ダイエット成功へのもう一つの秘訣

投稿者: | 投稿日時: 2012年08月30日 00:00

第6回となった「大西睦子の健康論文ピックアップ」。今回は、意外と意識されていない肥満の原因を科学的に解説します。


肥満の原因と言えば、多くの方が「栄養過多」と「運動不足」を挙げられるでしょう。ただ、栄養過多になってしまう原因まで、あまり深く考えたことはないのでは? 栄養過多となるのは、食べる内容に問題がある(高カロリー)か、食べる量や回数が多いか、ということになります。食べるカロリーに気をつけていても、食べ過ぎてしまっては太るのは想像に難くないですよね。でも、どうして食べ過ぎてしまうのか、どうしてついつい食べ物に手が伸びてしまうのか、そこにはライフスタイルが大きく関与しているようなのです。

【 ダイエット成功へのもう一つの秘訣 】


今回は、ちょっと違う視点からダイエット成功の秘訣を伝授いたします。食事や運動の話題ではありません。実はもうひとつ、ダイエットを成功させるための重要な鍵があるのです。そう、それは環境を変えることです。


これまで多くの研究者たちは、深刻な肥満問題が、ファーストフードや高カロリーの食事が簡単に手に入る環境にあると指摘してきました。実際、そのような環境がファーストフードの消費者を増やし、肥満の原因となりました。でも、まだ他にも私たちの身近に、重大な環境因子があるのです。それは、みなさんも感じてはいると思いますが、「アルコール」「睡眠」「テレビ」です。


最近、アルコール、睡眠不足やテレビなどの行動パターンが、食べ物による報酬の感受性を高め過食となり、肥満を増やすことがわかりました。例えば、アメリカ人成人の58.9%が一日2時間以上テレビを観ていて、それらの人はエネルギー摂取量が多く、太っています。睡眠不足は、脳の食事に対する快楽の反応を増やし肥満となります。同様に、アルコールも肥満の原因と考えられてきました。


今回、スウェーデンの研究者たちは、これまでに報告された4759もの「アルコール」「睡眠」「テレビ」と食事量に関する論文の中から、最終的に23の適切な論文(アルコールが10論文、睡眠は5論文、テレビは8論文)を絞り込み、解析しました。

Lifestyle determinants of the drive to eat: a meta-analysis
Am J Clin Nutr 2012;96:492–7.


●対象者は健康な人です。

●アルコールに関する調査は、まず「アルコール」「エタノール」「食べ物」「摂取量」「空腹(感)」という言葉の様々な組み合わせを含む論文を検索し、さらに食事の最大30分前に飲酒していることを条件としました。なお、摂取カロリーはアルコールと食事のすべての総量を計算します。

●睡眠不足については、「睡眠」「減少」「遮断」「短い」「食べ物」「摂取量」「空腹(感)」という言葉の組み合わせから論文を選んだ上で、睡眠時間が最大5.5時間の日の食事の摂取量の合計について検討しました。食事の摂取量を測る前の日は、最低8時間の睡眠をとっていることを条件としました。

●テレビに関しては、「テレビ」「食事」「摂取量」「空腹」という言葉の組み合わせについて検索して論文を選び出し、テレビを観ながら食べているときの摂取量を検討しました。


その結果、アルコール>睡眠不足>テレビの順で、これらの生活習慣が過食に影響することがわかったのです。アルコール、睡眠不足やテレビは肥満の原因ということだけではなく、食べ過ぎの原因なのです。
これら3つに共通することは、私たちの脳内報酬系に関係することです。以前このブログでも甘みと脳内報酬系※1の話題がありましたが、脳内報酬系は環境によっても変化します。


アルコールは、g ‐アミノ酪酸(g-aminobutyric acid: GABA)※2およびオピオイド神経系※3に影響します。脳の脳内報酬系のGABAの変化は、食欲を刺激します。オピオイド神経系は、味覚を通して報酬系の調節をしています。こうした理由で、食前に、アルコール摂取した場合と同じカロリーの炭水化物を摂取した場合では、アルコールを摂取した場合が空腹感が強くなるのです。


睡眠不足でも、脳内の被殻※4、側坐核※5、視床※6、及び前帯状皮質※7といった部分が活性化され、アルコールと同じような現象が証明されています。


テレビに関しては、テレビを観ながら食べていると、より高カロリーな食べ物を食べる傾向にあることが報告されています。理由は、テレビを観ていると、胃から産生されるペプチドホルモン※8であるグレリン (ghrelin)※9 が分泌され、過食になるともいわれています。ただし、グレリンが食事と関係のない映像でも分泌されるかどうかは、まだわかっていません。


