免疫抗体や各種の栄養素・老廃物を含んでいる。

※5・・・特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態など様々な要因との関係を調査する研究。


大西睦子(おおにし・むつこ)●ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

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コメント

牛乳中のIGF-1やrBGHは、そのままでは血液中に取り込まれないと思われます。その点についての考察が必要です。一方、脂溶性のエストロゲンなどは、一部は肝臓で代謝されますが、過剰であれば血液中に入ります。

増殖促進因子受容体リガンドの経口摂取が、正常上皮細胞の癌化を促進するという根拠はどこにあるのでしょうか? マウスにEGFを毎日経口摂取すると、どこかの癌の発生率が増加するとか? 非常に斬新な内容だと思いますので、ご参考にされた基礎論文等をご呈示いただけないでしょうか。

コメント、どうもありがとうございます!ご指摘されたように、牛乳や乳製品を摂取すると、血液中のIGF-1が上昇することは、いくつかの論文で報告されていますが、体内への吸収過程のメカニズムは明らかではありません。今までに、牛乳に含まれているウシ由来のIGF-1は、人間のIGF-1と同じ構造であること、牛乳中のカゼインはIGF-1を保護し、消化や分解を防ぐことがわかっています。その後のIGF-1の体内への吸収に関しては、ラットでの報告(Philipps AF, Dvora KB, Kiling PJ, et al. Absorption of milk-borne insulin-like growth factor-I into portal blood of suckling rats. J Pediatr Gastroenterol Nutr.2000;31:128-135.)があります。牛乳摂取後に吸収されたIGF-1が、直接がん細胞の増殖に関与するかは、大きな議論を呼んでいる部分で、今後の研究成果が期待されます。

9月号の大西先生の新連載『食べ物と添加物」はわが意を得たりの内容です。普通の主婦ですから実験をしたり科学的データがあるわけではありませんがこの50年に大きく変わった日本の食に危機を抱きながら若い人には少しでも自分で作った食事をして欲しいとニュースレターを身近な友人、娘達に発信しているものです。牛乳の話も科学的で納得いくものです。メタボリックシンドロームのアメリカの後を追ってる日本ですが先生のおっしゃるように健康的な日本食と、科学的なアメリカの情報をマッチさせ、周りの者たちに発信して行こうと思います。新企画、これからが楽しみです。
田中信代

コメント、どうもありがとうございます!私の研究は、動物実験が主です。遺伝子異常があるために、生まれつき太ったり、老化が進んだりしているマウスが、食事療法で元気になったり、正常なマウスが、高脂肪食で太ったり、高リン酸食で老化が進む姿をみていて、食事の大切さを実感しました。さらに、アメリカでの生活を経験しながら、食事だけではなく、環境や文化の違いが、いかに私たちの『体と心の健康』に影響するか、本当に驚きました。私たちが、なんとなく毎日繰り返している行動すべてが、私たちの個性を生み出していると思います。このコラムを通して、みなさんといっしょに、『健康』に関して、たくさんの議論ができれば嬉しく思います。これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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