こうした脳内報酬系の喜びを繰り返し感じていると、そのうちにこの環境因子と食べ物がつながった記憶を形成します。食べ物によって喜びを感じるだけでなく、食べ物とペアになった環境因子によって、喜びを期待するようになるのです。これは習慣的に繰り返せば繰り返すほど、その記憶は強くなり、食べる欲望が掻き立てられるようになります。つまり、日常的に睡眠不足の状態で食事をしたり、飲酒しながら、あるいはテレビを見ながら食事をしている人ほど、より食べることで脳内報酬系の喜びが強くなっていくのです。特に、飲酒しながら食事したり、テレビを見ながら食事をしている人は、アルコールやテレビそのものが食べる喜びの合図になります。こうした環境因子による食べる喜びの合図は、依存的な過食においても大きな役割を果たしていることが考えられます。


一方、短時間睡眠から健康的な睡眠量に変えると、6年越しに見た時、体脂肪増加を少なく抑えられます。同じように、テレビを見る時間が1時間未満の子供たちは、体重減少、BMI値の低下、皮下脂肪減少、体脂肪減少が見られ、「過体重」に分類される子も少ないようです。また成人早期に飲酒量を減らすことは、後々、体重増加や腹部の肥満を弱めるのを助けることになります。


これらの結果は、「ライフスタイルが食事量と体重増加に大きな役割を果たす」と自覚する大切さも教えてくれています。


ダイエット中の方、これからダイエットを予定している方、食事と運動のスケジュールだけではなく、是非この情報を活用して、肥満を促す環境(obesogenic environment)を変えてみましょう!ということで、さっそく今日から、お酒は控えて、テレビも長時間観るのは止めて、ぐっすりと睡眠をとってみませんか?


※1・・・ヒトや動物の脳において、欲求が満たされた時、あるいは満たされると判断した時に活性化し、「快い」という感覚を与える神経系。

※2・・・アミノ酸のひとつで、主に抑制性の神経伝達物質として脳内の血流を活発にし、酸素供給量を増やしたり、脳細胞の代謝機能を高める働きがある。

※3・・・オピオイドは「脳内麻薬様物質」とも言われ、オピオイド受容体と結びついて神経伝達系を抑制する働きをもつ物質。疼痛に対する鎮痛効果のほか、心血管、呼吸器、消化器等へも作用が認められる。

※4・・・脳の中央部に位置する脳構造で、学習強化に大きく関わっていると考えられている。

※5・・・脳の中でも前脳の両側に1つずつ存在する神経細胞の集団で、報酬、快感、嗜癖、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられている。

※6・・・脳の構造のうち、間脳の一部を占める部位。視覚、聴覚、体性感覚などの感覚(嗅覚以外)入力を大脳新皮質へ中継する重要な役割を担う。

※7・・・脳の左右の大脳半球の間の神経信号を伝達する線維(=脳梁)を取り巻く襟のような形をした領域。血圧や心拍数の調節など自律的機能の他、報酬予測、意思決定、共感や情動といった認知機能に関わっているとされている。

※8・・・内分泌機能を持っているペプチド類(アミノ酸がつながったもの)。細胞の核内で作られた後、血液を通し体の細胞のすべてに拡散、それらの標的細胞の表面で固有の受容体と相互作用して働く。

※9・・・1999年に国立循環器病センターの児島博士、寒川博士らによって発見された胃から産生されるペプチドホルモン。脳の下垂体に働き成長ホルモン分泌を促進し、また視床下部に働いて食欲を増進させる働きを持つ。


大西睦子(おおにし・むつこ)●ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。


(2012年9月9日 原論文について追記しました:堀米)

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コメント

ほんとうにいい勉強になりました

「今回、スウェーデンの研究者たちは~」
と本文にありますが、スウェーデンの研究者とは具体的にどういった
方たちなのでしょうか。
また今回、とはいつのことでしょうか。

一瞬、これは目新しい記事だ!TwitterやFacebookで共有したいと
思ったのですが、上記の点が不明だったので共有しませんでした。

情報不足で、大変申し訳ございません。スウェーデンのウプサラ(Uppsala)大学の神経科学者、CD Chapman博士らによる『Lifestyle determinants of the drive to eat: a meta-analysis』という題の論文です。雑誌は、「The American Journal of Clinical Nutrition」で、2012年9月号の492-497ページに掲載されています。今後も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

とても内容の濃い記事で驚きました。とても勉強になります!私も記事を書いたりしますが、配信する内容を考え直して、より有益な内容を提供できるようにして行こうと思います。

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